HIV等のレトロウイルスによる痴呆や神経障害の病態と治療に関する研究

文献情報

文献番号
200000551A
報告書区分
総括
研究課題名
HIV等のレトロウイルスによる痴呆や神経障害の病態と治療に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
出雲 周二(鹿児島大学医学部難治性ウイルス疾患研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 田平 武(国立精神・神経センター)
  • 岸田修二(東京都立駒込病院)
  • 馬場昌範(鹿児島大学医学部難治性ウイルス疾患研究センター)
  • 納 光弘(鹿児島大学医学部)
  • 宇宿功市郎(鹿児島大学医学部)
  • 斉藤邦明(岐阜大学医学部)
  • 高宗暢暁(熊本大学薬学部)
  • 木戸 博(徳島大学分子酵素学研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
38,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
HAARTの確立により、HIV感染症は不治の病から長期間コントロールしうる慢性疾患へと変貌しつつある。しかしリンパ組織病変とは独立して起こっているHIV脳症がHAART療法によりどのように変貌するかは不明であり、今後あらたな問題となることが懸念される。HIV脳症の病態はウイルスが直接神経細胞に感染するのではなく、感染リンパ球やマクロファージが中枢神経内に侵入し、ウイルス抗原の発現とそれに対する宿主の免疫応答との関連で神経組織が傷害されるという、HTLV-Iが引き起こすHAMと共通する機序も想定される。本研究の目的はHAMとHIV脳症の病態を比較しながら解析することにより、発症病態の共通するもの、それぞれに特異的なものを明らかにし、病態に則した治療法を開発することである。
研究方法
初年度の研究として、HIV脳症、HAMのそれぞれの発症病態を、ウイルス動態と生体反応の両面から解析をすすめた。HIV脳症に関しては、感染者を対象とした臨床研究、動物モデルの解析、薬剤の開発の3方向からの研究を行った。HIV感染者を対象とした研究として、岸田らは抗ウイルス療法がHIV脳症の発症・病態にどのように影響を与えるかについて、抗ウイルス剤投与による血漿と髄液でのウイルス量の変動パターンを検討した。木戸らは脳の組織傷害に伴って脳脊髄液中に出現する14-3-3蛋白質の各アイソマーに対する特異的抗体を作成し、エイズ患者の髄液についてアイソマーパターンを解析し、脳症の早期診断法の開発をめざした。動物モデルを用いた研究としては、出雲らはサルエイズモデルで早期脳病変の病理組織学的解析を行い、リンパ組織の病変の進行と比較した。田平らはネコ免疫不全ウイルス(FIV)脳症を対象に、ネコ脳由来一次培養細胞を用いて感染受容体CXCR4の機能解析、感染ネコ脳でのCXCR4発現を調べた。斉藤らはマウスエイズモデルの学習機能障害について行動薬理学的解析を行った。予防・治療薬剤の開発では、馬場らはSK-N-MC細胞を神経細胞様に分化させ、各種サイトカインやHIV-1蛋白質の神経細胞への影響を検討した。また、末梢血マクロファージの各種刺激に対するサイトカイン・ケモカインの放出と薬剤による影響を検討した。高宗らは細胞外Tat及びHIV-1エンベロープを介した神経細胞死をTat及びCXCR4を標的とした薬剤で制御することを試みた。
HAMについては出雲、納、宇宿がHAMの発症病態を明らかにするため、末梢血、髄液中のプロウイルスの定量を行い、その動態と臨床動態とを比較検討した。また、HTLV-I taxの塩基配列よるウイルスサブグループの違いとHAM発症のリスクの関連、剖検脳の病理組織検索による病巣選択に関わる生体組織要因の検索、感染者PBMCの短期培養によるTax発現誘導にともなう感染細胞、非感染細胞における活性化マーカー、サイトカインの動態について検索した。
結果と考察
HIV脳症の臨床的研究では、抗ウイルス剤投与による血漿と髄液でのウイルス量解析により逆転写酵素阻害剤のみでは髄液ウイルス量は抑制されず、プロテアーゼ阻害剤を含むHAART療法によっても髄液ウイルスが十分低下しない例があること、脳血管関門の破綻を起こす他の神経合併症の治療のみで髄液HIV-RNA量が検出限界以下になる例があることを明らかにした。髄液HIVには脳血管関門の破綻により血流から移行したshort-life spanのウイルスと、髄液中で自己増殖しているlong-livedなウイルスが存在し、後者が脳症の発症・病態に重要であることを示唆している。14-3-3蛋白質の検討では、脳の実質傷害が強い患者でのみ、この蛋白質が検出され、アイソマーパターンはクロイツフェルト・ヤコブ病のパターンと異なった。HIV脳症の脳実質傷害を反映するリアルタイムマーカーとして早期診断、治療判定に役立つ可能性がある。サルモデルの解析では、SIV感染サルの一部に脳症病変がみられるが脳症の進展とリンパ節病変の進行は平行していないこと、病理組織像として大脳白質の多核巨細胞を伴うグリア結節に加え、皮質ニューロピルの局所的なグリオーシスも脳症の指標となることが示唆された。また、インサイチューハイブリダイゼーションにより感染細胞を同定し、グリア結節の多核巨細胞、ミクログリアのみならず、正常の血管周囲マクロファージに陽性で、ウイルス潜在感染部位として重要であると思われた。ネコモデルの研究からは、FIVはCXCR4を介してアストロサイトに感染しうること、CXCR4の発現は主にニューロンに認められ、感染ネコ脳ではニューロンのCXCR4発現は減少し、ウイルス感染は血管周囲ミクログリア・マクロファージにのみみられることを明らかにした。ニューロンでのCXCR4 発現抑制はニューロンの機能障害を示唆していると思われる。マウスモデルの研究では、TNF-αノックアウトマウスは感染によりエイズの進行がみられるが学習障害は起こらない。しかし、ミクログリアの活性化はwild typeと同様に起こっていることを見いだし、TNF-αがこの学習障害に直接あるいは間接的に関与していることが証明された。また、抗TNF-α薬であるプロペントフィリン投与では脳内のTNF-α抑制効果は認められず、学習障害の改善もみられなかった。予防・治療薬剤の開発では、TNF-αやgp120の刺激で神経細胞の生細胞率が低下し、この細胞傷害性は抗酸化剤N-acetylcysteineや抗炎症性アルカロイドであるセファランチンの添加により抑制された。培養マクロファージのリポ多糖刺激による炎症性サイトカイン・ケモカイン産生をセファランチンは低濃度で抑制した。セファランチンは神経保護作用、サイトカイン抑制作用の両面から治療効果が示唆される。Tatのzinc fingerを標的とするthiamine誘導体(BDT)はTatと結合し、Tatの転写活性能を抑制し、CXCR4アンタゴニストであるZ-8は、HIV-1 X4株により誘導されるSK-N-MC細胞の細胞死を抑制した。CXCR4やTat分子の制御はHIV脳症の治療戦略としても期待される。
HAMの研究では、臨床経過の短い活動期患者の髄液細胞で有意に感染率が高く、末梢血プロウイルスの一過性増加に一致して臨床症状の悪化が認められた。プロウイルスの変動に連動してウイルス抗原特異的CTLの変動がみられた。経時的なHAMの病勢に末梢血・髄液中のHTLV-I感染細胞の増加と、それに対応するCTLの変動が関与していることが推察される。HTLV-I taxにいくつかの塩基配列置換がみられ、うち4塩基置換は連動して起こっておりHTLV-Iサブグループを形成していた。このサブグループはHAM患者で有意に高率で、この発症リスクは既報のHLA-A*02とは独立していた。剖検脳の解析では、脳でも脊髄病変と同時進行性に炎症細胞浸潤が生じており、大脳深部白質、皮髄境界部など、脊髄と同様に血流の低速部位の血管周囲に強調されていた。脳では浸潤細胞は血管周囲に留まっており、組織傷害はほとんどみられないことを明らかにした。患者PBMCの免疫学的検討では、Taxの発現に伴って、活性化マーカーが感染細胞のみならず非感染細胞にも誘導され、感染細胞はTh1 サイトカインを誘導することを明らかにした。HAM患者の異常免疫動態はTaxの作用によることが証明された。
初年度の研究によりHIV脳症はエイズという免疫不全に伴う神経合併症ではなく、独立した病態であることがより明確となり、さらにHIV脳症には二つの異なる病態が存在する?という可能性が指摘できた。一つは「エイズの末期に亜急性に進行する脳症」としてのHIV脳症で、大脳皮質の散在性グリオーシス、ニューロンのCXCR4発現抑制、TNF-αノックアウトマウスでのエイズ進行と学習障害の解離などがこれを示唆している。もう一つは「慢性変性疾患を思わせる緩徐進行性の神経疾患としてHIV脳症」で、エイズ非発症サルにみられた典型的なエイズ脳症病理所見がこれに相当すると考えられる。HAARTにより免疫不全の進行がコントロールされる中で、エイズ末期の亜急性脳症としてのHIV脳症とは異なる、慢性変性疾患を思わせる緩徐進行性神経疾患としてHIV脳症をとらえる必要があると思われる。そのような緩徐進行性神経疾患であるHAMとの比較研究により、レトロウイルスが引き起こす神経障害機序の全体像を明らかにし、病態に則した治療法の開発をすすめていく。
結論
今年度の研究によりHAART療法下におけるHIV脳症の実態や、HIV脳症には二つの異なる病態が存在する可能性が明らかとなった。また、HAMに関してはウイルス動態、宿主の免疫動態、及び臨床像の相互関連が明らかとなった。

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