炭疽菌の発症機構の解明と迅速検出法の確立(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000532A
報告書区分
総括
研究課題名
炭疽菌の発症機構の解明と迅速検出法の確立(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
牧野 壮一(帯広畜産大学)
研究分担者(所属機関)
  • 牧野壮一(帯広畜産大学)
  • 藤原真一郎(国立公衆衛生院)
  • 倉園久夫(岡山大学)
  • 江崎孝行(岐阜大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
28,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
炭疽菌により起こる炭疽は、草食動物を中心とした家畜伝染病であるが、人を含めた他の動物にも重篤な症状を起こす人畜共通伝染病である。炭疽菌は、乾燥状態で容易に芽胞菌となり、一度土壌が炭疽菌で汚染されると、芽胞菌として感染力を保持しながら数十年生残し、炭疽常在地となる。人の疾病は、創傷感染による皮膚炭疽、汚染動物肉の経口摂取による腸炭疽、および芽胞を吸引する肺炭疽があるが、肺炭疽が最も死亡率が高い。そして、炭疽菌の芽胞は、容易にに大量培養でき、しかも無味無臭の粉末として調整でき、容易に生物兵器へ利用される危険性がある。即ち、炭疽は世界で食肉衛生・防疫上最も恐れられている伝染病の一つである。我国での炭疽の発生報告はこの数年無いが、国外では数多く発生している。かつて我国でも炭疽は頻繁に発生したので、土壌の炭疽菌常在化が既に起こっていると考えられ、常に内外から我国は危険にさらされているといえる。しかし、国外で危険視されている炭疽に対する我国の関心は、極めて低い。更に、ワクチンの不備や、炭疽の早期診断技術の確立の不十分さなどの問題点が多く残っている。そこで、本研究では、炭疽に対する国内での発生を未然に防止するために、土壌や不顕性感染動物からの迅速・確実な検出法および国外からの炭疽の伝播に対して未然に防ぐために必要な防疫上の検査法の確立、しいては予防のための基礎データとなる炭疽の発症機構の解明などを行い、炭疽から社会を守るために炭疽の基礎および応用研究を行う。同時に、炭疽が発生した場合に備え、その感染経路を的確に把握するための炭疽菌の遺伝子型別を行う基礎データを作成することも研究目標としている。
研究方法
昨年度報告した炭疽菌の病原因子である莢膜(Cap)、毒素(PA)および染色体上の配列(BA813)および新たにS-layer遺伝子を加え、それらのプライマーセットを用い、Nested-PCRを実施した。PCRの条件は95℃15秒、55℃30秒、72℃60秒を1サイクルとして35サイクル行い、アガロースゲル電気泳動により増幅産物を確認した。炭疽菌の芽胞はパスツール2苗を用い、定法に従い調整した。昨年度報告した炭疽菌用の選択培地PLET培地と共に、Bacillus cereus selective agar (BCA)平板、Trypticase soy agar (TSA) を用いた。検体は豚の腸間膜リンパ節および市販食肉、土壌、空気を用いた。それらに、人工的に炭疽菌芽胞を0、1、10、および100個を添加して実験を行った。検体からの直接検出は、炭疽菌芽胞を人工的に混入させた検体1gを10mlのPBS中でホモジナイズ後、その0.1mlを寒天平板培地に塗抹するとともに、1.0mlを直接PCRに用いた。増菌用に、検体1gをTSA10mlと混合し、37℃で16時間振盪培養を行った。翌朝その1次増菌液0.1mlを寒天平板上に塗抹するとともに、その1.0mlを遠心後、全DNAを分離精製した。PCR用のDNAの精製方法は、マニュアル通りにFastPrepTM FP120 instrument (Bio 101, Inc. CA., USA) を用いて行った。DNAは濃度調整後、100ngをPCRに使用した。大気中からは、5リットルの空気をサンプリングし、フィルターでろ過後、一般菌数を測定するとともに、そのサンプルに人工的に炭疽菌芽胞を添加して実験を行った。得られたサンプルを遠心後、ペレットに10μlの滅菌蒸留水を加え、95℃10分間加熱し、その1μlをPCRに使用した。増幅システムは、通常の増幅装置とLight Cycler System (ロッシュ・ダイアグノスティック株式会社)を使用した。直接土壌から炭疽菌の分離はPLET培地、BCA平板および血液寒天平板に塗抹した。土壌からPCRを行うために増菌法を使用した。
先ず芽胞を添加した土壌10グラムを100mlの70%エタノールにより2回遠心により洗浄した後、滅菌蒸留渭水で洗浄し、最終的に100mlのTSAで37℃で16時間振盪培養を行った。翌朝2次増菌4時間37℃行い、その1.0mlをFastPrepTM FP120 instrumentによりDNAを精製した。炭疽菌のdep遺伝子変異株を用いてマウスの腹腔マクロファージへの取り込みを調べ、炭疽発症機構の解明を行った。また、B. bevis HPD31 株を使用した炭疽菌の新しいワクチン開発を行った。炭疽菌の防御抗原をpNH326へ挿入後、融合蛋白を賛成させて検出を行った。
結果と考察
本研究でデザインしたプライマーは炭疽菌特異的であり、この2年間で示したプライマーセットの病原因子としての防御抗原および莢膜形成能の遺伝子用プライマー、および染色体マーカーとしてのS-layer用プライマーをスクリーニングに用いるべきであると結論した。又、菌体そのものを炭疽菌かどうか判定するには、昨年度同様ミックスプライマーセットの利用が有益であると考えられ、PA5とPA8の毒素検出用プライマー(596 bp増幅)と、BA546とBA547の莢膜遺伝子検出用プライマー(298bpの増幅)を用いるのが良好な結果が得られた。また、炭疽菌の分離にはPLET培地が有効であると昨年度報告したが、土壌サンプルでは炭疽菌以外にも多くの菌種が成育してしまい、集落の形態が他のBacillus属菌と区別がつかないこと、炭疽菌の発育を抑えること、等の問題点があったので、炭疽菌以外にも大きな集落を形成する菌種があるが、色や形で炭疽菌を判定でき、炭疽菌の成育を抑えないことを評価して、BCA培地が炭疽菌の分離に有効であると結論した。しかし、この培地は、食肉や大気など比較的Bacillus属菌が少ない環境や一般細菌数が少ない環境で用いるのみ非常に有効であると考える。土壌サンプルなどからは別の方法を確立する必要がある。また、PCR法による炭疽菌の迅速検出は本年度で確立した。大気中は一般細菌数が少ないことを考慮すると、最も効率良く増菌過程を経ずに分離できた。しかも、Light Cycler Systemの導入により更に短時間で検出可能であると結論された。作業時間、2時間以内にはスクリーニングできると考えられる。一方、食肉および土壌の場合は、増菌過程がどうしても必要であったが、食肉の場合は、多量の菌体が存在すれば直接PCRでスクリーニングできることが判っているので、両者の併用が望ましいであろう。土壌に関しては、直接は不可能であるが、菌分離が多量の菌体存在下では併用できる。どちらの場合も更なる迅速化が今後の課題になるものと考えられる。炭疽の発症機構には、芽胞体から栄養形への変化、莢膜物質を菌体外に積極的に放出する機構が、食菌作用への防御に働くという新しい概念を今回提唱した。炭疽菌の感染過程は、芽胞が生体内に侵入後、発芽過程を経て血流中で爆発的に増殖することによって、最終的には毒素ショックで死亡する。その爆発的な増殖を生体防御機構では抑えきれない。この防御機構を結果的に押さえる働きを莢膜が持っていることを明らかにした。しかも、莢膜の菌体表層での重合と分解という相反する2種類の反応を同時に起こしていると考えられ、生物学的にも興味深い結果であるといえる。また、改良が強く求められている炭疽ワクチン開発を目指して、B. brevis内を用いたワクチン開発を行った。現在PAの発現が確認されたが、その発現量の比較や防御能に関しては明らかになっていない。現在の炭疽菌ワクチンは、副作用や接種期間の長さなど多くの問題があるので、防御抗原の精製は重要であると考えられている。今回の方法で、PAの精製が容易に行うことが出来、しかも防御能を保有していたとしたら将来有効なワクチンの一つとして考えることが出来る。今回のB. brevis内でのPAの発現とワクチンへの応用は韓国国防相でも開発が検討されており、有望なワクチンとなるかもしれない。
結論
炭疽菌検出用のPCRシステムが確立された。しかし、更なる迅速化が課題である。大気および食肉から炭疽菌を分離する方法が確立された。課題は、土壌からの分離方法の確立である。炭疽の毒素の発症への関与はある程
度明らかになっているので、それと合わせて、今回の結果から炭疽の発症機構のほぼ全容が明らかになりつつある。炭疽菌ワクチンは、安全性を考えて、無毒菌を宿主に使用する系を導入した。本システムが防御能に寄与できるかが課題である。

公開日・更新日

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