文献情報
文献番号
200000549A
報告書区分
総括
研究課題名
日和見感染寄生原虫の治療薬の開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
仙道 富士郎(山形大学)
研究分担者(所属機関)
- 井関基弘(金沢大学)
- 増田剛太(東京都立駒込病院)
- 浅井隆志(慶応義塾大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 エイズ対策研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
エイズ患者に多発する日和見感染症のうちクリプトスポリジウム症とトキソプラズマ症は、難治性の原虫感染症である。現在、両原虫感染症の治療に使われている薬剤は、治癒効果が低いうえに副作用も強い。本研究はより治療効果が高く副作用のない新しい治療薬の開発を目的とし、その目的遂行のため、1)トキソプラズマ原虫特異的代謝経路の検索および関連酵素遺伝子のクローニング、2)トキソプラズマ原虫特異的酵素に対する阻害剤の検索、3)クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立および定量法の検討、4)両原虫症の全体像の把握、治療実態の現状に関する検討、を行った。
研究方法
1. トキソプラズマ原虫特異的代謝経路の検索:解糖系の初段の反応を触媒するトキソプラズマヘキソキナーゼ(TgHK1)のcDNAをクローニングし、TgHK1のアミノ酸配列を解析するとともに組み換えヘキソキナーゼを作製した。この組み換えヘキソキナーゼについて酵素学的検討を行った。2. トキソプラズマ原虫特異的酵素に対する阻害剤の検索:トキソプラズマ原虫特異的な酵素であるNTPaseの活性を阻害する薬剤について検索した。96穴マイクロプレートにATP、被検用化合物とNTPase等を加え、一定時間後にその活性を測定することにより、NTPase阻害剤の検索を行った。さらにNTPase阻害効果が認められた化合物について、トキソプラズマ虫体の増殖を実際に阻害するか検討した。3. クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立および定量法の検討:i)クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立:ヒトの大腸癌由来上皮細胞(HCT-8)の培養系にクリプトスポリジウムを感染さ、虫体の増殖が認められるか検討した。ii)クリプトスポリジウムの定量法の検討:a) in vitro培養系で感染に用いたオオシストをあらかじめTexas Red標識抗クリプトスポリジウム抗体で染色した。一方、培養後に産生されたオオシストを抗クリプトスポリジウムウサギ血清とFITC標識抗ウサギ抗体で染色し、両者を識別して計数することにより、虫体の増殖を定量した。b)市販のDNA抽出用キットを用いてオオシストから抽出したDNAサンプルを10倍階段希釈し、PCRによる定量化が可能か検討した。4. 両原虫症の全体像の把握、治療実態の現状:東京都立駒込病院で1985~1999年の15年間に診療したHIV感染者について、AIDS発症時の指標疾患としてのトキソプラズマ症およびクリプトスポリジウム症併発例について検討した。
結果と考察
研究1. トキソプラズマ原虫特異的代謝経路の検索:解糖系の初段の反応を触媒するトキソプラズマヘキソキナーゼ(TgHK1)遺伝子の全長をクローニングし、TgHK1のアミノ酸配列を解析した結果、熱帯熱マラリア原虫のHKとある程度の同一性(43%)を示した。またトキソプラズマとマラリア原虫にのみ特異的に見られる挿入および欠損部位の存在が明らかになった。また、組み換えヘキソキナーゼを作製し、基質特異性について検討した結果、グルコースだけでなく、フルクトース、マンノース、ガラクトースをも基質にすることが明らかになった。このTgHK1が広い基質特異性を有すること、およびアミノ酸配列の特異的挿入部位と欠損部位が存在するという知見は、TgHK1阻害剤のデザインおよび検索をする際に重要な情報になると考えられる。2. トキソプラズマ原虫特異的酵素であるNTPaseに対する阻害剤の検索:i)トキソプラズマ原虫特異的な酵素であるNTPaseの活性を阻害する薬剤について、現在まで約10万種類の化合物をスクリーニングし35種類の候補化合物を選択してきた。今年度は、この35種類の中から8種類の化合物(コードNo:L-092060, -092180, -572081, -657833,-669590, -670637, -
685117, -729962)について、NTPase活性の阻害効果について検討した。その結果、L-657833とL-729962以外の6種化合物が、低濃度でNTPaseの活性を阻害した。ii)NTPase阻害効果が認められた上記6種類の化合物について、トキソプラズマ虫体の増殖を実際に阻害するか検討した。その結果、L-669590とL-685117がトキソプラズマ虫体の増殖を強力に阻害することが明らかになった。虫体の増殖を50%阻害する濃度(IC50)は、それぞれ7.0と13.5 μMであった。L-669590とL-685117によるトキソプラズマ虫体NTPase活性阻害効果と虫体増殖阻害作用の直接の関係は現在のところ不明であるが、これら2種類の化合物は生物毒性の低い物質であることから、NTPaseを介した増殖阻害である可能性が高い。また宿主細胞への毒性が低いなど、治療薬としての可能性が期待される。3. クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立および定量法:i)クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立:クリプトスポリジウムのオオシストをヒト大腸癌由来上皮細胞(HCT-8)の培養系にを感染させると効率よく増殖し、感染48時間後には約160個の、同72時間後には約260個のオオシストが新たに産出された。この72時間後の培養系を用いることにより、増殖抑制効果を判定しうることが明らかになった。ii)クリプトスポリジウムの定量法の検討:a)感染に用いた添加オオシストが赤(Texas Red)と緑(FITC)に、培養後に産生されたオオシストが緑(FITC)に染色されることから、両者を識別することがin vitroの培養系で可能になった。b)6社10種のDNA抽出キットについて検討した。その結果、2社3種のキットで、オオシスト1~10個由来のゲノムDNAを検出できることが明らかになった。クリプトスポリジウムのin vitro培養系を確立するとともに、産出されたオオシストをPCRにより定量化する可能性が示唆されたことから、増殖阻害剤のスクリーニングが飛躍的に進展することが期待される。4. 両原虫症の全体像の把握、治療実態の現状:東京都立駒込病院で1985~1999年の15年間に診療したHIV感染者数は858人で、そのうちAIDS発症者数は265人であった。AIDS発症時、7例にトキソプラズマ脳炎、2例にクリプトスポリジウム腸炎の併発が認められた。トキソプラズマ脳炎発症時のCD4+ T リンパ球数の平均値は44.3/μlと減少していた。クリプトスポリジウム症を併発したAIDS発症例は現在まで4例報告されている。そのCD4+ T リンパ球数は7-48/μlと著明に減少していた。3症例ではパロモマイシン等が試みられたが、全例死亡した。トキソプラズマ症およびクリプトスポリジウム症の診断にはPCR等による病原診断技術の向上とともに、治療効果が高く副作用のない治療薬の開発が急務と考えられた。
685117, -729962)について、NTPase活性の阻害効果について検討した。その結果、L-657833とL-729962以外の6種化合物が、低濃度でNTPaseの活性を阻害した。ii)NTPase阻害効果が認められた上記6種類の化合物について、トキソプラズマ虫体の増殖を実際に阻害するか検討した。その結果、L-669590とL-685117がトキソプラズマ虫体の増殖を強力に阻害することが明らかになった。虫体の増殖を50%阻害する濃度(IC50)は、それぞれ7.0と13.5 μMであった。L-669590とL-685117によるトキソプラズマ虫体NTPase活性阻害効果と虫体増殖阻害作用の直接の関係は現在のところ不明であるが、これら2種類の化合物は生物毒性の低い物質であることから、NTPaseを介した増殖阻害である可能性が高い。また宿主細胞への毒性が低いなど、治療薬としての可能性が期待される。3. クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立および定量法:i)クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立:クリプトスポリジウムのオオシストをヒト大腸癌由来上皮細胞(HCT-8)の培養系にを感染させると効率よく増殖し、感染48時間後には約160個の、同72時間後には約260個のオオシストが新たに産出された。この72時間後の培養系を用いることにより、増殖抑制効果を判定しうることが明らかになった。ii)クリプトスポリジウムの定量法の検討:a)感染に用いた添加オオシストが赤(Texas Red)と緑(FITC)に、培養後に産生されたオオシストが緑(FITC)に染色されることから、両者を識別することがin vitroの培養系で可能になった。b)6社10種のDNA抽出キットについて検討した。その結果、2社3種のキットで、オオシスト1~10個由来のゲノムDNAを検出できることが明らかになった。クリプトスポリジウムのin vitro培養系を確立するとともに、産出されたオオシストをPCRにより定量化する可能性が示唆されたことから、増殖阻害剤のスクリーニングが飛躍的に進展することが期待される。4. 両原虫症の全体像の把握、治療実態の現状:東京都立駒込病院で1985~1999年の15年間に診療したHIV感染者数は858人で、そのうちAIDS発症者数は265人であった。AIDS発症時、7例にトキソプラズマ脳炎、2例にクリプトスポリジウム腸炎の併発が認められた。トキソプラズマ脳炎発症時のCD4+ T リンパ球数の平均値は44.3/μlと減少していた。クリプトスポリジウム症を併発したAIDS発症例は現在まで4例報告されている。そのCD4+ T リンパ球数は7-48/μlと著明に減少していた。3症例ではパロモマイシン等が試みられたが、全例死亡した。トキソプラズマ症およびクリプトスポリジウム症の診断にはPCR等による病原診断技術の向上とともに、治療効果が高く副作用のない治療薬の開発が急務と考えられた。
結論
トキソプラズマヘキソキナーゼが、アミノ酸配列や基質特異性からトキソプラズマ原虫に特徴的な酵素であり、治療薬開発の対象として有望であることが推察された。またトキソプラズマ原虫に特異的なNTPase阻害剤である2種類の化合物(L-669590およびL-685117)が、虫体の増殖を強く阻害することを明らかにした。両化合物は細胞毒性が低いことから、副作用のない治療薬としての可能性が期待される。一方、クリプトスポリジウムのin vitro培養系の確立により、増殖阻害効果のある薬剤のスクリーニングが飛躍的に進展することが期待される。
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