粘膜免疫機構の基盤と応用

文献情報

文献番号
200000541A
報告書区分
総括
研究課題名
粘膜免疫機構の基盤と応用
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
田村 慎一(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岩崎琢也(国立感染症研究所)
  • 清野宏(大阪大学微生物病研究所)
  • 西沢俊樹(国立感染症研究所)
  • 五十君静信(国立感染症研究所)
  • 坂口雅弘(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
広大な粘膜面から侵入して生体に感染し病気を起こす多くの細菌やウイルスに対して、生体はIgA抗体関与の粘膜免疫機構によって感染による病気から回復し、回復後の再感染に対する特異的な強い免疫能力を準備する。粘膜ワクチンは、発病を防ぐために予め投与される抗原であり、それによって感染の際に誘導されるのと同等に強い免疫能力を生体に準備することがその目的になる。本研究は、ウイルスや細菌感染、また、粘膜ワクチンの投与に伴う粘膜免疫応答とその制御機構を、粘膜関連リンパ系の分子・細胞・組織のレベルで明らかにすると共に、それを基礎に予防効果の高い安全な粘膜ワクチンを開発することを目的とする。
研究方法
1.粘膜ワクチンの有効性の免疫学的基礎の解析。1)インフルエンザのモデルマウスにおいて、致死量のA 型及びB型ウイルス感染後の上気道粘膜の感染巣の広がりと鼻咽頭関連リンパ組織(NALT)のM細胞の動態を免疫組織化学的に検討した(岩崎)。2)腸管でのIgA誘導組織、パイエル板の欠損マウスを、LT-bRからのシグナルを阻止することによって作成し、抗原特異的IgA誘導における個体レベルでの同組織の重要性を検討した(清野)。2.新しい粘膜ワクチンの開発。1)粘膜アジュバントである微量のコレラトキシン(CT)を含むそのBサブユニット(CTB*)、あるいは、微量の大腸菌易熱性毒素(LT)を含むそのBサブユニット(LTB*)をマウスに経鼻投与した時の脳に及ぼす影響を明らかにするために、CTB*あるいはLTB*を脳内に直接注射したときの死亡率や体重に及ぼす影響、CTB*をマウスの脳内及び鼻腔内に投与したときのCTB-HRPの局在、更に、CTB*あるいはLTB*を頻回鼻腔内投与したときの体重、様々な臓器の組織像及び血清の成分に及ぼす影響を検討した(田村)。2)マウスにおいてう蝕病原菌(Streptococcus mutans)の初期付着因子(菌体表層蛋白質抗原:PAc)に対する阻害抗体のみを誘導できる最小のペプチド抗原(13残基)のうちのB細胞エピトープ(3残基)以外のアミノ酸を置換することにより、5系統のマウスにおいて阻害抗体を誘導できるペプチド抗原を構築した。次に、ヒトの種々のMHC(HLA)に同時に対応できるう蝕ワクチン用最小ペプチド抗原(OMT)をデザインし、これをユニットとしリジンスペーサーで連結した35残基のペプチド抗原(OMP-KK-U)を合成した。これをマウスに経鼻免疫したときの抗体誘導能を検討した(西沢)。3)乳酸菌を抗原運搬体とした粘膜ワクチンを開発するために、アミラーゼのアンカーをコードする遺伝子の下流にリステリアの溶血素であるリステリオリジンO(LLO)関連遺伝子をエピトープとして挿入したプラスミドを用いて、組み換え乳酸菌(Lactobacillus casei)を構築した。この組み換え体は菌体表層にエピトープが結合し発現した。プラスミドからアンカーをコードする遺伝子を除くと菌体からエピトープが分泌された。LLOの遺伝子(Y7)とその溶血活性のない変異遺伝子(BUG)の組み換え体について、エピトープの菌体表層型と分泌型のそれぞれのクローンの性質を検討した(五十君)。3.粘膜アレルギー抑制機構の解析。1)スギ花粉症の主要なアレルゲンであるCryj1にCpGオリゴヌクレオチド(CpG-ODN)を結合したDNAワクチンを作製し、その免疫活性をマウスを用いて検討した(坂口)。
結果と考察
1.粘膜ワクチンの有効性の免疫学的基礎の解析。1)A型インフルエンザウイルス(PR8;H1N1)の致死量を感染させたBALB/cマウスにおいて、感染12-24時間で鼻腔から気管支上皮にウイルス抗原陽性細胞が出現し、感染3-5日には肺胞レベルでも抗原陽性細胞が観察されるように
なった。鼻腔内のウイルス感染細胞は円柱上皮細胞が多く、ランダムに局在していた。B型ウイルス(B/Ibaraki)感染の場合もPR8の場合と同様であるが、感染の広がりが早く広範囲であった。また、レクチン(PNA)で特異的に染色されるNALTのM細胞が感染は5日目に確認された(岩崎)。2) パイエル板欠損マウスに、コレラ毒素をアジュバントとして卵白アルブミンを三回経口投与すると、分泌液中に特異的IgA抗体が誘導された。また、腸管の粘膜免疫の実行組織である粘膜固有そうに抗原特異IgA抗体産生細胞が検出された(清野)。2.新しい粘膜ワクチンの開発。1)CTB*あるいはLTB*を脳内に直接注射したとき、3μg以下では注射後7日間全く体重の変化が認められなかった。また、0.1μgのCTB*を脳内に注射して3時間後、CTB-HRPの局在が側脳室に認められたが鼻粘膜には認められず、24時間後にはどちらでも認められなくなった。0.1μgのCTB*を鼻腔内に投与したとき、CTB-HRPの局在が鼻粘膜に認められたが脳には認められなかった。更に、0.1-10μgCTB*あるいはLTB*を頻回鼻腔内投与(1日1回で30回)したとき、体重、様々な臓器の組織像及び血清の成分に殆ど変化が認められなかった(田村)。2)う蝕ワクチンの最小のペプチド抗原(13残基)のうちのB細胞エピトープ(3残基)以外のアミノ酸を置換することにより、5系統のマウスにおいて阻害抗体を誘導できるペプチド抗原、即ち、マルチアグレトープ型T細胞エピトープ内存型ペプチド抗原を構築できた。次に、ヒトの種々のMHC(HLA)に同時に対応できるマルチアグレトープ型T細胞エピトープ内存型ペプチド抗原(OMT)をデザインし、これをユニットとしリジンスペーサーで連結した35残基のペプチド抗原(OMP-KK-U)を合成した。このOMP-KK-Uをマウスに経鼻免疫したとき抗体を誘導した(西沢)。3)羊赤血球を用いた溶血テスト及びLLO特異的抗体を用いたFACSによる結果から、Y7、BUG両遺伝子について、菌体表層結合型、分泌型いずれのクローンもLLOを発現していることが確認された。これらを経口免疫したマウスにおいて、抗LLO-IgA抗体が検出された。また、菌体表層結合型のY7及び BUG発現株において、血中のIFNγ産生が認められた。更に、菌体表層結合型と分泌型をマウスの腹腔内投与してLLOに対する抗体価を測定した結果、Y7、BUG発現株共に菌体表層結合型のものが分泌型よりも数倍高かった(五十君)。3.粘膜アレルギー抑制機構の解析。1)Cryj1-CpG-ODN(DNAワクチン)は、予め皮下投与されたBALB/cマウスにおいて、アレルゲン特異的なTh1細胞を誘導し、同時にアレルゲン特異的なIgE抗体の産生を抑制した(坂口)。
結論
1.粘膜ワクチンの有効性の免疫学的基礎の解析。1)インフルエンザウイルス感染において、NALTのM細胞に感染が及ぶのは粘膜免疫応答が始まる感染後期であり、M細胞の抗原処理機能と感染とは無関係であることが示唆された(岩崎))。2)パイエル板欠損マウスを作成し、生体における抗原特異的なIgA抗体誘導システムの検討を行った。パイエル板欠損マウスにおいても経口投与された抗原に対するIgA抗体を誘導できることから、パイエル板を介さないIgA抗体の誘導システムが存在することが示唆された(清野)。2.新しい粘膜ワクチンの開発。1)BALB/cマウスにおいて、経鼻インフルエンザワクチンのアジュバントの最小有効濃度として用いられてきた0.1μgのCTB*やLTB*が、脳毒性の少ない安全なアジュバントとして用いることができることが示唆された(田村)。2)ヒトのう蝕予防用ワクチンとして、粘膜経由で投与され、う蝕病原菌の初期付着因子に対する阻害抗体のみを誘導できるペプチド抗原が構築された(西沢)。3)リステリア菌の菌体成分の遺伝子を本実験で述べた新しいベクター系に挿入し乳酸菌(Lactobacillus casei)に組み込むことにより、この乳酸菌を抗原運搬体とした粘膜ワクチンを開発できる可能性が示された(五十君)。3.粘膜アレルギー抑制機構の解析。1)杉花粉アレルゲン(Cryj1)にCpGオリゴヌクレオチド(CpG-ODN)を結合したDNAワクチンによってを杉花粉症を予防できる可能性がある(坂口)。

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