HIVの病原性決定因子に関する研究

文献情報

文献番号
200000563A
報告書区分
総括
研究課題名
HIVの病原性決定因子に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
田代 啓(京都大学遺伝子実験施設)
研究分担者(所属機関)
  • 本庶 佑(京都大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
米国NCIのO'Brien博士や主任研究者らによる共同研究で見出された、SDF13'A遺伝子座のAIDS発症遅延型遺伝子型について、遅延の分子メカニズムを解明することを本研究の目的とする。「体内SDF-1タンパク量が病原性決定因子であること」が確定すれば、SDF-1タンパク量モニターによる HIV感染者の予後推定や治療方針決定にただちに役立つばかりでなくgp120/SDF-1/CXCR4を作用点とする治療法開発の具体的指針を提示できるという形で、厚生行政に貢献できる。そのために、血中SDF-1タンパク濃度がHIV感染症におけるCD4とviral loadに次ぐ第3の検査項目候補として、どの程度臨床的に役に立ち得るかを評価する。血中SDF-1値が、「HIV感染症進行度」と相関するかどうかの他、CD4細胞数や血中viral loadでは予測し得ない、「HIVウイルスの患者体内での指向性の変化」と「エイズ随伴症候群出現」の予測に有用であるかどうかについて、検討する。一方、AIDS発症遅延がSDF-1タンパク質量の差によらないのならば、SDF1遺伝子座の近傍に、別のAIDS発症時期決定遺伝子が存在することが考えられる。その可能性を検討する。
研究方法
1.10年度は、早大・CREST・松本博士と共同で樹立した、新発明の高感度イムノアッセイ法「SDF-1 TR-FIA」を改良・完成し、それによりヒト血中SDF-1タンパク濃度の信頼性の高い測定を世界に先駆けて達成した。感度は30pg/mlに向上した。数100例の日本人HIV感染者と健常ボランティア及び米国HIV-1感染者の血清及び血漿中のSDF-1タンパク質を測定した。2.11年度と12年度は、実はこれまでは技術的困難により、意外にもvivoでの実験が極めて乏しかった「SDF-1タンパクが内因性のHIV感染症病原性決定因子であること」を示す具体的な学術的項目を、東大医科研と熊本大学の共同研究者から提供を受けた試料を測定し、検討した。(倫理面への配慮)今回の発見は、HIV感染の診断と治療に重大なヒントを与えるのみならず、これが直接各個人の予後の予測等につながるケースもあると考えられる。個々人のデータ管理には注意を払う必要がある。3A'遺伝子型のデータ管理も同様である。
結果と考察
12年度の特筆すべき成果として「HIV-1感染者の進行度が高い群で血中SDF-1濃度がより高い」ことを、日本のHIV-1感染者と非感染者の血中SDF-1濃度を測定・比較することにより見出した(Ikegawaら、AIDS Research and Human Retroviruses, in press;東大医科研 岩本博士ら、熊本大学 松下博士ら、早稲田大学・CREST 松本博士らとの共著)。これは、本研究の10年度の成果として世界に先駆けて成功した、「充分な感度と信頼性を備えた血中SDF-1タンパク濃度測定方法樹立」 (これによって世界で初めて正常ヒト血中SDF-1濃度が明らかになった。Ikegawaら、同上)と、本研究の11年度の成果、「HIV-1感染者群の血中SDF-1濃度は非感染者群に比べて高いこと」(Ikegawaら、同上)に立脚した研究成果である。
本研究以前は、SDF-1がvivoでHIV感染症進行に関わるかどうか不明であった。また、もしも結果が「HIV-1感染者の血中SDF-1濃度は非感染者に比べて有意に高い。」ということにとどまっていれば、インパクトはさほどではなく、「それが分かった。でもその先の展開がない。」ということになっていたのかもしれない。しかし、本研究のデータは、SDF-1タンパクがHIV感染症進行に何らかの役割を果たし得ることを示唆する以下の実験データを得た。a. 内因性SDF-1タンパク量が、HIV-1感染補助受容体CXCR4のKD値の数分の1以内にのぼる個体(ヒト)が、測定した100数10例のHIV感染者のうち約20例実在することを明らかにした。b. 内因性SDF-1タンパク量に個体差が存在し、その個体差が数倍や10数倍にのぼることを明らかにした。CXCR4のKD値付近の個体と、その1/10以下の個体が実在することを明らかにした。c. CXCR4のKD値付近の濃度のSDF-1タンパクが、実際にvivoでCD4陽性細胞表面CXCR4をダウンモジュレートさせることをマウスを用いた実験で示した(ヒトでは実験できないためマウスを用いた)。d. 内因性SDF-1タンパク量が、HIV感染者群と非感染者群で有意水準0.1%で有意差があることを示した。e. 内因性SDF-1タンパク量が、HIV感染症進行例(CD4値200以下でviral load10000以上)群とHIV感染症非進行例(CD4値200以上でviral load10000以下)群で有意水準0.1%で有意差があることを示した。
主任研究者と親密な共同研究者である米国NCIのO'Brien博士の本研究成果への理解と絶賛と協力を得て、日本発の技術で日本で見出した知見をもとに、さらに詳細に血中SDF-1値が諸パラメーターとの相関を調べる共同研究を実行中である。特に、血中SDF-1値が「HIV感染症進行度」「HIVウイルスの患者体内での指向性の変化」「エイズ随伴症候群出現」と相関してHIV感染症進行度の良い指標になりうるかどうかについて、O'Brien博士が提供する米国のエイズコホートの血液試料を京大で測定し、当グループの池川博士が渡米してO'Brien研の統計専門家と共に臨床情報との相関を検討して池川博士を筆頭著者とする論文を作成する手筈になっている。そのためには、これまでO'Brien博士が収集した米国エイズコホートサンプルは、genomic DNAの長期安定確保のための細胞株確保を重視するあまり血清や血漿がきれいにとれておらず、細胞をフィコール分画したあとの残りを「血漿」と称していたので、改めてきれいな血清を採取する作業が米国で現在進行中である。フィコールの混入は、血中SDF-1測定値の信頼性に著しい悪影響を与えることをO'Brien博士から提供を受けたサンプルについてわれわれが見出してO'Brien博士に通告したからである。また、ゲノム上のSDF1遺伝子座の上流と下流の塩基配列を決定し、高速SNP検出装置・WAVEを用いて遺伝子多型探索を実行中である。
本研究成果は、日本の技術と日本のサンプルで世界に先駆けて得た学術的業績であり、今後、米国の試料を用いて一般化する点が、よくある「米国の成果の後追い研究」と本研究との顕著な差異である。今後の本研究は、日本にはエイズコホートがないため、世界最大級のサンプル数を利用できるO'Brien博士との共同研究で臨床応用達成を図っているが、決して米国の後追い研究でなく、日本発の国際的な独創的研究である。特に、米国エイズコホートの血液サンプル採取方法にまで本研究の成果に基づいて踏み込んだ国際協力を行っている点が意義深い。本研究ではHIV感染症における第3の臨床検査項目候補として、血中SDF-1タンパク濃度が診断と治療にどの程度役に立ち得るかを評価することを目的に検討を進めている。血中SDF-1値が、「HIV感染症進行度」と相関するかどうかの他、CD4細胞数や血中viral loadでは予測し得ない、「HIVウイルスの患者体内での指向性の変化」と「エイズ随伴症候群出現」の予測に有用であるかどうかについて、検討している。この部分は、なお進行途中であり臨床的有用性についての結論は出ていないが、現在望み得る最高の共同研究を設定して実行中であるので、数年以内に、社会的意義を発揮できるかどうか判明する見込みである。なお、「高感度サイトカインイムノアッセイ法」については、11年と12年に田代を筆頭著者として、共同研究者の松本博士の所属する日本政府関連団体、CRESTを通じて国際特許申請した。この新技術は拡がりを見せ、共同研究として既に2つの学術論文を発表している。
結論
SDF-1タンパク量ががHIV感染症病原性決定因子の一つであることが、本研究で明らかになった。これをふまえて、SDF13'A遺伝子多型によるエイズ発症遅延の分子機構解明と、HIV感染者の予後予測と治療方針決定(特に「HIVウイルスの患者体内での指向性の変化」と「非ホジキンリンパ腫等のエイズ随伴症候群対策」のために臨床検査の一つに加えるかどうかを検討するさらなる研究進展が望まれる。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-