クリプトスポリジウム及びジアルジアの診断、治療及び疫学に関する研究(水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスク評価及び管理に関する研究)

文献情報

文献番号
200000525A
報告書区分
総括
研究課題名
クリプトスポリジウム及びジアルジアの診断、治療及び疫学に関する研究(水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスク評価及び管理に関する研究)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
国包 章一(国立公衆衛生院)
研究分担者(所属機関)
  • 井関 基弘(金沢大学)
  • 遠藤 卓郎(国立感染症研究所)
  • 大垣 真一郎(東京大学)
  • 金子 光美(摂南大学)
  • 黒木 俊郎(神奈川県衛生研究所)
  • 更科 孝夫(帯広畜産大学)
  • 西尾 治(国立公衆衛生院)
  • 平田 強(麻布大学)
  • 眞柄 泰基(北海道大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症新法)において、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症は全数届出の四類感染症に指定されており、また、わが国でもこれまでに水道水を介して大規模な集団感染が起きたことから、厚生労働省(旧厚生省)では「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」を定めて、水道水質管理の徹底につき指導しているところである。しかしながら、クリプトスポリジウム等の健康リスク評価に関わる科学的な情報がいまだ十分でないため、確実な予防対策を立てることが困難な状況にある。本研究では、水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスクの適切な管理に向けて、水系の汚染状況や浄水処理における挙動と関連付けた健康リスクの的確な評価方法を確立し、これをもって水道水の安全確保と国民の健康増進に寄与するものである。
研究方法
ヒト等の感染実態の把握と評価、感染リスクの評価と解析、感染系の確立及び感染力の評価、及び、浄水処理におけるクリプトスポリジウム除去代替指標につき検討した。ヒト等の感染実態の把握と評価に関しては、1)大阪市内の2医療機関で入院患者及び外来患者を対象に、下痢便123検体、軟便408検体、有形便265検体の合計796検体につき糞便検査を行い、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症の感染状況につき調査した。検体の大半は成人由来のものであった。また、これとは別にある病院で、高齢者(60歳以上)578名及び乳幼児(2歳以下)下痢症患者86名を対象に糞便検査を行い、クリプトスポリジウム症の感染状況につき調査した。このほか動物に関しても、ある動物管理センターに引き取られたイヌ60頭とネコ120頭の糞便検査を行い、クリプトスポリジウム症の感染状況につき調査した。また、北海道十勝管内9牧場の9~39月齢の野外放牧雌牛359頭を対象に、糞便へのクリプトスポリジウムオーシスト排出状況を調査した。2)横浜市立市民病院に来院した下痢症患者等を対象に、海外渡航歴の有無、国内旅行歴の有無、飲用水の種類、水浴等の有無、動物飼育の有無等につきアンケート調査を行い、クリプトスポリジウム症及びジアルジア症の感染経路や感染に至る背景を検討した。3)クリプトスポリジウムの遺伝子型につき、ヒト由来のもの4件をはじめ計17件を用いて検討した。また、クリプトスポリジウムの遺伝子レベルでの分類を明らかにするため、18SrRNAの遺伝子解析を行った。4)クリプトスポリジウム及びジアルジアに対する酵素免疫法による血清抗体価試験の適用可能性につき検討した。クリプトスポリジウムに関しては、2次反応に抗ヒトIgGを用いた場合と抗ヒトIgMを用いた場合につき、患者陽性血清、無症状者血清及び正常ヒト血清を用いて試験した。また、ジアルジアに関しては、患者陽性血清等が得られなかったことから、スナネズミによる動物感染モデルを利用して試験した。感染リスクの評価と解析に関しては、神奈川県寒川町の水道水中におけるクリプトスポリジウム濃度の実測データを用いて、1年間を通じてのヒトのクリプトスポリジウム感染リスクをモンテカルロ法によって計算し、その濃度と感染リスクの関係につき解析した。感染系の確立及び感染力の評価に関しては、1)ヒト結腸腺癌由来のCaco-2細胞及びヒト回盲腺癌由来のHCT-8細胞
を宿主としたクリプトスポリジウムの感染実験を行い、接種量と感染個体数の関係や、原虫の増殖特性につき検討した。2)クリプトスポリジウムオーシストの脱嚢試験における酸性HBSSによる前処理の有無、前処理時間及び脱嚢処理時間の影響を、2種類の脱嚢液により、新鮮な無処理オーシストを用いた場合とUV照射オーシストを用いた場合につき評価した。浄水処理におけるクリプトスポリジウム除去代替指標に関しては、凝集-砂ろ過の室内実験装置を用いて、クリプトスポリジウムオーシストと緑藻Scenedesmus quadricaudaのろ過による除去特性を比較検討した。
結果と考察
ヒト等の感染実態の把握と評価に関しては、1)大阪市内の2医療機関で入院患者及び外来患者を対象に、合計796検体につき糞便検査を行った結果、全てクリプトスポリジウム症及びジアルジア症陰性であった。また、これとは別にある病院で糞便検査を行った結果、、高齢者578名の1%がクリプトスポリジウムに感染していたが、乳幼児下痢症患者86名では全てクリプトスポリジウム感染は認められなかった。このほか、ある動物管理センターに引き取られたイヌとネコは、いずれもその5%がクリプトスポリジウム症に感染していた。また、北海道十勝管内9牧場の9~39月齢の野外放牧雌牛359頭を対象に、糞便へのクリプトスポリジウムオーシスト排出状況を調査した結果、4牧場の7頭(約2%)で陽性と認められた。検出されたクリプトスポリジウムは全てCryptosporidium murisで、陽性牛が認められた牧場は地域的に広く分散していた。2)横浜市立市民病院に来院した下痢症患者等を対象にアンケート調査を行ったところ、クリプトスポリジウム症患者2名はいずれも海外で感染した可能性が高く、また、ジアルジア症患者5名のうち2名も海外で感染した可能性が高かったが、残り3名の感染経路等は明らかにできなかった。3)クリプトスポリジウムの遺伝子型につき、ヒト由来のもの4件をはじめ計17件を用いて検討した結果、特にヒト由来のものではヒト型でなく動物型のものが大半を占めており、動物からヒトへの感染が示唆された。また、クリプトスポリジウム18SrRNAの遺伝子解析を行って系統樹を作成した。4)クリプトスポリジウム及びジアルジアに対する酵素免疫法による血清抗体価試験の適用可能性につき検討した。その結果、クリプトスポリジウムに関しては、2次反応に抗ヒトIgMを用いることによって、患者陽性血清と無症状者血清を正常ヒト血清と明確に区別することができた。感染リスクの評価と解析に関しては、神奈川県寒川町における水道水中のクリプトスポリジウム濃度の実測データを用いて、1年間を通じてのヒトのクリプトスポリジウム感染リスクをモンテカルロ法によって計算した結果、その濃度が0.013オーシスト/l以上の日を除くことにより、年間感染リスクの95%値が10のマイナス4乗以下となることが示された。感染系の確立及び感染力の評価に関しては、1)Caco-2細胞及びHCT-8細胞を宿主としたクリプトスポリジウムの感染実験を行い、いずれの場合も、感染が容易に成立することを確認したが、接種量と感染個体数の相関が得られず、また、48時間後には原虫の増殖が停止し、その後は比較的速やかに消失した。2)クリプトスポリジウムオーシスト脱嚢試験における脱嚢率は、酸性HBSSによる前処理の有無や脱嚢処理時間だけでなく、脱嚢の判定方法及び脱嚢液の種類によって大きな差があり、脱嚢試験方法の適正化が必要であることが示唆された。浄水処理におけるクリプトスポリジウム除去代替指標に関しては、凝集-砂ろ過の室内実験において、緑藻Scenedesmus quadricaudaはクリプトスポリジウムオーシストと類似した除去特性を示し、ろ過におけるクリプトスポリジウムオーシスト除去の代替指標として有効であることが明らかとなった。
結論
水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスクの的確な評価方法を確立するため、ヒト等の感染実態の把握と評価、感染リスクの評価と解析、感染系の確立と感染力の評価、及び、浄水処理におけるクリプトスポリジウム除去代替指標につき検討した。感染実態から見てクリプトス
ポリジウム症等の発生率は必ずしもそれほど高くないが、遺伝子解析ではヒト由来クリプトスポリジウムの中に動物型のものもあることが認められた。ペットとして飼われているイヌとネコや野外放牧牛も、ある程度の割合でクリプトスポリジウム症に感染していることが明らかになった。水道水を通じてのクリプトスポリジウム症感染リスクを、特定の水道水の実測データを用いて計算した結果、その濃度が0.013オーシスト/l以上の日を除くことにより、年間感染リスクの95%値が10のマイナス4乗以下となることが示された。感染系の確立及び感染力の評価に関しては、クリプトスポリジウムの細胞培養の可能性、クリプトスポリジウム脱嚢試験方法の適正化の必要性を明らかにした。また、水道のろ過におけるクリプトスポリジウムオーシスト除去の代替指標として、緑藻Scenedesmus quadricaudaが有効であることを明らかにした。
本年度は3ヶ年計画の研究の初年度に当たるので、次年度における研究では本年度の研究成果をさらに発展させるとともに、水道水のクリプトスポリジウム等による汚染に係る健康リスクに関して、汚染源から発症に至るまでの主な要因を見極めることにより、その的確な評価手法の確立を併せて検討する。

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