Q熱による呼吸器感染症の国内での 発症状況および病像に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000539A
報告書区分
総括
研究課題名
Q熱による呼吸器感染症の国内での 発症状況および病像に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
渡辺 彰(東北大学加齢医学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋 洋(東北大学加齢医学研究所)
  • 菊地 暢(東北大学加齢医学研究所)
  • 白石 廣行(宮城県保健環境センター)
  • 平井克哉(岐阜大学農学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
Q熱とは病原菌Coxiella burnetiiの感染に起因する人畜共通感染症の総称であり、種々の家畜やペット、野生動物の排泄物や分泌物をエアゾルとして吸入することによる経気道伝播がヒトへの主要な感染ルートとなる。急性Q熱は不明熱や肝炎など多彩な病像をとりうるが、代表的な病型は上気道炎や気管支炎、あるいは肺炎などの呼吸器感染症である。Q熱は欧米では市中肺炎の一般的な成因のひとつとしてよく認識されているが、本疾患の国内におけるひろがりや病像に関しては未だ不明の点が多く残されている。本研究の目的は、市中発症型の呼吸器感染症としての急性Q熱の日本国内における発症頻度およびその臨床像の特徴を解析することにある。本研究の最終年度となる第三年度においては、初年度および第二年度のサーベイランスにより集積された症例の全体評価、陽性症例の追跡及び発症背景調査、不明熱や肝炎などサーベイランス外症例の追加集積と解析、またさらにはこれらの分析結果から「国内における急性Q熱診断のための臨床指針」を作成して提示することを目標とした。
研究方法
宮城県内各地域における19臨床施設(加齢研付属病院を含む)と連携して多施設共同のQ熱サーベイランスをprospective studyとして計画し、市中発症型呼吸器感染症の患者検体を集積して血清抗体価およびPCR法を中心とした検索を試みた。初年度の検討では冬期4ヶ月間、続く第二年度の検討では夏期~秋期6ヶ月間に症例を登録した。サーベイランスの対象は市中発症型の呼吸器感染症患者全般で37℃以上の発熱あるいは自覚症状としての熱感を有する症例として、各患者から同意を得たうえで本検討に登録した。検体としては急性期の血清および咽頭拭い液は必須として採取し、また再診が可能な症例では回復期の血清も採取した。急性期の気道検体に関しては、採取可能な症例においては咽頭拭い液に加えて喀痰、BALF、胸水も適宜採取した。急性期および回復期の血清に関して間接蛍光抗体法を用いてコクシエラ・相菌のIgMおよびIgG抗体価を測定した。また各症例の血清、咽頭拭い液、喀痰、胸水、BALFより各々DNAを抽出し、com1 geneをターゲットとした nested PCR法によりコクシエラ遺伝子の検索を行った。さらに一部の症例においては凍結保存血清からのコクシエラの分離培養を試みた。これらの検査により見いだされたペアIgG抗体価上昇例および急性期IgG抗体価高値例、IgM抗体検出例、血清PCRあるいは気道検体PCR陽性例に関しては、本人の同意が得られた場合にはその後の追跡調査および発症背景調査を施行して、発症時の病像や急性期以降の経過、予後、動物との接触機会などの背景因子を再確認し、また抗体価やPCRなど検査成績の経時的推移を追跡した。 さらに本年度においては、これらサーベイランス登録症例の解析と並行して不明熱、原因不明の肝炎、肝障害、および非定型肺炎症例の検体を集積し、サーベイランスと同様にコクシエラ抗体価とPCR法による解析を施行した。
結果と考察
二年間のサーベイランスにより初年度(冬期)に237例、第二年度(夏期)に163例、合計で400症例が登録された。内訳は男性209例、女性191例、年齢分布は3~91歳、平均47歳であり、病型としては肺炎が120例、急性気管支炎が131例、そして急性上気道炎が149例を占めた。これら400症例の解析により、ペアIgG抗体価の有意上昇例が3例、さらに急性期IgG抗体価高値例(≧320倍)10件、IgM抗体検出例(≧40倍)4件、血清PCR陽性例2件、喀痰PCR陽性3件、咽頭拭い液PCR陽性例8件が見いだされた。これらの陽性例のなかで21症例において追跡調査および発症背景調査が施行できたが、結果
として400症例中の11症例(2.8%)が経時的なIgG抗体価の有意上昇などにより急性Q熱と診断された。病型別に見ると肺炎が6例(6/120=5.0%)、急性気管支炎が3例(3/131=2.3%)、そして急性上気道炎が2例(2/149=1.34%)となっていた。発症状況に関しては、地理的には農村、郊外地域よりもむしろ都市部を中心とした散発型の発症例が中心となっており、季節としては冬期(4/237=1.7%)よりも夏期~秋期(7/163=4.3%)に発症例が多く見いだされた。これら急性Q熱症例の臨床像は高熱、頭痛、関節痛、全身倦怠感、一過性の肝障害など欧米における報告内容と概ね合致していた。肺炎症例のレントゲン所見は多彩かつ非特異的であり、画像所見のみからは一般細菌性肺炎との鑑別が困難な症例も含まれていた。この11症例中の1例は急性期に呼吸不全と黄疸、DICを随伴する重症例であったが、急性期以降は順調に回復した。予後は全例とも良好であり、重篤な後遺症を残した症例や慢性Q熱に移行した症例は見いだされなかった。追跡調査時の咽頭拭い液および血清のPCRは全例とも陰性であり、急性感染後の持続保菌状態が示唆されるような症例は見いだされなかった。またこれら11症例全例において発症前に動物との接触機会があったことが確認されたが、その内訳はイヌ5例、ネコ3例、イヌ+ネコ2例、野鳥1例となっていた。さらに第3年度においては、サーベイランス外の不明熱、原因不明の肝炎、非定型肺炎例を集積して同様の手順で解析を施行した。結果としてIgG抗体価陽性例は不明熱23症例中で7例(30.4%)、肝炎70症例中で13例(18.6%)、非定型肺炎57例中で17例(29.8%)といずれの病型においても高率に認められた。また経時的に有意の抗体価上昇が確認され、急性Q熱肝炎と診断できた症例も見いだされた。Q熱診断のための検査法としては、血清IgG抗体価の推移を急性期から2ヶ月間程度追跡することが最も重要と判断された。またPCR法も急性期の補助診断法としてはきわめて有用と考えられた。以上の分析結果に基づいて「国内における急性Q熱診断のための臨床指針」を急性Q熱診断のためのポイント、注意点および診断基準に重点をおいて作成し、総合研究報告書に提示した。
結論
今回のサーベイランスにおいては、検討した市中発症型の呼吸器感染症400症例のなかで11症例、2.8%が急性Q熱と診断された。国内における市中発症呼吸器感染症患者の発症数を年間1000万人程度と評価すれば、日本国内においても年間に十万人規模で急性Q熱症例が潜在的に発症している可能性が高いものと考えられた。またこれら急性Q熱国内発症例の臨床像は、高熱、関節痛、夏期中心の発症、一過性肝障害の併発など基本的には欧米における報告内容と大きな相違は認められなかった。

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