分子モーター、耳の発生からみた難聴発症機構に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000574A
報告書区分
総括
研究課題名
分子モーター、耳の発生からみた難聴発症機構に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
喜多村 健(東京医科歯科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 川上 潔(自治医科大学)
  • 米川博通(東京都臨床研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
33,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
感音難聴の発症機構を分子細胞レベルにて解明する。そのために、難聴者を対象にして、新たな難聴遺伝子を同定する。また、分子モーター遺伝子と耳の発生に関与するホメオボックス遺伝子の変異の有無、難聴発症前の症例においては遺伝子診断を行う。さらに、実験動物モデルにおいて分子モーターならびにホメオボックス遺伝子機能を解析し、分子モーター障害による難聴発症とホメオボックス遺伝子による耳の発生・形成のメカニズムを解明する。発生における内耳分子機構の変化を膜チャネルを指標にして検討する。耳の発生分化に重要なSix遺伝子群の生体機能およびBOR症候群の原因遺伝子産物Eya1蛋白質の変異による機能の欠陥を解析する。
難聴遺伝子のひとつで、マウスで同定されたキネシン様タンパク質DAK(Deafness-Associated Kinesin)とヒト聴覚障害発症との関わりにについて解析する。難聴マウスであるWaltzer Mouse Niigata: vngtの原因候補遺伝子を単離し同定する。
厚生労働省等より提唱されたヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針に、従来用いていたインフォームドコンセントが合致するか否かの検討を行う。
研究方法
難聴遺伝子の同定には、原因不明の感音難聴症例、遺伝性非症候群性感音難聴家系の難聴者ならびに血縁者で協力が得られる症例を対象とした。非症候群性遺伝性感音難聴(特発性両側性感音難聴を含む)の臨床的所見、遺伝子解析を研究している全国の臨床医、研究者で設立された共同研究機構(平成9年度に発足)に登録された症例も対象とした。遺伝性難聴家系の症例では、その遺伝形式を検討した。
対象症例ならびに血縁者で本研究に協力が得られる全員から末梢血を採取し、ゲノムDNAを抽出した。未知の難聴遺伝子同定のために、抽出したゲノムDNAをPCRにより増幅した。PCR産物をポリアクリルアミドゲル電気泳動により分離し、画像解析装置によりマイクロサテライト多型を検出した。次いでDNAマーカーを用いて、連鎖検定のコンピュータープログラムを用いて、連鎖解析を行った。さらに、連鎖を認めた領域の近傍に位置する複数のマーカーを用いて、多点連鎖解析とハプロタイプ解析を行うことにより原因遺伝子座の領域を特定した。既知の難聴遺伝子の変異の有無は、適切なプライマーを用いて、該当遺伝子のエクソン部位をPCRにより増幅し、遺伝子変異の有無を同定した。
ミトコンドリア3243変異症例であるMELASの剖検時に得られた側頭骨標本において、ミトコンドリア遺伝子変異と側頭骨病理、脳幹の聴覚上行路を検討した。
ホメオボックス遺伝子変異が予想されている新しい内耳奇形マウスでは、マウス内耳組織の組織学的検討および聴覚をABRにて計測した。
水チャネル蛋白であるAquaporin (AQP) が、内耳リンパ液の代謝吸収に深く関与していることが判明しており、このAQPの局在を、発育過程における内耳リンパ液の生成を含め検討した。発達過程のものとして生後1日目から30日目の砂ネズミ内耳を、また、成熟したものとして生後4-7 ヶ月の砂ネズミ内耳を使用した。麻酔下に動物をZinc-formalinで全身灌流した後、内耳を取り出し、同固定液に1時間浸漬した。EDTAで脱灰の後、エタノール系列で脱水し、Paraffinに包埋した。そして、厚さ6オmの切片を作成し、5種類の杭AQP抗体 (AQP1-5)を用い、内耳における局在を免疫組織化学的に検索した。また、染色の特異性は、AQPの存在が知られている砂ネズミの腎臓を用いて行った。
Six4遺伝子ノックアウトマウスの胎仔および成体について、形態的観察、聴力検査およびマーカ遺伝子の発現の解析を行った。また、BOR症候群および白内障を発症する患者で同定されたEYA1遺伝子の変異をマウスEya1遺伝子に導入し、SixおよびDachとの相互作用や、転写活性化能について検証した。
難聴遺伝子のひとつで、マウスで同定されたキネシン様タンパク質DAK(Deafness-Associated Kinesin)とヒト聴覚障害発症との関わりにについて解析した。そのために、DAK特異的なアミノ酸配列を標的にペプチド抗体を作製した。これを用いてマウス各組織に対するウェスタンブロッティングおよび蝸牛管の免疫染色を行った。
新たに発見された難聴マウスWaltzer mouse niigata(vngt)の候補遺伝子の単離のために、難聴マウスWaltzer mouse niigata(vngt)と日本産野生マウスMSMとの戻し交配を行い、得られた遺伝子座領域でBACクローンによる物理地図を構築した。得られた整列BACクローンから、さらにvngt遺伝子座を狭め、最終的にはその部分を全てシークエンスすることによって、発現遺伝子断片(EST)を探した。そのESTを用いて難聴、及び正常マウスの突然変異部位の検索を行い、それをもとに完全長cDNAクローン、その遺伝子の一次構造を検討した。
本研究で用いたインフォームドコンセントと厚生労働省等から提唱されたヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針の各項目を比較検討した。
結果と考察
難聴者を対象に難聴遺伝子を同定する研究を行い、ミトコンドリア遺伝子3243変異、ミトコンドリア遺伝子1555変異、ギャップ結合タンパクをコードするコネキシン26遺伝子変異、前庭水管拡大症例におけるヨウ素と塩素輸送因子であるPDS遺伝子の変異を同定した。ミトコンドリア遺伝子変異は、母系遺伝が想定される遺伝性難聴家系ならびに遺伝性の要因は明らかでない弧発性の原因不明の感音難聴症例にて同定された。コネキシン26遺伝子変異は、両側性の原因不明の感音難聴症例にて同定された。
MELAS症候群の側頭骨組織からミトコンドリア遺伝子変異3243を検出し、内耳組織間の変異ミトコンドリア遺伝子の頻度を計測した。病理組織学的研究では、内耳組織のみならず脳幹の聴覚経路の病変を同定した。
以上の研究により、内耳障害の病態を解明し、発症病態に基づく治療・リハビリを目標とした難聴原因遺伝子研究手法が確立した。さらに、全国の研究者との共同研究の基礎を構築した。その結果、多数の難聴遺伝子が日本人家系から同定され、難聴遺伝子の観点からの日本人の遺伝的特異性も同定された。遺伝子変異による内耳組織変化も検討され、遺伝子機能ならびに内耳組織障害に基づいた難聴発症機構が解明され、今後の難聴の治療について新しい視点を加えることとなった。
分子モーター遺伝子変異として、実験動物を用いた研究では、形質膜カルシウムポンプ2遺伝子変異による行動異常マウスで、前庭感覚細胞感覚毛の障害によるカルシウム代謝障害が主病変であることを確定した。ホメオボックス遺伝子変異が想定されている内耳奇形マウスの内耳組織では、蝸牛血管条と感覚細胞の消失が主病変であった。
膜チャネルの研究では、AQP1は、生後1日目で血管条とlimbus近くのライスネル膜にAQP1の局在を認めた。生後8日目になると、type III、IV、suprastrialそしてsupralimbal fibrocyteにもその局在を認めた。しかし一方で、血管条とライスネル膜上の反応は消失していた。そして、最終的に、成熟した蝸牛ではType III fibrocytesにのみ局在を認めた。球形嚢では、生後1日目で卵形嚢側の球形嚢膜上にAQP1の発現を認めた。生後8日目では平衡斑の下に存在するfibrocyteにその局在を認めたが、成熟と共に球形嚢膜上の反応は消失していった。砂ネズミ卵形嚢では、生後1日目に認めた前庭暗細胞上の反応は、12日目までに消失していった。この時期は、卵形嚢斑や前庭半規管膨大部稜の下に存在するfibrocyteにも一時的に局在を認めた。AQP4は、生後16日目にtectal cellに、生後24日目にborder cellに、そして生後20日目に前庭半規管膨大部稜の支持細胞に局在を認めた。コントロールの砂ネズミ腎臓では、それぞれ特異的に集合管にその局在を認めた。
脳神経節や耳胞の発生過程で特異的発現のみられるSix4遺伝子破壊マウスはホモ個体も生存可能であった。耳の形態や聴力については、異常がみられなかった。また、各神経節や、筋肉における特異的マーカー遺伝子(neuroD1、Myogeninなど)の発現を野生型とホモ個体で比較したところ、差が認められなかった。EYA1の変異のうちS454PとL472R及びR307XはSix、DachやG蛋白質との相互作用に欠損がみられた。その結果、Six遺伝子群には機能重複が存在し、複数の遺伝子群の相互作用により内耳発生機構が形成されると推測した。
DAKのアミノ酸配列をもとに合成したペプチドを用いて抗ペプチド抗体を作製し、これを用いて、ウェスタンブロッティングを行った。その結果、精巣においてその発現が強く認められた。次に精巣を用いてjsマウスとの発現の比較を行った結果、野生型との差異は認められなかった。また、マウス内耳蝸牛管およびその組織切片の免疫染色を行った結果、内有毛および外有毛細胞さらに外柱細胞に強く発現が認められ、さらに蝸牛神経細胞にも発現が認められた。
Waltzer mouse niigata(vngt)とMSMの戻し交配分離個体約1,650頭を解析し、原因遺伝子座をマウス第10染色体D10Mit258近傍に位置づけた。これをもとに13個のBACからなる整列クローンを構築した。さらにこの領域を詳細に検討した結果、vngt遺伝子座は約200kbの範囲に存在することが確実となった。そこで、この部分を全てシークエンスし、EST解析プログラムでESTを検索の結果、5つのESTが発見できた。このうちの1つに、Waltzer mouse niigataと他の近交系の間で突然変異が見られた。その分子はカドヘリンの1種でCadherin 23であった。
結論
難聴者を対象にして、分子モーター遺伝子をはじめとする難聴遺伝子の変異を検討し、さらに新しい難聴遺伝子の同定クローニングを行った。難聴遺伝子による内耳の組織学的変化を同定した。また、耳の発生に関与するホメオボックス遺伝子を解析した。また、実験動物モデルにおける分子モーター遺伝子機能ではキネシンを、ホメオボックス遺伝子機能解析としてはSix遺伝子群の内耳における機能解析を行った。
水チャネルであるAquaporin1と4が、内耳発育過程において出現し、その内耳内局在を明らかにした。

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