エイズに関する人権・社会構造に関する研究

文献情報

文献番号
200000562A
報告書区分
総括
研究課題名
エイズに関する人権・社会構造に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
樽井 正義(慶應義塾大学文学部)
研究分担者(所属機関)
  • 浅井篤(京都大学大学院医学研究科)
  • 池上千寿子(ぷれいす東京)
  • 今村顕史(東京都立駒込病院感染症科)
  • 川口雄次(WHO健康開発総合研究センター)
  • 沢田貴志(港町診療所)
  • 杉山真一(原後綜合法律事務所)
  • 服部健司(群馬大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
7,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、HIV/AIDSに関して、わが国の状況に即した人権擁護のガイドラインを提案することを目的とし、人権に関する理解の社会における広範な共有と、それに基づいて人権に配慮する社会構造の構築に貢献しようとするものである。こうしたガイドラインの提示は、とくに医学医療の場における診療と研究に不可欠かつ有用である。また、この疾患は感染症であるとともに慢性疾患であり、さらに障害認定の対象とされていることから、本研究は他の感染症の患者、慢性疾患の患者、障害者の人権擁護を促進する社会構造の研究や施策にも広く寄与できる。
研究方法
外国人を含むHIV感染者/AIDS患者の人権問題の所在を明らかにし、医療における個別の課題を考察すること、人権に関する国際的理解とそれを擁護するガイドラインを検討することを課題とし、分担研究者・研究協力者がそれぞれに16の個別研究を進めるとともに班会議で検討を加え、それを次の3つの学際的共同研究として集約した。
1) 感染者と非感染者の人権の研究
①人権をめぐる問題に関する二次調査(今村、大洞知里、樽井)では、とくに医療の場での問題について感染者へのアンケートを行い、②感染者のライフステージにおける人権問題調査(池上、野坂)では、感染者への3年間の継続インタヴューをとくに社会生活について整理した。また③訴訟事例調査(杉山)を行い、さらに④薬害被害者における人権問題(山本晋平)では、薬害問題を人権の側面から整理した。
2) 外国人感染者の人権の研究
⑤医療機関の対応と課題の調査(沢田、兵藤智佳、枝木美香)では、首都圏拠点病院の医師へインタヴューを行い、また⑥帰国者の母国での受け入れ状況調査(沢田、枝木、福島由利子)をタイにおいて行った。
3) ガイドラインの研究
a. 個別課題としては、⑦HIV抗体検査のルーティン化と倫理(服部)を妊婦スクリーニングについて、守秘の根拠を⑧プライバシーと人権(森田明)として、またこれに関連して⑨守秘義務とその解除の要件(樽井)をパートナーへの通知について考察した。また研究とくに⑩疫学研究における人権(浅井、大西基喜)の検討を行った。
b. 国際ガイドライン研究としては、UNAIDS/OHCHR国際ガイドラインの背景をなすものとして、⑪国際人権法における健康権(藤本俊明)、⑫社会権規約NGOレポート(藤本)におけるHIV/AIDS関連項目、さらに感染症対策沖縄国際会議で強調された⑬健康権と国際公共財(林達雄、功能聡子)という概念を検討した。それらの基礎研究として⑭人権とはなにか(杉山)という概念整理を行った。さらに健康権に関して、⑮国際ガイドライン適用の国際比較の調査をICASOに委託した。新しい国際ガイドラインとして、UNAIDSの⑯HIV予防ワクチン研究の倫理要件(川口、中江章浩)を紹介した。
(倫理面への配慮)感染者へのアンケート調査および医師へのインタヴュー調査においては、調査目的を説明して同意を得るとともに、感染者および情報提供者などのプライバシーに配慮した。
結果と考察
1) 感染者と非感染者の人権の研究
昨年度の一次調査で指摘された問題点が、感染者(1996-2000年に陽性告知を受けた139名)へのアンケート調査によって確認された。医療機関に関しては、本人の依頼によらない検査の21%でインフォームド・コンセントが不十分であること、告知に際してプラバシーへの配慮を欠くケースが18%あり、治療法、感染予防、日常生活の注意などが半数しか行われていないこと、本人の同意のない他人への通知が7%あること、また診療においてもプライバシーへの配慮の欠如(15%)、過度の詮索(13%)、差別的言動(16%)、情報提供の不足が経験されていることなどが明らかになった。プライバシーについては、公的機関や職場でも、その保守に不足あるいは不安があることが示された。また職場の問題として、通院や服薬の困難が挙げられた。
2) 外国人感染者の人権の研究
首都圏で外国人感染者の治療に当たる医師6名へのインタヴューによって、診断などの情報を伝えるための通訳の確保、医療保険のない感染者への対応、帰国先の医療情報取得などの問題があること、それらに医師や医療機関が個別に対応せざるをえないことが明らかになり、外国人医療に関する指針の必要性が指摘された。
タイでの調査では、日和見感染治療は広範に行われているが、抗ウイルス薬は一部国内生産されても高価という現状や、帰国困難な重症患者の支援窓口についての情報がえられた。また、よりよい状態での帰国を可能にする医療支援と国際的な薬価引き下げのアドボカシーが要請された。
3) ガイドラインの研究
a. 個別課題: 検査に関しては、十分な情報提供なしに、ときには同意すらなしに行われている妊婦検査を批判する根拠を示し、CVTの原則を確認した。プライバシーと守秘義務に関しては、これを原則として重視する根拠が挙げられ、いわゆる医療者委託は義務ではなく、いくつもの要件を検討したうえで例外として許容されることが示された。疫学研究については、匿名による無害性がそのままにインフォームド・コンセントの代替とはなりえない理由が示され、インフォームド・コンセントの重要性が指摘された。
b. 国際ガイドライン研究: 国際人権規約およびそこに規定される社会権としての健康権の法的性格、それに基づく国家的国際的義務の内容、さらに健康権を保証するための国際公共財という概念を検討し、国民の健康権はもとより、国内の外国人、途上国の住民の健康権への配慮の必要が指摘された。国際公共財とされる予防ワクチン開発の倫理要件を紹介した。
結論
外国人を含む感染者の人権問題の現状については、問題の所在を予備調査よりも具体的に示した。問題として指摘されながら、これまでは十分に議論されなかった検査のインフォームド・コンセント、プライバシー権、守秘義務について、その倫理的法的性格と根拠とを明らかにし、これとの関連で疫学研究の要件についても批判的観点を示した。さらに、策定を予定するガイドラインの基礎の一つとして、国際的人権理解を整理し、これがわが国における外国人感染者の問題と途上国支援を検討するときに不可欠な視点であることを示した。

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