HIV感染症の動向と予防介入に関する社会疫学的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000558A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV感染症の動向と予防介入に関する社会疫学的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
木原 正博(京都大学大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 橋本修二(東京大学医学部)
  • 市川誠一(神奈川県立衛生短期大学)
  • 和田 清(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 熊本悦明(札幌医科大学医学部)
  • 清水 勝(東京女子医科大学)
  • 木原雅子(長崎大学大学院医学研究科)
  • 池上千寿子(ぷれいす東京)
  • 兒玉憲一(広島大学保健管理センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
110,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の、①HIV感染症流行の現状・将来動向、②個別施策層に対する有効な予防介入についてのエビデンスを示し、有効かつ効率的な行政施策の発展に資する。
研究方法
数理モデルによるHIV流行の中長期予測とシミュレーション、レセプト・カルテを用いた医療費調査、各種集団の血清疫学的モニタリング、準実験的疫学デザインによるコミュニティ規模の参加型予防介入研究、質的方法、量的方法を統合した性行動調査
結果と考察
(1)HIV感染症の動向に関する研究;①将来予測:システムモデルを用いた中長期流行予測を行い、HIV感染者の2010年時点有病数を、男性異性間感染者9000人、女性異性間感染者4000人、同性間感染者35000人と予測した。同モデルを用いたシミュレーションにより、コンドーム使用を50%から5%増加すると、2010年のHIV感染の時点有病数が、異性間で12-13%、同性間で18%減少することを示し、コンドーム促進対策が予防として最も有効であることを示した。②医療費調査:109人延べ596月のレセプト及びカルテを調査し、多剤併用後の医療費は大半が薬剤費で月17-20万と高額化し、しかも単剤期と異なり病期にかかわらず医療費ほぼ一定であることを示した。③拠点病院患者調査:拠点病院にアンケート調査を行い、222施設 (57%)より患者681人分の情報を回収した。エイズ動向調査への初回報告、病変報告の届出率は83-94%であり、いずれの報告の報告率も感染症法前後で変化の無いことを示した。④献血者調査:4血液センターを対象に、献血者中のHIV抗体陽性率を献血頻度別に調べ、初回者の陽性率が再来者より10倍以上も高頻度であることを示した。献血でHIV感染が判明し、拠点病院で受療中の感染者96例を調査し、検査目的が15%で、性別では男性に検査目的が多いことが示された。感染経路は半数以上が同性間性行為であった。⑤妊婦調査:妊婦のHIV抗体陽性率を、拠点病院と全数検査県で調べ、前者が後者の7-8倍も高値で(10万対約18 vs.2.3)、前者が一般妊婦の感染率を反映しないことを示した。⑥STD患者調査:関東男性STD患者の血清を匿名非特定の方法で検査し、HIV感染率が、0.8%(5/628)と昨年度(0.3%、2/813)より増加したことを認めた.また1995-2000年の男性患者(n=14)中、梅毒合併例が9例と高率であることを認めた。近畿の某医療機関でも同じ傾向(11/13例)が確認された。⑦薬物乱用・依存者調査:全国の主要薬物依存者治療施設7施設の男性新規症例369人中、HIV感染は0%だが、HCV感染は42%に及ぶことを示した。回し打ちの頻度は依然高く(>40%)、加えて昨年度に引き続き、あぶり行為(覚せい剤を火であぶって蒸気を吸引する行為)が高率であることを認めた。女性との性行動も風俗、非風俗を問わず活発で、しかもコンドーム使用が低率であるなど、行動的に非常に高リスクの状態にあることを示した。⑧MSM(男性とセックスをする男性)調査:都内某検査施設における受検者の感染経路とHIV抗体検査結果から、MSMの感染率は、約3%で1996年以来ほぼ一定であることを示した。また、受検者の半数以上がリピーターであることから、検査時カウンセリングの重要性が示唆された。(2)HIV/STD関連知識・行動・予防介入に関する研究;①HIV感染者の研究:一拠点病院のHIV感染者を対象に参加型のアンケート調査を実施し、61人(72.6%)から回答を得た。社会関係の困難がQOLを左右すること、情緒的サポートが増える
と、プライバシー漏洩、差別経験、ネガティブサポート増加などの負の側面も増加することが示された。性交は一般に抑制的であった。②MSMの研究:コミュニティ規模の予防介入研究であるMASH(men and sexual health)プロジェクトを大阪、東京で展開した。MASH大阪(1998年設立)では、予防介入後初めての効果評価を実施し(617人、回収率99%)、全体に知識や予防意識に好ましい変化が生じていることを確認したが、MASH大阪を知らない群でも同程度の変化を示していたため、MASHの特異的効果であるとは結論できなかった。一方、性行動やコンドーム使用率には介入前後の変化は認められなかった。これらのことから、知識の上昇だけでは行動変容に至らないこと、MASH大阪の予防パッケージの内容・規模では、行動変容を導くには十分でなかったことが示された。一方、検査・カウンセリングイベント(SWITCH2000)には、250人が参加し、その影響はコミュニティレベルでも認められた。受検者中のHIV感染率は2.4%、梅毒12%であった。MASH東京(2000年設立)では、初めてのベースライン調査を実施し、10代のMSMがとりわけ知識が低く、性行動が無防備であることを示した。③セックスワーカーの研究(予備調査):店(ファッション系)の拒否とSWからの低応答のため、回収率は低率(38%、n=95)にとどまった。しかし、雇用者によってセイファーセックスの実行を阻害されているケースが多いこと、誤ったSTD予防法が流布していること、仲間からの情報入手を好む傾向があることから、ピア教育の可能性が示唆された。フェラチオでSTDが感染するという知識は全員が認知していた。④若者の研究:首都圏の街頭の若者の性行動等を、初めて質的調査法と量的調査法を統合した方法によって調査した。質的調査(フォーカスグループインタビュー)により、日常生活の様子(例:帰宅時間遅い、クラブやカラオケで遊ぶ)、性行動(例:高1,2が最も活発、その場限りの相手との性交が多い、飲酒時に無防備になる)、コンドーム使用状況(例:使う必要性や意思を表明するが、実際には使用していない)、STD/HIVに関する認識・予防意識の状況(例:知識が不確実、特定の相手は安全という意識、STD情報を欲しがっている、専門家からの情報を求めている、STDより妊娠を心配している、HIVへの関心が薄い)が明らかになった。量的調査では、女性が10代である301カップルを調査し、よく遊ぶ場所(例:カラオケ60-75%、ファーストフード店55-67%、コンビニ52%)、性行動(例:約2/3がこれまでに2人以上の相手を経験、10人以上経験者は男16%、女9%、ラブホテル利用者は70%以上、半数が避妊法として膣外射精を行っている、約3割が同時に不定期の相手とも交際している)、コンドーム使用情況(例:相手の数が多い人ほどコンドーム使用率が低い、使用目的は、避妊が90-95%で、HIV/STD予防は15-18%に過ぎない)が明らかになった。⑤来日外国人の研究:在日タイ仏教寺院において、タイ人のアンケート(予備調査)を実施した。サンプルは女性に偏り(80%)、HIV/STD関連知識が低率であること、検査陽性であると通告や強制送還されるという不安を抱いていることが示唆された。
考察=本年度は、様々な個別施策層を対象とした研究が行われ、若者は知識が希薄なまま、リスクの高い性行動を行っていること、MSMでは無防備な性行為が依然高率であること、特に若いMSMで顕著であること、薬物依存者では回し打ちが高頻度な上にあぶりが急増し、かつ異性との無防備な性行為を行っていること、セックスワーカーは、リスクの高い性行為に曝されていることなどが示されたが、これらはわが国の個別施策層がいずれもHIV感染に対して脆弱性の高い状態にあり、HIV流行の準備状態にあることを意味するものである。また、実際に、システムモデルによる我々の流行予測では、2010年時点でわが国の感染者数は5万人近くに達する可能性もあり、今の状態で推移すれば、わが国は確実に流行に巻き込まれることになろう。しかし、予防が不可能なのではない。上記モデルを用いたシミュレーションでは、コンドーム普及率が5%上昇すれば、10%以上の流行抑止が可能であることが示された。しかし、行動変容を導くのは容易な事業ではないことが、MASH大阪の予防介入の効果評価の結果によって明瞭に示された。綿密な計画と相当の人的時間的コストからなる予防パッケージが行動変容にほとんど効果を示さなかったからである。これは、MASH大阪以下の予防対策では効果が極めて疑わしいことを反証的に示すものであり、今後の対策を考える上で重要なエビデンスと考えられる。また、わが国では、流行が欧米よりもはるかに低率であるにもかかわらず、献血血液のHIV抗体陽性率が奇妙に高いが、献血者に関する調査によって、それが特に初回献血者に多いことが示され、原因解明に一歩前進したことも本年度の特記すべき成績のひとつと考えられる。
結論
わが国のHIV感染流行は、加速局面にあり、かつ個別施策層はいずれも流行に脆弱な状態にある。流行の将来的インパクトを最小にとどめるために、包括的な予防対策の開発と実施を速やかに行う必要がある。

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