“性感染症としてのHIV感染"予防のための市民啓発を、各種情報メディアを通して具体的に実施実行する研究計画(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000559A
報告書区分
総括
研究課題名
“性感染症としてのHIV感染"予防のための市民啓発を、各種情報メディアを通して具体的に実施実行する研究計画(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
熊本 悦明(財団法人性の健康医学財団)
研究分担者(所属機関)
  • 島崎継雄(日本性科学情報センター)
  • 行天良雄(国際医療福祉大学)
  • 小谷直道(読売新聞社大阪本社)
  • 大熊由紀子(朝日新聞社)
  • 南谷幹夫(東京都立駒込病院)
  • 川名尚(帝京大学医学部附属溝口病院)
  • 木原正博(京都大学大学院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国においても、HIV感染は、今や無症候性の性感染症として、密かに、大きく広がりつつある。ところが、薬害エイズ問題にあまりにも注目が集まり過ぎたことから、一般市民はエイズ/HIV感染は特殊な感染症で、自分とは関係ない疾患と思い込んでしまった。そのため、危険な性感染症としてのHIV感染に対する危機感が極めて低い。
しかも性感染症としてのHIV感染への危機感の喪失は、さらに他の性感染症への警戒心もなくし、性感染症予防のためのコンドーム使用率がかなり低くなって来ている。
その反映として、クラミジアを始めとする他の性感染症が、一般市民の中に大流行し始めている。最も著しく流行しているクラミジア感染症に至っては、性生活を持つ若い人たちの生活環境汚染的状況にまで流行してしまっている。このような従来の性感染症の炎症で荒れている性器粘膜は、HIVに3~4倍も易感染性が高くなっており、まさにわが国は性感染症としてのHIV感染で大流行の場の準備状態になっている。
ところが、このわが国の危機的情況に対し、一般市民はもちろんのこと、医学関係者すら殆ど関心を示していない。この事態を早急に改善することが、わが国の公衆衛生学上の最大の急務といって過言ではない。
そのようなわが国の甘い性感染症流行への認識を改めるには、如何に広く、かつ分かり易い形で性感染症/HIV感染情報を市民に流し、現在の危機的情況を理解してもらい、それぞれの個人が積極的に性感染症予防意識を持ち、しかも具体的に実行する意識を形成していく以外にはない。
そこで我々は、このわが国の情況を憂慮し、どのようなパターンの情報形成で、どのような内容の情報を、一般市民に流すことが上記の目的に適うものであるかを検討すべく研究班を作ったわけである。
研究方法
調査してみると、現在の市民の性感染症/HIV感染に関して、一般に流されている情報が、極めて不完全、かつ不充分であることが、そのような情況形成背景にあることが明らかになってきた。その知見をもとに、先ず“Data Based Education"という立場から、可能な限りの情報配布方法を利用して、一般市民の“性感染症/HIV感染への甘い認識"を変革させるべく諸々の試みを実行している。
①全国各地での公開講座の開催
正しい情報を提供公開し、危機的情況への理解を深めるために、情報メディア(新聞、雑誌、週刊誌及びテレビ、ラジオなど)で情報記事を作製する記者、具体的な啓発活動の第一線にいる医療従事者(医師・看護婦・助産婦など)、また性教育の現場を担当する学校職員ら(特に養護教員)を対象に、全国各地で既に37の公開講座を開催している。
聴衆の特徴的な反応は“それほどの性感染症大流行が現実に身の回りにある"ことへの驚きを示すことである。そして、その深刻さにどのように対応すべきかへの“とまどい"が見られる。ただ、どうすべきかについては、極めて曖昧な反応しかないのが殆どであった。
②比較的詳しい情報パンフレットの作製
今までの市民のための性感染症/HIV感染情報提供用のパンフレットは、簡単で、手に取りやすいものがよいという考えから、殆どのものは、あまりにも簡略化したまとめ的なものであった。
それでは単なる茶飲み話に過ぎず、正しい理解と予防行動に結びつくような認識につながらない。そこで我々は、比較的詳しい性感染症/HIV感染情報を、分かりやすく、しかもある程度詳しく記載するパンフレットを作製した。しかも性交渉のもう一つの問題点である“望まざる妊娠"との関連も詳しく併述することにも充分留意して記述しているので、しっかりした知識の下に、無防備にして安易な性交渉への警戒心を持たせ、さらにコンドームの正しい、積極的な使用行動に結びつく形の記述を試みている。
これを、前項の関係者のみを対象とするのでなく、関心が高く、正しい知識を求めている一般市民にも広く配布し、啓発活動を展開している。
③ホームページの開設及び啓発用ビデオ作製
さらに、より広く一般市民への情報提供という意味で、上記パンフレットの記載を始め、性感染症/HIV感染に関する予防につながる問題点をQ&A形式にしたものなどを含めた啓発用ホームページを作製し、一般に公開している。
その性の健康医学財団のホームページ利用率はかなり高く、月1万件以上のアプローチがある。また、啓発用ビデオ作製にも着手している。
④正しい情報提供により市民の性感染症/HIV感染への警戒心の改善度の調査
これらの情報提供が、市民に単なるお話や常識としての単純理解でなく、具体的な自らの予防行動へ如何に結びついているかを研究的にアンケート調査している。そして、我々の研究目的とする“Data Based Education"の意義や、効果を分析検討する。
結果と考察
公開講座は全国37件、パンフレット・ブックレット3件、それにホームページによる情報提供により知り得た成績・結果をまとめると、下記の如くになる。
a.正確な詳しい性感染症/HIV感染情報を持つ学会・研究者側からの提供の不完全さ
当然充分な知識と理解を持っていると考えられていた医療関係者、医師・看護婦・助産婦においてさえ、正しい現状把握が殆ど行われていないことが明らかになって来た。それ程迄に性感染症流行がわが国に現実にあるかという強い驚きの反応が殆どであった。そのため、性教育担当教員、さらに一般市民の間には、それに輪をかけて、正しい性感染症/HIVに関する疫学的情報が知られていないことが、大きな問題点として浮かび上がってきている。今後如何に正しい情報を解かり易く解説し、しかも容易に手に入り易い方法で提供する方法の検討が問題点であることが分かった。
b.“性"に対する新しい理解形成の必要性
“性"に対する社会的な強い偏見から、性感染症/HIV感染は“不潔な、不道徳行為による感染症"というイメージが、今も一般化している。そのため、このテーマに関する及び腰の構え、嫌悪感から、積極的に知識を得て、積極的に理解しようとすることはなく、むしろ半身に構えた姿勢が目立ち、上記aのような情況を作っていることが、分析上明らかになって来ている。そのためには、わが国の市民全体の“性"に対する強い偏見を改め、性の健康を守るための正しい積極的な性教育を行うことが求められている。しかも、それに思春期の若者たちのみでなく、社会上層を構成している成人たちまでも含めて、広範に行う必要が痛感されている。
c.情報メディア記者の本問題への理解向上の必要性
市民への情報提供の手段としての新聞・雑誌・週刊誌・テレビなどの、いわゆる情報メディアの情報提供記者の“性"、さらには“性感染症/HIV感染"に関する認識と理解が、極めて不充分であり、その上性に対してはむしろ興味本位なアプローチが多い。そのため“予防行動啓発"にはあまり関心を示していないことが明らかになって来ている。その点の改善のために、積極的に情報メディアの研究者側の姿勢が今後重要になると考えている。
d.薬害エイズ・アレルギーからの脱却の必要性
厚生行政関係者を始め、多くの公衆衛生関係指導者の間に“薬害エイズ"アレルギーが強く、“HIV感染=性感染症"という主張を受け入れがたい雰囲気が極度にある。このことも、啓発活動上の大きな支障となっていることも明らかになってきた。その点の是正と危機的現状への理解を深める努力も今後の大きな課題となっていることが、我々の検討の中で浮かび上がってきている。
e.まとめ
そのような各分野での二つの問題点
(1)正しい性感染症/HIV感染の疫学情報の伝達不足と
(2)性感染症及び“性"に対する不理解と不潔感
を如何に除いていくかが、わが国の近い将来予想され、危惧されているHIV感染/エイズ流行防止の、最も重要な対策となるのではないかという感を深くしている。
今後のHIV感染流行予防対策は、いわゆる医学的研究よりは、むしろ社会医学的立場よりの啓発に力点をおかねばならないことが、我々の研究活動より明らかになりつつある。
そのための情報提供としての、より理解されやすい資料作製にどのような配慮が必要なのか、情報提供パターンの形式などをさらによく検討し、有効性を高めることが強く求められている。
結論
本年度は、この研究班立ち上げの初年度であり、種々の準備のため具体的な行動開始が年度後半になったことで、我々の研究班としての成果は未だ充分とはいえないが、活動開始半年にしては、それなりの意義と効率を得つつあると考えている。
いずれにしても、前項で述べた如く、研究・啓発活動による各種情報提供による、啓発対象者の反応は、“それほどまで性感染症の大流行がわが国にあり、現実に身近な日常生活上の問題、性生活上の生活環境汚染的情況にある"ことへの驚きが、最も特徴的な所見といって過言ではない。
詳しく正しい性感染症/HIV感染に関する情報が、一般市民のみならず、教育界、医学界にそれ程不充分にしか流されていなかったことが注目されるところである。
その背景にはやはり“性"や“性感染症"に対する根強い社会的偏見が各分野に深く浸透していることの証左であり、HIV感染流行予防のためのコンドーム・キャンペーンを、具体的かつ活発に行うには、先ず社会医学、また社会心理学的な立場からの性への正しい、時代に即した対応と啓発活動が必須であることが、我々の研究調査活動から明らかになりつつある。さらに次年度も続けて、より詳細な問題検討を続けて行いたい。

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