エイズに関する普及啓発における非政府組織(NGO)の活用に関する研究

文献情報

文献番号
200000567A
報告書区分
総括
研究課題名
エイズに関する普及啓発における非政府組織(NGO)の活用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
池上 千寿子(特定非営利活動法人)
研究分担者(所属機関)
  • 徐淑子(日本保健医療行動科学会)
  • 東優子(ノートルダム清心女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
青少年は個別施策層のひとつとして我が国のエイズ予防対策上、高い優先度がおかれている。同時に、とくに近年、HIV感染だけでなくクラミジア感染など複数の性感染症の青少年への蔓延、青少年の性行動の活発化が報告され、このことは従来のエイズ予防教育および普及啓発の手法やメッセージの有効性が深刻に問われていると解釈できる。少なくとも、医学的知識(正しい知識)の提供だけでは、青少年の行動変容をおこす力にはなっていないといえよう。では、どのようなアプローチが有効なのだろうか。そこで本研究は、①青少年の保健行動(避妊、予防)の背景要因(態度など)をさぐることをとおして有効な予防介入を検討し、その要因にてらして②既存の啓発資材とそのメッセージを分析し、その有効性を検討し、③青少年の予防対策に有効といわれている国際的知見をふまえて、より効果的かつ具体的な予防啓発モデルあるいは青少年への有効な「しかけ」を提案し、実施し、評価し、④行政の施策および青少年の性的健康の向上に貢献することを目的とする。
研究方法
上記を目的とする3年計画の第1年度である本年度は、日本の近年の青少年性行動調査による青少年の性行動と保健行動の現状、および国際文献にみる青少年への有効な予防介入に関する言説を調査し、その成果を共通の理解とした上で、?とくに文化的、社会的に脆弱性が高く保健行動において性差も認められる女子に対象をしぼり、コンドーム使用行動の背景要因について質問紙調査を実施しコンドーム使用態度尺度項目を開発し、18?25歳の女子にしぼって尺度項目の質問紙調査を実施し、項目に対する得点をコンドーム常用群と低使用群にわけて因子分析を行い、コンドーム使用の促進要因と阻害要因を明らかにした。さらに?現在使用されているエイズ予防のための普及啓発パンフレットの内容とメッセージを分析し、コンドーム使用を促進する上で有効なものであるか否かを検討した。?その上で、従来の手法やメッセージの問題点を克服するための新機軸を検討し、モデルパンフレットを開発した。
結果と考察
まず、日本における近年の青少年の性行動、保健行動の現状は以下の4点にまとめられた。ほとんどの青少年が高校においてなんらかのエイズ教育をうけてはいるが、第1に、高校生、大学生の性交経験率は上昇中で男女差は認められない。第2に、女子の保健行動では、感染予防より妊娠の方が意識されている。第3に、コンドームは避妊の主な手段であるにも関わらず、コンドームの常用は定着あるいは促進されていない。第4に、保健行動の意識と態度においては性差が認められる。以上から従来の予防メッセージは効果をあげているとはいえず、ジェンダー固有のあらたなアプローチの必要性が示唆された。
UNAIDSを中心とした青少年に対する「有効なエイズ教育」に関する言説は以下の5点にまとめられた。第1に、青少年の性行動を「問題視」するのではなく責任ある安全な保健行動をとる能力を認め、その活用を図ること。第2に、感染予防だけでなく望まぬ妊娠や性被害の回避をふくむ総合的なSEXUAL HEALTHを促進すること。第3に、個人の行動に影響する集団の価値観(男らしさ、女らしさ等)の変容もめざすこと。第4に、ピアプレッシャーを活用すること。第5に、ジェンダー固有でポジティブかつ具体的なメッセージを継続的に提供すること、であった。以上が文献調査によって明らかとなった。
女子を対象にした質問紙調査の結果、コンドームの常使用群(38.6%)と低使用群(31.8%)ではコンドーム使用態度に影響する態度要因がいくつか明らかとなった。もっとも顕著な違いは「相手との関係性や相手の意向を参照して、状況判断をした上でコンドーム使用をどうするか調整する態度傾向」であった。いいかえると、相手(や相手の言葉)を信頼する(信頼しろといわれる)態度傾向はコンドームの不使用につながり、逆に、相手や相手との関係がどうあれコンドームが必須という信念があればコンドームを常用していた(別紙分担報告研究参照)。では、女子に対して、この信念を身につけることを促すようなメッセージは提供されているのだろうか。
既存パンフレットの調査(N=57)の結果は、女子へのコンドーム使用促進効果があるとはいえなかった。まず、青少年一般あるいは一般用のパンフレットが多く、ジェンダー固有の配慮はほとんどない。予防手段に言及してはいるが具体的な使用情報の提供は少ない。感染予防に集中していて避妊を含めたSEXUAL HEALTHの促進につながっていない。いまだに「相手(関係)を選ぼう」という関係性重視のメッセージが半数をしめ、これは女子にとってはコンドーム使用を阻害させる要因となっている。男女の性的「らしさ」を前提とするメッセージが多く集団の価値観の変容という視点はみられない(分担研究報告を参照)。
以上の結果と考察をふまえ、青少年とくに女子を対象としたモデルパンフレットを開発した。ここでの新機軸は、以下の7点である。①キーワードをSEXUAL HEALTHとする。②手帳挿入式の携帯スタイルの導入。③性的「らしさ」ステレオタイプを用いない。④「まず使うことに決める」という自己決定の促し。⑤若者が携帯のメールで送れる短い標語のメッセージ⑥女性用コンドームと男性用コンドームの使用図解を併記⑦相談とケアの情報提供。
このパンフレットをさまざまな「しかけ」をとおして青少年に届けること、および評価調査を実施することとした。また、男子についての保健行動態度調査も実施することとした。
結論
エイズ教育は「知識が力なり」ではあるが、医学的な「正しい知識」の提供だけでは青少年の保健行動に有効な影響を与えることはできない。したがって、正しい知識がどの程度獲得されたかを調査することによって予防教育の効果評価とすることは有効ではない。知識ではなく「態度」が問題であり、「態度」は集団の価値観(いわゆる「らしさ」)に深く影響されていることがわかった。にもかかわらず既存のメッセージは従来のステレオタイプを前提としており、これではコンドームの常用が定着しないのも肯けるし、とくに女子においては阻害要因にもなることが示唆された。
ジェンダー固有のアプローチを追求するためにも男子における保健行動・態度調査が必要であることが確認された。パンフレットは青少年にメッセージを届ける一つの手法であり、「いかに届けるか」の「しかけ」がすでにいくつか示唆されている。青少年イベント、ショップ、NGO、学校、行政、企業との多様な連携の実施による直接介入の実施とあわせて研究を深化させる必要がある。

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