文献情報
文献番号
200000575A
報告書区分
総括
研究課題名
無侵襲脳局所酸素モニタによる聴覚障害の機能診断と治療への応用に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
森 浩一(国立身体障害者リハビリテーションセンター 研究所)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
23,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
聴覚・言語障害は、障害の部位や程度が患者によって多様であり、このことが治療やリハビリテーションを困難にする原因の一つとなっている。種々の音や音声・言語に対する反応を直接脳から記録すると、行動や表出が未発達ないし障害されている患者の場合にも障害の機能的局在診断が早期に可能となり、治療方針を決定する上で有益な情報を提供することができる。特に中枢性の原因が関与する聴覚障害に関しては、従来のMRIによる解剖的検査やSPECTの安静時脳血流測定では脳の機能を十分に反映せず、また、麻酔や放射能の投与が必要なので、日常診療において経過の観察やリハビリテーションに反復して活用することは困難である。成人の無侵襲脳機能検査として頻用されている機能的磁気共鳴画像法(fMRI)と脳磁図(MEG)については,特殊なシールド室内で厳密な頭位の固定が必要であり、覚醒時の小児には適用困難であるのみでなく、補聴器や人工内耳を装用した状況下では使用できない。したがって、磁気を使用せずに無麻酔の小児にも適用できる無侵襲な脳機能の局在診断方法の開発が、リハビリテーション等の治療に益するところは大である。本研究は、近赤外分光法による無侵襲脳局所酸素モニタ(以下、NIRS法)を聴覚・言語障害の機能的診断および治療に活用可能であることを検討するもの(feasibility study)である。
研究方法
NIRSの測定には、左右各最大12ヶ所で記録のできるETG-100(日立メディコ)を主に使用した。NIRS法の有効性の確認および比較研究として、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)と脳磁図による記録も実施した。ただし、これらの方法は上述の理由で小児や障害者に対しては適用が容易ではないため、主に健常成人を被験者とした。刺激としては、計算機で合成した各種の音ないし言語音を使用した。小児では一部で画像刺激を併用した。
NIRSの記録には、光ファイバープローブを2.5ないし3 cm間隔で3×3の格子状ないし2×4 にし、これを左右に配した。装着位置は、耳介上方でなるべく低い位置とした。音刺激はパソコンから再生し、成人健聴者と感音難聴者は挿耳型イヤホン(EAR- TONE 3A)で被験者に聞かせた。人工内耳を装用した者と小児では、スピーカ(CPA5またはReveal, Tannoy)で音を再生した。
閾値反応をみる検査では、1/3オクターブの帯域雑音(中心周波数を500 Hz, 1 kHz, 4 kHz)を使用した。持続時間は8秒で、12秒の無音区間と交互に提示した。人工内耳装用者には、オージオメータと同様の正弦波断続音も使用し、検査音を中心として1オクターブの区間を除去した雑音を閾値上10 dBで遮蔽音として併用した。
言語反応を見る検査では、分析合成単語である「言った(断定)」「言って(依頼)」「言った?(疑問)」を使用した。平均1秒毎に1単語を再生し、20秒を1区間とした。断定のみの区間をベースライン区間とし、断定と依頼が混じる区間(音韻対比)と、断定と疑問が混じる区間(抑揚対比)を作成し、ベースライン区間と交互に数回再生した。同様に、/wa//ba/, /da//ga/等の子音対立、/tera/のアクセント対立等、各種の分析合成音声を作製し、音韻境界を越えないものをベースライン区間、越えるものを検査区間として、音韻弁別が成立しているかどうかを検出した。成人ではNIRS法による記録後に、弁別ができたかどうか聴取した。小児では、2.5秒に1回絵カードをディスプレーに表示し、それに対応する単語を再生し、聞かせる課題も行った。検査語としては、音韻間違いのあるもの、アクセント間違いのあるもの、単語が絵に対応しないものを用意した。
成人では音を注意して聞くように求め、小児では絵カードを提示する課題以外では、子供用のテレビ番組ないしアニメのビデオを音を出さず再生し、その間に聴覚野の活動を記録した。
NIRSの記録には、光ファイバープローブを2.5ないし3 cm間隔で3×3の格子状ないし2×4 にし、これを左右に配した。装着位置は、耳介上方でなるべく低い位置とした。音刺激はパソコンから再生し、成人健聴者と感音難聴者は挿耳型イヤホン(EAR- TONE 3A)で被験者に聞かせた。人工内耳を装用した者と小児では、スピーカ(CPA5またはReveal, Tannoy)で音を再生した。
閾値反応をみる検査では、1/3オクターブの帯域雑音(中心周波数を500 Hz, 1 kHz, 4 kHz)を使用した。持続時間は8秒で、12秒の無音区間と交互に提示した。人工内耳装用者には、オージオメータと同様の正弦波断続音も使用し、検査音を中心として1オクターブの区間を除去した雑音を閾値上10 dBで遮蔽音として併用した。
言語反応を見る検査では、分析合成単語である「言った(断定)」「言って(依頼)」「言った?(疑問)」を使用した。平均1秒毎に1単語を再生し、20秒を1区間とした。断定のみの区間をベースライン区間とし、断定と依頼が混じる区間(音韻対比)と、断定と疑問が混じる区間(抑揚対比)を作成し、ベースライン区間と交互に数回再生した。同様に、/wa//ba/, /da//ga/等の子音対立、/tera/のアクセント対立等、各種の分析合成音声を作製し、音韻境界を越えないものをベースライン区間、越えるものを検査区間として、音韻弁別が成立しているかどうかを検出した。成人ではNIRS法による記録後に、弁別ができたかどうか聴取した。小児では、2.5秒に1回絵カードをディスプレーに表示し、それに対応する単語を再生し、聞かせる課題も行った。検査語としては、音韻間違いのあるもの、アクセント間違いのあるもの、単語が絵に対応しないものを用意した。
成人では音を注意して聞くように求め、小児では絵カードを提示する課題以外では、子供用のテレビ番組ないしアニメのビデオを音を出さず再生し、その間に聴覚野の活動を記録した。
結果と考察
(1) 成人難聴者に対して、NIRS法によって、聴覚閾値の音圧の帯域雑音に対して、聴覚野の有意な反応が記録された。前年度に健聴者で閾値の反応が得られることを示したが、難聴者でも閾値の反応が得られたことで、他覚的聴覚検査に応用できると考えられる。従来、他覚的聴力検査としては、聴性脳幹反応(ABR)や中間潜時反応(MLR)が使われてきたが、自覚的聴覚閾値と統計的に相関はするものの、個々の症例で自覚閾値と一致する例は少なかった。NIRS法を使用することで、より正確な聴覚閾値の推定ができることになる。
(2) 上記の応用として、人工内耳装用者の脳反応を調べたところ、純音では自覚閾値の20 dB下でも反応が出現する場合があることが判明した。この反応は、検査音を中心として1オクターブの区間を除去した帯域除去雑音を閾値上10 dBで遮蔽音として併用すると有意でなくなることから、周波数に非特異的な反応であると思われるが、人工内耳のプロセッサの処理方法の詳細が不明なため、反応の由来は特定できなかった。自覚的な閾値は40ないし45 dB になるように人工内耳を調整してあるが、プロセッサはそれ以下の入力音に対しても刺激パルスを出力しているため、感音難聴の閾値が40ないし45 dBの場合とは異なる状況が生じていると考えられる。いずれにせよ、帯域除去雑音を併用することで、人工内耳装用者の閾値もNIRSによって正確に推定できることが示された。
(3) 分析合成単語による反応を人工内耳装用者で調べると、自覚的に弁別可能な音韻ないし抑揚の対ではNIRS法で有意な反応が得られ、自覚的に弁別できない対刺激では、有意な反応が認められなかった。この際、弁別できることは音韻が同定できることを意味せず、有意味単語としてはわからないが区別はできた、あるいは別の音韻として聞き取った、という場合にもNIRS法にて有意な脳反応が得られた。これらの反応は右より左側頭に強く認められ、環境音としてではなく、あくまで音韻として処理されていることを示唆する。
(4) 抑揚の変化に対する反応は、刺激によりNIRS法の脳反応が出る場合と出ない場合があり、これも自覚的な弁別可能性に対応していた。また人工内耳装用者による差が認められ、抑揚の違いが音韻の違いとして感じられた被験者があり、この場合は左聴覚野近傍の反応の方が右より強く、これも自覚的な現象と対応していた。一般に人工内耳では抑揚の変化や音楽を正しく聴取するのが困難で、ピッチアクセントや声調の混乱が起こりやすい。NIRS法の脳反応と内観報告を総合すると、現行の人工内耳装用者のリハビリテーションには、抑揚聴取のために特別な訓練プログラムを作成する必要があるものと思われる。
(5) 以上のことから、人工内耳装用者においてもNIRS法は音韻・抑揚の弁別を脳の反応として他覚的に測定可能であると考えられる。
(6) 小児に音韻と抑揚の変化する検査課題を実施すると、1歳未満では左右差がはっきりせず、1歳以上では成人とほぼ同じ左右差のパタンが現れることが判明した。
(7) 幼児では、睡眠中でもNIRS法によって脳の反応が記録可能であった。このことから、小児の補聴器や人工内耳装用者での他覚的聴力検査に応用可能だと思われ、また、多動などの症状のある者でも検査可能になるという意味で重要である。
(8) 1歳2~4ヶ月のダウン症児では、上記の検査で左右差が出ていたので、感覚性言語発達は大きくは遅滞していないことが伺えた。
(9) 絵カードで幼児に親しみのある物を提示し、その名称を同時に聴取させて音韻ないし抑揚の逸脱を聞かせる検査では、すべての被験者(小児)について逸脱に対する有意な反応を認め、かつ音韻の逸脱と抑揚の逸脱の反応の強さを左右で比較すると、音韻はより左、抑揚は右に強い反応が認められた。このような検査課題によって、乳幼児の単語の理解,名称の発音の許容度を脳反応から測定することが可能であると考えられる。
(10) 上述の検査に対応するものとして、脳磁図では読み上げた文章(なぞなぞ文)に対する2文字単語の応答を聴取し、応答の音韻ないしピッチが先行する文章の内容と逸脱している事象に対する脳磁場の反応を成人被験者で記録した。N400mの成分が逸脱に対して生じ、反応のピーク潜時は、音韻の逸脱によるものの方がピッチの逸脱より短かった。しかし振幅の左右差ははっきりせず、NIRS法の方が感度が高いことを示唆する結果となった。
(11) fMRIでは、NIRS法で用いたのと同じ音韻・抑揚対比の刺激を用い、両側聴覚野に反応を得た。反応は両刺激に対して左に片寄る傾向があったものの、音韻対比と抑揚対比の脳反応をくらべると、音韻対比でより左の活動が広がっており、NIRS法の結果とよく対応した。深さ方向では、左の方が若干深部に活動があり,NIRS方では表面近くの現象を捉えていることを考慮すると、NIRS法では反応がやや右に強く出ていることがよく説明できる。
(2) 上記の応用として、人工内耳装用者の脳反応を調べたところ、純音では自覚閾値の20 dB下でも反応が出現する場合があることが判明した。この反応は、検査音を中心として1オクターブの区間を除去した帯域除去雑音を閾値上10 dBで遮蔽音として併用すると有意でなくなることから、周波数に非特異的な反応であると思われるが、人工内耳のプロセッサの処理方法の詳細が不明なため、反応の由来は特定できなかった。自覚的な閾値は40ないし45 dB になるように人工内耳を調整してあるが、プロセッサはそれ以下の入力音に対しても刺激パルスを出力しているため、感音難聴の閾値が40ないし45 dBの場合とは異なる状況が生じていると考えられる。いずれにせよ、帯域除去雑音を併用することで、人工内耳装用者の閾値もNIRSによって正確に推定できることが示された。
(3) 分析合成単語による反応を人工内耳装用者で調べると、自覚的に弁別可能な音韻ないし抑揚の対ではNIRS法で有意な反応が得られ、自覚的に弁別できない対刺激では、有意な反応が認められなかった。この際、弁別できることは音韻が同定できることを意味せず、有意味単語としてはわからないが区別はできた、あるいは別の音韻として聞き取った、という場合にもNIRS法にて有意な脳反応が得られた。これらの反応は右より左側頭に強く認められ、環境音としてではなく、あくまで音韻として処理されていることを示唆する。
(4) 抑揚の変化に対する反応は、刺激によりNIRS法の脳反応が出る場合と出ない場合があり、これも自覚的な弁別可能性に対応していた。また人工内耳装用者による差が認められ、抑揚の違いが音韻の違いとして感じられた被験者があり、この場合は左聴覚野近傍の反応の方が右より強く、これも自覚的な現象と対応していた。一般に人工内耳では抑揚の変化や音楽を正しく聴取するのが困難で、ピッチアクセントや声調の混乱が起こりやすい。NIRS法の脳反応と内観報告を総合すると、現行の人工内耳装用者のリハビリテーションには、抑揚聴取のために特別な訓練プログラムを作成する必要があるものと思われる。
(5) 以上のことから、人工内耳装用者においてもNIRS法は音韻・抑揚の弁別を脳の反応として他覚的に測定可能であると考えられる。
(6) 小児に音韻と抑揚の変化する検査課題を実施すると、1歳未満では左右差がはっきりせず、1歳以上では成人とほぼ同じ左右差のパタンが現れることが判明した。
(7) 幼児では、睡眠中でもNIRS法によって脳の反応が記録可能であった。このことから、小児の補聴器や人工内耳装用者での他覚的聴力検査に応用可能だと思われ、また、多動などの症状のある者でも検査可能になるという意味で重要である。
(8) 1歳2~4ヶ月のダウン症児では、上記の検査で左右差が出ていたので、感覚性言語発達は大きくは遅滞していないことが伺えた。
(9) 絵カードで幼児に親しみのある物を提示し、その名称を同時に聴取させて音韻ないし抑揚の逸脱を聞かせる検査では、すべての被験者(小児)について逸脱に対する有意な反応を認め、かつ音韻の逸脱と抑揚の逸脱の反応の強さを左右で比較すると、音韻はより左、抑揚は右に強い反応が認められた。このような検査課題によって、乳幼児の単語の理解,名称の発音の許容度を脳反応から測定することが可能であると考えられる。
(10) 上述の検査に対応するものとして、脳磁図では読み上げた文章(なぞなぞ文)に対する2文字単語の応答を聴取し、応答の音韻ないしピッチが先行する文章の内容と逸脱している事象に対する脳磁場の反応を成人被験者で記録した。N400mの成分が逸脱に対して生じ、反応のピーク潜時は、音韻の逸脱によるものの方がピッチの逸脱より短かった。しかし振幅の左右差ははっきりせず、NIRS法の方が感度が高いことを示唆する結果となった。
(11) fMRIでは、NIRS法で用いたのと同じ音韻・抑揚対比の刺激を用い、両側聴覚野に反応を得た。反応は両刺激に対して左に片寄る傾向があったものの、音韻対比と抑揚対比の脳反応をくらべると、音韻対比でより左の活動が広がっており、NIRS法の結果とよく対応した。深さ方向では、左の方が若干深部に活動があり,NIRS方では表面近くの現象を捉えていることを考慮すると、NIRS法では反応がやや右に強く出ていることがよく説明できる。
結論
平成10年度は多チャネルNIRS法による無侵襲脳局所酸素モニタを導入し、11年度にはNIRS法によって聴覚閾値の音に対する反応を得た。また、音韻・抑揚の脳内処理の左右差を検出できる課題を開発し、小児被験者についても有意な反応を得ることができた。12年度にはさらに各種の検査課題を開発し、感音難聴者と人工内耳装用者に適応して他覚的な聴覚機能検査として有用であることを示した。小児ついてはNIRS法によって感覚性言語の発達程度が検出できることがわかった。
公開日・更新日
公開日
-
更新日
-