わが国におけるアメーバ症の実態の解明と対策確立に関する研究

文献情報

文献番号
200000531A
報告書区分
総括
研究課題名
わが国におけるアメーバ症の実態の解明と対策確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
竹内 勤(慶応義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 橘 裕司(東海大学医学部)
  • 牧岡朝夫(東京慈恵会医科大学)
  • 野崎智義(国立感染症研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国においてはアメーバ感染はここ数年増加傾向を示しているが、その対策には困難な点が多い。その理由としては、①ハイリスク集団が同性愛者や知的障害者など各種施設入所者であり、疫学調査が難しい。②赤痢アメーバが病原性の異なるEntamoeba
histolytica、E. disparに分けられたため、種々の点で再検討されなければならなくなった。③副作用の少ない薬剤の開発が進んでいない、等が挙げられる。特に①のうち施設内感染は重要で、衛生行政面で提起している問題は大きい。以上より本研究においては、①施設内アメーバ感染の疫学調査を実施してその実態を明らかにし、対策立案のガイドライン作成を行なうこと。②E. disparの無菌培養系の確立を通して診断法確立などに資する こと。③E. histolytica、E. disparの種の同定法、サブポピュレーションの同定法の開 発を行い、応用を計ること。④アメーバ表面レクチンのワクチンとしての評価を行なうこと。⑤新規薬剤開発のため標的およびその阻害剤を探索すること、を目的としている。
研究方法
①ハイリスク集団におけるアメーバ感染の実態の把握:施設におけるアメーバ感染の実態調査は糞便検査、血清学的検査、および遺伝子診断を併用して行った。また新しく集団感染が疑われる施設がかなり多いと云う疫学的な状況に鑑み、調査の拡充も行い比較検討に供した。これらのデータをガイドラインとして行政に還元する事も行なった。②アメーバの免疫学的・遺伝学的同定法の開発と応用:今年度はE. histolyticaに近縁のE. moshkovskiiにおけるperoxiredoxin遺伝子のクローニングを行なった。クローニング した遺伝子から組み替え蛋白を作成し、その性質を調べた。また今年度はTech LabのE. histolytica kit Ⅱをテストした。諸種の診断法の作成のためE. disparの無菌培養系は昨年度開発したYIGADHA-S mediumと植物由来のフェレドキシンに富む分画との組合せを更に検討し、最適な培養系の開発を試みた。③アメーバのレクチンのワクチンとしての可能性の検討:イムノクロマト法によって精製した150-kDaおよび170-kDa表面蛋白10μgを、Fre-undのアジュバントと共に免疫に用いた。この免疫血清がアメーバの標的細胞接着を阻害 するかどうかを検討し、更に最終免疫から20日後に栄養型虫体を肝に注射して肝膿瘍形成の有無をみた。④サブポピュレーション特定化の方法の開発:4種類の異なるプライマー(R1;R2;R5;R6)を使用してPCRによるタイピングの方法を開発した。⑤新規薬剤の開発研究:アメーバに特異的に存在するメチオニン・システイン合成系の性格を明らかにし、阻害剤の探索を大腸菌に発現させた組替え蛋白を使用して行い、その結果を培養系に応用する事を試みた。また嚢子形成にかかわる代謝系を阻害剤使用によって明らかにし薬剤の標的になるかどうかの可能性を探った。
倫理面への配慮
知的障害者更正施設での調査に際しては入所者の家族及び施設職員に説明を十分に行い、同意を得てから調査を進めた。当該施設にガイドラインや倫理委員会が存在する場合には、それらをクリアーして後に調査を開始する事としている。動物実験に関してはそれぞれが所属する施設の動物実験委員会の指針にのっとって行なわれた。
結果と考察
①ハイリスク集団におけるアメーバ感染の実態調査では、ELISAによる血清 学的検索によって延べ5施設の入所者391名中106名(27.1%)に抗体が検出され た。施設ご との抗体陽性者の分布は11.5~53.5%にわたった。このうち糞便検査を実施した183名のう ち18名(9.8%)にアメーバの嚢子が検出された。施設ごとの陽性率は0~16.7%に分布し、同 時に行なった抗原検出法(E. histolytica Ⅱ kit)では121名中23名(19.0%)が陽性と判定され、施設間では0~25%に分布した。この二種の糞便検査を合わせるとアメーバ陽性者は0~34.2%に分布した。施設職員では血清学的に9.3%の陽性率が見いだされた。またCDCの種々のガイドラインを参考として施設内アメーバ感染制圧のためのガイドラインを新興・再興感染症研究事業の他の研究班と共同で作成した。②E. moshkovskiiのperoxiredoxin遺伝 子をクローニングし、蛋白の性状を検索した。E. moshkovskiiのperoxiredoxinはE. his-tolyticaにみられるN末の配列を欠損しており、容易に遺伝学的手法で鑑別可能である事 がわかった。③E. disparの無菌培養系はより確実な形をとるに至った。すなわちフェレ ドキシンを昨年報告した方法で超音波処理した場合(4℃,30min)、分光学的に測定した酸化還元能力も消失している事が判明した。しかし、このように処理したフェレドキシンはE.disparの増殖に優れた増殖促進効果を示した。このデータはフェレドキシンがnativeな形では利用されにくい事を示している。④イムノクロマトにて精製したレクチン、及び更にSDS-PAGEにて精製したレクチンに対する抗血清は何れもE. histoltyicaの栄養型の細胞接着を対照の2%以下に抑制した。また肝膿瘍形成阻止実験にてこれらのレクチンで免疫された群は対照群より有意に低い膿瘍形成を示した。⑤E. histolytica分離株13株由来のDNA をPCRにて解析した結果、R1/R2で増幅される遺伝子座(Locus1/2)及びR5/R6で増幅される 遺伝子座(Locus5/6)のパターンに株間での相違が見られた。⑥今年度はアクチン重合促進安定化剤JasplakinolideがE. histolytica栄養型の増殖を阻害し、またE. invadensの嚢 子形成も阻害する事を明らかにした。またシスタチオニンガンマ合成酵素、ベータリアーゼ遺伝子のクローニングに成功し、GSTとの融合蛋白を作成して種々の性質を調べた。
本研究は届け出でが増加傾向にある赤痢アメーバ症のわが国での疫学的実態の解明と対策確立に資するための基礎・応用研究を目的としたものである。初年度の調査で知的障害者更正施設における感染率が高かった事から、施設内感染を主な調査対象として取り上げている。今年度の調査はのべ5ヵ所の施設の調査を実施し、血清学的には最高で53.5%に達する陽性率を見いだした。二種の糞便検査では陽性率は最大34.2%に達した。このような 施設内感染の実態は今後のわが国の衛生行政・福祉行政を考える上で極めて重要であろう。今後も検索を拡大継続して、わが国での実態を解明し、効果的な対策を立案する必要がある。今年度は更にアメーバ感染制圧に関する環境・衛生施策を新興・再興感染症研究事業の他の研究班と協調してガイドライン化を試みた。対策確立に効果的に活用される事が期待される。また今回導入したE. histolytica Ⅱ kitの有用性も確認された。
E. disparの無菌培養系の作成やサブポプレーション同定法の確立についても新しい展 開 が見られた。今後実際の応用に関して検索を進めたい。アメーバ表面のレクチンのワ クチンとしての可能性も今後継続して検討したい。薬剤開発のための標的あるいは阻害剤の研究は前年度と同様嚢子形成過程、及び含硫アミノ酸生合成経路の検討を継続して行い、幾つかの特徴を明らかにした。今後これらの成果に基づき、阻害剤の検索の範囲を拡大して行く予定である。
結論
今年度の調査研究によって、わが国の施設内アメーバ感染が当初予測した以上に拡大していることが明らかになった。今後更に規模を拡大しつつ実態を明らかにするべきと考える。作成したガイドラインは有効に活用される事が期待される。その他の対策確立のための基礎・応用研究も着実な進展を見せた。特にE. disparの無菌培養系の改良とサブ ポピュレーションの同定法の確立は今後に資するところが大きいと思われる。

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