ハンセン病感染の実態把握及びその予防(後遺症の予防を含む。)・診断・治療法に関する研究

文献情報

文献番号
200000524A
報告書区分
総括
研究課題名
ハンセン病感染の実態把握及びその予防(後遺症の予防を含む。)・診断・治療法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
松岡 正典(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 尾崎元昭(兵庫県立尼崎病院)
  • 甲斐雅規(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 小林和夫(大阪市立大学大学院医学研究科感染防御学)
  • 牧野正彦(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 遠藤真澄(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 後藤正道(鹿児島大学医学部病理学第2講座)
  • 畑野研太郎(国立療養所邑久光明園)
  • 岩田 誠(東京女子医科大学脳神経センター)
  • 松尾英一(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 長尾栄治(国立療養所大島青松園)
  • 石井則久(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 福富康夫(国立感染症研究所ハンセン病研究センター)
  • 大山秀樹(岡山大学歯学部歯科保存学第2講座)
  • 前田伸司(大阪市立大学大学院医学研究科感染防御学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
現在、ハンセン病は有効な化学療法が開発され、早期に適正な治療を行えば深刻な後遺症を伴わずに治癒する疾病と考えられる。しかしながら薬剤耐性菌が疑われる難治例、後遺症としての神経障害、治癒後の再燃、高齢者の発症、在日外国人での新患例が国内のハンセン病対策上問題となっている。また国外においてはWHOによる多剤併用療法による制圧対策にも拘らず、新規患者発生数には減少がみられず、1999年度においては世界で73万人の新たな発生が見られた。感染症であるハンセン病に対する対策は、原因菌であるらい菌及び宿主の面からの研究、疫学的解析などを総合した方策が必要である。
本研究は一層の効果的ハンセン病対策の確立のために、難治例と耐性菌、免疫療法の開発、神経障害の実態調査、その発生機序の解明、新患および再燃の実態把握、感染源ならびに感染経路を解明するための分子生物学的手法の開発、過去の症例のデータ整理、病型進展の免疫学的解析、抗菌剤の標的となり得る代謝機構の解明を目的として行われた。
研究方法
研究の実施に際しては患者ならびに材料提供者のプライバシーを尊重し、調査結果から個人が特定されぬよう、また個人情報が流失しないよう注意するとともに、材料を得るにあたっては、その目的を説明した上で、対象者の同意が得られた場合にのみ提供をうけた。
ハンセン病の難治例、再発に対する治療法の確立のために国内の9施設における菌陽性活動性患者について、菌の遺伝子変異の検出により治療薬に対する感受性が検査され、病暦と照合し薬剤耐性発生要因の解明を試みた。新たな治療指針を治療施設に配布し、この治療プランの実施と効果の評価について協力を求めた。
らい菌感染の結果起こる宿主の免疫応答を樹状細胞、マクロファージ、T細胞およびマウス個体のレベルで解析し、ハンセン病にける病型の成立過程、免疫療法の開発のための基礎的データの解析が行われた。
ハンセン病治癒例と難治例における、長期間の感覚障害の臨床像が比較検討され、それぞれの状態の末梢神経障害発生に及ぼす影響が検討された。末梢神経障害および神経炎発生の機序を明らかにするために病理学的な解析ならびにシュワン細胞を用いた細胞レベルでの解析がなされた。ハンセン病対策の適正な実行が障害の軽減にどのような効果をもたらすかについて解析するため、ミャンマー国における1958年から1998年に渡るカルテ調査を行った。
国内療養所入所者について1996年から2000年までの5年間における再発について調査した。ミャンマーおよびタイ国における再発率についても調査を行った。国内の発生動向を把握するために1993年から2000年までの新規患者をデータベース化し、解析を行った。在日外国人の中では日系ブラジル人の発生の割合が高いことから、ブラジルより日系皮膚科医師を招聘し、情報交換と国内の日系ブラジル人を診察する機会の多い医師との意見交換を行った。神経炎その他の後遺症の発症メカニズムについて剖検結果から解析するために、剖検例の一部についてデータベース化を図り、そのデータの有用性について適用された化学療法間における病理所見の相違をもって検証された。らい菌の型別法の開発のために新たな多型性を示す遺伝子部位の検索が行われた。
らい菌固有の代謝系について膜形成を中心に行った。らい菌のホスファジチルセリン合成酵素の諸性状について検討された。
結果と考察
全国の9施設から39例の菌陽性の活動性患者の調査結果が得られた。24例についてDDS、リファンピシン、キノロンに対する感受性が検査され、それぞれ13例、12例、3例の耐性が明らかとなった。これらの中には3剤に対して耐性である例もあり、国内の症例における薬剤耐性例の発生動向が初めて明らかとなった。新たなハンセン病治療指針を策定し、その普及と効果を追跡した。難治性症例に対する免疫介入療法を開発するための基礎的検討が行われ、結核菌細胞壁由来糖脂質(trehalose dimycolate:TDM)が血管新生、肉芽腫炎症及び細胞性免疫を惹起することが判明し、免疫介入療法の開発に有望な基盤となることが示された。らい菌は樹状細胞(DC)に対し感受性を示したが、他の抗酸菌(M.bovis BCG 及び M.avium)と異なり、自己のT細胞を容易には活性化しなかった。感染DC表面のPGL-1抗原の発現を抑制すると抗原提示能は増強し、抗らい菌免疫療法の開発に有用な結果であると考えられた。
末梢神経障害にいたる機構を解明するため下腹部神経の神経組織の構造を観察した結果、治癒例の約半数において神経線維が加齢に伴って著明に脱落することが示され、silent neuropathyの発生機序解明に新しい視点が加えられた。らい菌感染シュワン細胞ではgliacell-derived neurotropic factor(GDNF), neurotrophin 3 (NT-3), regulated upon activation, normal T-cell expressed and secrated (RANTES)が増強され、fractalkineの構成的発現が認められた。これらが末梢神経炎の発生に関わる可能性が示唆された。15年~22年を経過した末梢神経の機能障害の変化を追跡調査した結果、治癒例ではその変化は大きくはなった。一方、難治性ハンセン病患者では感覚障害、運動麻痺の両者において明らかな進行が認められた。ミャンマー国において初診時障害率の推移は、コントロールの進行に伴い障害率の減少が確認され、早期診断、早期治療の必要性が再確認された。
ハンセン病剖検例をデータベース化することが可能となり、さらにそれを用いて各種解析が可能であることが化学療法と病変の相関から示された。ハンセン病の発生動向の把握のために新規患者の調査を行った。2000年の新発生は12名で、日本人は6名、外国人が6名であった。1993年から2000年までの日本人のハンセン病患者の年齢はほとんど60歳以上であった。在日外国人は20代から30代が多数を占め、南米、東南アジア出身者が目立った。1996年から2000年の5年間に国内の再発は毎年11名以上であり、年間再発率は0.26%であった。また特定の施設に集中する傾向が示された。不規則治療がその原因となっていると推察される例が多く見られた。らい菌にはrpoT遺伝子に多型性が認められたが、南米より分離されたらい菌は全て6塩基配列を3コピー有するものであり、その伝播経路については解明でなかった。他の領域に78塩基を2個直列する株が見出され、その型別法への有用性が検討された。
ハンセン病の病型形成の機序を解析するため、らい菌を貧食したマクロファージが産生するサイトカインを追跡した結果、過剰マンノースによりTNFやIL-12の産生が抑制される可能性が示された。IL-12存在下における活性化T細胞のIFN-g産生能の違いは,ハンセン病に対する疾患感受性を規定すると考えられた。らい菌のホスファジチルセリン合成酵素を特定し、その酵素が膜分画に分泌されていることが明らかとなり、その性状は他の微生物のもつ酵素とほぼ同一であった。この代謝系はヒトには存在せず、抗菌剤の標的として有効な部位ではないかと思われた。
結論
難治例の場合、薬剤耐性菌がその原因となっていることが示され、今後耐性菌の発生動向について注意を要することが示された。国内の新患発生は最近の数年間は15名前後であるが、高齢者および外国人の発生について注意を向ける必要がある。再発は不規則治療がその原因として考えられ、新たに策定された治療指針の活用が望まれる。ハンセン病の宿主免疫機構について解析が行われ、今後の免疫療法開発に向けて基礎的情報が得られた。

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