HIV感染症の疫学に関する研究-世界のAIDSの流行格差の要因の分析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000557A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV感染症の疫学に関する研究-世界のAIDSの流行格差の要因の分析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
島尾 忠男(財団法人エイズ予防財団)
研究分担者(所属機関)
  • 石川信克(財団法人結核予防会結核研究所)
  • 丸井英二(順天堂大学医学部公衆衛生学教室)
  • 鎌倉光宏(慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室)
  • 沢崎康(財団法人エイズ予防財団)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班は地球規模で流行しているHIV/AIDSの流行について、その広がり方の地域的な差異に着目し、その差異を生み出す要因を、社会的・経済的・文化的にできるだけ多くの資料と文献研究などを通じて明らかにし、今後の日本のエイズ対策に資することが目的である。具体的には以下の4つのそれぞれの研究目的を設定し取り組んだ。
1.エイズ感染率が深刻な北部タイ、カンボジアのHIV有病率と結核患者との有病率に着目し、妊産婦と結核患者のHIV陽性率の関連性を疫学的に分析などによりHIV感染の結核罹患に及ぼす相対危険度とその影響因子を同定すること流行のモデル分析をおこない結核対策及びエイス対策に役立つ基礎資料を提供しようとすること。
2.HIV/AIDSの20年間の歴史疫学的事実を総括しつつ、病因疫学的のみならずさらに病因論的研究と社会文化的要因研究とが統合された形で十分に感染リスク要因が検討されるべく、現在の世界的な流行を地理的に客観的な分類を行ない、流行の背景を巨視的に把握すること。
3.(1)最近の世界におけるHIV/AIDSの流行の現状と動向を、資料の信頼性の地域格差を考慮しながら収集し、流行格差の要因について検討すること。(2)海外におけるHIV流行の動向がわが国の動向にどのような影響を与えて来たか、今後の国内の外国籍感染者・患者の動向を予測する情報を選択・整理すること。(3) 海外における日本人および日系人のHIV流行について、サンフランシスコ在住の日本人および日系人のHIV/AIDS/STDに関するサーベイランスデータを収集し、特徴を見いだすこと。
4.世界的に見てHIV/AIDS感染の比較的少ない地域である東アジア地域に注目し、韓国・中国・フィリピンなどの日本近隣国を対象に、現在まで感染が比較的少ない状況でいることができたその背景にある要因を、社会的・経済的・文化的にできるだけ多方面の視点から明らかにすること。
研究方法
1.結核との関連においては、ASEAN諸国、特にタイ、カンボジア、ミャンマーにおいて、現地調査、各種文献とレポート、米国国勢調査調査局の国際エイズ疫学データーベースなど各種情報を基に、結核患者と妊産婦、献血者、売春婦、麻薬患者等に対するHIV 動向調査などのHIV有病率のなどのデーターベースを作成して、結核患者のHIV有病率に対する関与因子等を推定した。
2.UNAIDS報告書、世界銀行報告書、ユニセフ子ども白書、WHO報告書、その他の国連関連機関の報告書を利用して世界130ヶ国の健康指標ならびにその背景となる要因に関する資料を収集した。このデータセットについて、変数相互の相関が存在することを考慮して主成分分析を適用し第5主成分までを抽出した。この5変数を用いてクラスター分析(ウォード法)を行なった。
3.(1)世界におけるHIV/AIDSの流行の現状と流行格差の要因については、資料の信頼性の地域格差を考慮しながら収集し、各国政府のHIV/AIDSデータのほかに、関わる機関の季刊・年間の報告、国際会議などにおいて得たデータなども整理・検討した。(2)また国内の外国籍感染者・患者の動向については、タイとブラジルに焦点を当て、さらに、母国の累積報告数、推定有病率とともに、内外の疫学資料を対比しながら解析を行った。(3)海外在住の日本人および日系人のHIV/AIDS/STDに関する分析では、サンフランシスコ市衛生局の既存資料等を中心に分析した。
4.世界的に見てHIV/AIDSの流行が少ないといわれる地域として、中国・韓国・フィリピンを選び、これら地域のエイズの流行に関して書かれている多くの資料と文献研究などを通じての文献研究をおこなった。
結果と考察
1.結核患者のHIV有病率を縦軸に、妊産婦のHIV有病率を横軸に取り分析すると、カンプチアは全体的にタイやミャンマーと比較して、HIV陽性率が妊産婦が高くても結核患者で低い傾向であるバイアスがあったが、カンプチアを除いたタイとミャンマーのデーターでは妊産婦と結核患者のHIV陽性率の相関が認められ (p<0.0001、相関係数R=0.80、R2=0.63)、統計的には、結核患者のHIV陽性率は妊産婦のHIV陽性率が1%増す毎に5.01%増すという関連が得られた (y=5.01x+ 1.68)。これをもとに既存のデータが比較的多く見られる結核患者患者中のHIV陽性率を基礎として、これに結核有病率の推定値、HIV感染者中の結核有病率があれば、一般集団のHIV陽性率を推定できる方式を作成した。
2.世界130カ国について、HIV/AIDSの状況を含む健康や人口動態に関する指標、文化的な指標を総合して、クラスター化を試み、14のクラスターに分けることができた。そして、これをさらに5パターン「東欧・中南米・アジア」、「アフリカA(西アフリカ)」、「先進諸国」、「アフリカB(南部アフリカ)」、「中国・インド」に分けた。アフリカが2つに区分できたことは興味深い。このA,Bのグループの違いはたとえば女性の感染率にも影響されており、南部アフリカ中心のグループBでは女性感染者の割合が高い。しかし逆に、西アフリカ諸国の中ではコート・ジボアールのみがBパターンを示している。
3.(1)世界におけるHIV/AIDSの流行の現状と動向と流行格差の要因の検討については、既に一般人口の推定有病率がかなり高いサハラ以南アフリカの4都市における流行要因の差に関する文献研究を行った結果、女性の初交年齢、最初の結婚の年齢、STIの既往、男性の割礼の割合などが性行動を含む他の行動要因よりも強い影響を及ぼしていることが示された。(2)国内の外国人感染者・患者の動向を解析では、過去の動向の解析結果から特定の国については年間の入国者数と出国者の差を算出し、報告遅れを考慮しながら今後の動向を推測することの有用性が示された。(3)サンフランシスコ在住の日系人のHIV/AIDS/STDに関するデータからは、大部分の症例がMSMで、AIDS診断時の年齢は米国生まれの症例の方が低く、年次報告数の動向は何れも減少傾向にあるが、米国生まれの症例の現象が後追いをする傾向がみられたこと、近年はむしろ淋菌感染症やクラミジア感染症など他のSTIの報告数の増加が認められること、などが観察された。
4.中国、韓国、フィリピンなど世界的にみてもエイズの流行の少ない地域である東アジア地域に注目し、現在比較的感染の流行の低い要因の分析を多方面から試みた結果、各国で価値観・性規範などの様々な要因が考えられたが、感染爆発を左右する要因として麻薬注射使用者の存在の有無が浮かび上がってきた。しかし一方で、急速な社会の変化、価値観の変化、性産業の隆盛など、今後注意を要する点が共通して存在するものと考えられた。
結論
エイズ感染率が深刻な北部タイ、カンボジアの結核患者との有病率に着目し、妊産婦と結核患者のHIV陽性率の関連性を疫学的に分析を行なった結果、妊産婦と結核患者のHIV陽性率の相関が認められた。結核患者患者中のHIV陽性率を基礎として、これに結核有病率の推定値、HIV感染者中の結核有病率があれば、一般集団のHIV陽性率を推定できると考えられた。HIV感染症に伴う結核の疫学状況、両疾患の相互の影響因子を明らかにすることにより、同国ばかりでなく近隣・アジア諸国のエイズと結核などの保健政策上重要な情報を提供することが期待される。
現在の世界的な流行を地理的に客観的な分類を行ない、流行の背景を巨視的に把握するため、世界130カ国について、HIV/AIDSの状況を含む健康や人口動態に関する指標、文化的な指標を総合してクラスター化を試みた結果、14のクラスターに分けることができ、これをさらに5パターンに分けることができた。また既に一般人口の推定有病率がかなり高いサハラ以南アフリカの4都市における流行要因の差に関する文献研究を行ったところ、女性の初交年齢、最初の結婚の年齢、STIの既往、男性の割礼の割合などが性行動を含む他の行動要因よりも強い影響を及ぼしていることが示された。またサンフランシスコ在住の日系人のデータからは、移住日本人が米国生れの症例の現象を後追いする傾向がみられた。
中国、韓国、フィリピンなど世界的にみてもエイズの流行の少ないという背景要因を、社会的・経済的・文化的にできるだけ多方面の視点から明らかにした。これによって、今後のわが国のエイズ対策の方策も見えてくることも今後期待される。

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