文献情報
文献番号
200000573A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病網膜症重症化の原因の究明とその対策
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
堀 貞夫(東京女子医科大学眼科)
研究分担者(所属機関)
- 船津英陽(東京女子医科大学糖尿病センター眼科)
- 山下英俊(山形大学眼科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 感覚器障害及び免疫・アレルギー等研究事業(感覚器障害研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
27,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
糖尿病網膜症は後天性視覚障害の主要原因であり、糖尿病患者の増加に伴い視力障害者も増加傾向にある。網膜症における視力障害の主因は増殖網膜症であるが、単純または増殖前網膜症から増殖網膜症への進展過程における詳しい病態は不明であり、網膜症重症化に対する対策は十分に講じられていない。そこで、網膜症の進展過程を詳しく調査して、網膜症進展に関わる全身および眼局所因子を解明し、網膜症の適切な診断および治療指針(ガイドライン)を作成するために、コホート研究を進めてきた。
研究方法
研究は、①糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明、②網膜症管理のためのガイドライン作成、③糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明、④糖尿病患者の意識調査、⑤網膜症病期判定基準の草案、の5項目からなる。
1. 糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明
増殖網膜症への進展機構を明らかにするために、平成10年9月から平成11年1月までの間に、重症単純網膜症、増殖前網膜症および軽症増殖網膜症を有する糖尿病患者159例をエントリーして対象とした。高解像度デジタル眼底撮影装置を用いて、画角50度で10方向のカラー眼底撮影、フルオレスセイン蛍光眼底撮影を、エントリー時、1年後、2年後の計3回施行した。この撮影結果をもとに、眼底所見の重症度、網膜症病期、黄斑浮腫の程度を判定し調査票に記録した。また、エントリー時および1年後に患者の同意を得て採血し、血液中のvascular endothelial growth factor (VEGF)、interleukin-6 (IL-6)、tumor necrosis factor-α (TNF-α)、transforming growth factor-β1 (TGF-β1)、pentosidine、Thrombomodulin (TM)、von Willebrand factor (vWF)、Lipoprotein(a) (Lp(a))の濃度を測定した。網膜症の病期(ETDRS分類、福田分類)、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と年齢、罹病期間、性別、内科的治療法、喫煙歴、アルコール消費、高血圧、収縮期血圧、拡張期血圧、BMI、血液中の上記項目の濃度との関連性を統計学的に検討した。統計解析にはStatistical Analysis System(SAS)を用いた。
2. 網膜症管理のためのガイドライン作成
平成6年から8年に当科を未治療で初診し、初診後網膜光凝固を施行した増殖前網膜症および増殖網膜症患者94例、166眼を対象とした。光凝固施行5年後の視力変化、黄斑症の推移、網膜症病期変化、光凝固法の違いによる網膜症予後などについて検討し、光凝固を適切な時期や方法などについて検討した。
3. 糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明
平成11年4月から平成13年3月までの間に、硝子体手術および白内障手術を行い、硝子体液または前房水を採取した糖尿病患者318例(東京女子医大:274例、江口眼科病院:44例)を対象とした。硝子体手術時に硝子体液、白内障手術時に前房水を採取して、眼内液中および血液中のVEGF、IL-6、Endostatin、Platelet factor-4 (PF-4)、AngiotensinⅡ濃度を測定した。網膜症病期(ETDRS分類、福田分類)、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と硝子体液または前房水中の上記のサイトカイン濃度との関連性を統計学的に検討した。統計解析にはSASを用いた。
4. 糖尿病患者の意識調査
平成11年8月中に糖尿病センター内科を受診した糖尿病患者全例にアンケート調査を依頼して、内科初診患者および記入不十分の患者を除く再診患者3613名を対象にとした。糖尿病患者の眼合併症や診療に関するアンケート調査を行った。集計法としては単純集計およびクロス集計を行った。さらに平成12年8月中に糖尿病センター内科を受診した糖尿病患者1,333名を対象にアンケート調査を行い、調査結果と過去5年間の眼科受診状況とを照合して、受診中断の原因となる患者意識について検討した。
5. 網膜症病期判定基準の草案
網膜症に対する薬物治療などの客観的な網膜症病期判定基準を作成するため、網膜症眼底所見の内、毛細血管瘤と網膜出血、線状・火焔状出血、硬性白斑、輪状硬性白斑、軟性白斑、網膜内細小血管異常、静脈白線化、硬性ドルーゼン、軟性ドルーゼン、新生血管について、基準となる眼底写真(基準写真)を選定した。
1. 糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明
増殖網膜症への進展機構を明らかにするために、平成10年9月から平成11年1月までの間に、重症単純網膜症、増殖前網膜症および軽症増殖網膜症を有する糖尿病患者159例をエントリーして対象とした。高解像度デジタル眼底撮影装置を用いて、画角50度で10方向のカラー眼底撮影、フルオレスセイン蛍光眼底撮影を、エントリー時、1年後、2年後の計3回施行した。この撮影結果をもとに、眼底所見の重症度、網膜症病期、黄斑浮腫の程度を判定し調査票に記録した。また、エントリー時および1年後に患者の同意を得て採血し、血液中のvascular endothelial growth factor (VEGF)、interleukin-6 (IL-6)、tumor necrosis factor-α (TNF-α)、transforming growth factor-β1 (TGF-β1)、pentosidine、Thrombomodulin (TM)、von Willebrand factor (vWF)、Lipoprotein(a) (Lp(a))の濃度を測定した。網膜症の病期(ETDRS分類、福田分類)、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と年齢、罹病期間、性別、内科的治療法、喫煙歴、アルコール消費、高血圧、収縮期血圧、拡張期血圧、BMI、血液中の上記項目の濃度との関連性を統計学的に検討した。統計解析にはStatistical Analysis System(SAS)を用いた。
2. 網膜症管理のためのガイドライン作成
平成6年から8年に当科を未治療で初診し、初診後網膜光凝固を施行した増殖前網膜症および増殖網膜症患者94例、166眼を対象とした。光凝固施行5年後の視力変化、黄斑症の推移、網膜症病期変化、光凝固法の違いによる網膜症予後などについて検討し、光凝固を適切な時期や方法などについて検討した。
3. 糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明
平成11年4月から平成13年3月までの間に、硝子体手術および白内障手術を行い、硝子体液または前房水を採取した糖尿病患者318例(東京女子医大:274例、江口眼科病院:44例)を対象とした。硝子体手術時に硝子体液、白内障手術時に前房水を採取して、眼内液中および血液中のVEGF、IL-6、Endostatin、Platelet factor-4 (PF-4)、AngiotensinⅡ濃度を測定した。網膜症病期(ETDRS分類、福田分類)、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と硝子体液または前房水中の上記のサイトカイン濃度との関連性を統計学的に検討した。統計解析にはSASを用いた。
4. 糖尿病患者の意識調査
平成11年8月中に糖尿病センター内科を受診した糖尿病患者全例にアンケート調査を依頼して、内科初診患者および記入不十分の患者を除く再診患者3613名を対象にとした。糖尿病患者の眼合併症や診療に関するアンケート調査を行った。集計法としては単純集計およびクロス集計を行った。さらに平成12年8月中に糖尿病センター内科を受診した糖尿病患者1,333名を対象にアンケート調査を行い、調査結果と過去5年間の眼科受診状況とを照合して、受診中断の原因となる患者意識について検討した。
5. 網膜症病期判定基準の草案
網膜症に対する薬物治療などの客観的な網膜症病期判定基準を作成するため、網膜症眼底所見の内、毛細血管瘤と網膜出血、線状・火焔状出血、硬性白斑、輪状硬性白斑、軟性白斑、網膜内細小血管異常、静脈白線化、硬性ドルーゼン、軟性ドルーゼン、新生血管について、基準となる眼底写真(基準写真)を選定した。
結果と考察
1.糖尿病網膜症の進展機構の臨床的解明
2年後では109例中62例が進展しており、血液中のLp(a)濃度のみが網膜症進展と統計学的に有意に相関を示した。2年間の経過観察中に多くの糖尿病患者が良好な血糖コントロール状態を維持しており、罹病期間やHbA1c値以外にLp(a)濃度が網膜症進展の危険因子として重要であることが示唆された。
2. 網膜症管理のためのガイドライン作成
視力推移は改善27%、不変42%、悪化31%であり、75%が0.5以上の視力を有していた。網膜症病期変化は増殖前および軽症増殖網膜症では各々80%が鎮静化していた。重症増殖網膜症では約40%が鎮静化し、45%が硝子体手術後鎮静化していた。増殖前網膜症に対して選択的光凝固を施行する場合には、定期的な蛍光眼底造影を行い、光凝固のタイミングを逸しないことが重要であると考えられた。重症増殖網膜症では硝子体手術を前提とした光凝固を施行する必要性が高かった
3. 糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明
1)VEGF、IL-6
前房水中のVEGF、IL-6濃度は網膜症病期、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と有意な相関がみられた。IL-6は直接的にまたはVEGFを介して間接的に、網膜症における血管透過性亢進や血管新生に関与していることが示唆された。
2)VEGF、Endostatin、PF-4
血管新生促進因子ばかりでなく、血管新生抑制因子であるEndostatinやPF-4についても検討したところ、網膜症病期が重症になるにつれて前房水および硝子体液中のVEGF、Endostatin濃度が上昇しており、網膜症の病態に血管新生促進因子と抑制因子とのネットワークが関与しているいことが示唆された。
3)AngiotensinⅡ、VEGF
眼内におけるrenin-angiotensin system(RAS)とVEGFとの関与を調べたところ、硝子体液中のVEGF、AngiotensinⅡ濃度は増殖網膜症の有無、黄斑浮腫の有無と有意な相関がみられた。RASの制御や血圧コントロールは網膜症の新たな治療法として期待される。
4. 糖尿病患者の意識調査
網膜症の理解度に関する調査では、眼科および内科における外来診療よりも、糖尿病教室などの体系だった患者教育からの情報伝達は理解度が高いという結果が得られた。また、眼科受診状況については、内科からの説明のみではなく、患者自身が自覚症状を有している場合や、眼科受診の必要性を理解している場合に通院状況が良好であった。
患者意識と受診中断との検討では、患者自身が自分の目に糖尿病による病気がないと思っていることが、受診中断の危険因子としてあげられた。この結果から、患者教育システムのさらなる構築や患者への説明方法の改善が必要であることが明らかになった。
5.網膜症病期判定基準の草案
選定した基準写真をもとに、網膜症の眼底所見の判定を行い、基準写真の妥当性が証明された。
2年後では109例中62例が進展しており、血液中のLp(a)濃度のみが網膜症進展と統計学的に有意に相関を示した。2年間の経過観察中に多くの糖尿病患者が良好な血糖コントロール状態を維持しており、罹病期間やHbA1c値以外にLp(a)濃度が網膜症進展の危険因子として重要であることが示唆された。
2. 網膜症管理のためのガイドライン作成
視力推移は改善27%、不変42%、悪化31%であり、75%が0.5以上の視力を有していた。網膜症病期変化は増殖前および軽症増殖網膜症では各々80%が鎮静化していた。重症増殖網膜症では約40%が鎮静化し、45%が硝子体手術後鎮静化していた。増殖前網膜症に対して選択的光凝固を施行する場合には、定期的な蛍光眼底造影を行い、光凝固のタイミングを逸しないことが重要であると考えられた。重症増殖網膜症では硝子体手術を前提とした光凝固を施行する必要性が高かった
3. 糖尿病網膜症の進展機構の基礎的解明
1)VEGF、IL-6
前房水中のVEGF、IL-6濃度は網膜症病期、眼底所見の重症度、黄斑浮腫の程度と有意な相関がみられた。IL-6は直接的にまたはVEGFを介して間接的に、網膜症における血管透過性亢進や血管新生に関与していることが示唆された。
2)VEGF、Endostatin、PF-4
血管新生促進因子ばかりでなく、血管新生抑制因子であるEndostatinやPF-4についても検討したところ、網膜症病期が重症になるにつれて前房水および硝子体液中のVEGF、Endostatin濃度が上昇しており、網膜症の病態に血管新生促進因子と抑制因子とのネットワークが関与しているいことが示唆された。
3)AngiotensinⅡ、VEGF
眼内におけるrenin-angiotensin system(RAS)とVEGFとの関与を調べたところ、硝子体液中のVEGF、AngiotensinⅡ濃度は増殖網膜症の有無、黄斑浮腫の有無と有意な相関がみられた。RASの制御や血圧コントロールは網膜症の新たな治療法として期待される。
4. 糖尿病患者の意識調査
網膜症の理解度に関する調査では、眼科および内科における外来診療よりも、糖尿病教室などの体系だった患者教育からの情報伝達は理解度が高いという結果が得られた。また、眼科受診状況については、内科からの説明のみではなく、患者自身が自覚症状を有している場合や、眼科受診の必要性を理解している場合に通院状況が良好であった。
患者意識と受診中断との検討では、患者自身が自分の目に糖尿病による病気がないと思っていることが、受診中断の危険因子としてあげられた。この結果から、患者教育システムのさらなる構築や患者への説明方法の改善が必要であることが明らかになった。
5.網膜症病期判定基準の草案
選定した基準写真をもとに、網膜症の眼底所見の判定を行い、基準写真の妥当性が証明された。
結論
網膜症の予後予測のために、罹病期間や血糖コントロール状態(HbA1c)に加えて、血液中のLp(a)濃度が指標として有用であると考えられた。また、網膜症の病態においては眼局所における血管透過性因子や、血管新生促進因子と抑制因子のネットバランス、RASが重要であり、予後予測を行う上でもVEGF、IL-6、Endostatin、AngiotensinⅡなどの眼内液濃度を測定することが有用であると考えられた。患者の意識調査の結果、患者が網膜症の内容や自分自身の目の状態を正確に理解することが受診の動機付けにつながり、内科と眼科との密接な連携にもとづく患者管理システムを構築することが重要であると考えられた。さらに、本研究を推進して、網膜症重症化の病態を解明するとともに、日常診療に即した抜本的対策を講じることが、非常に重要であると考えられた。
公開日・更新日
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更新日
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