回帰熱、レプトスピラ等の希少輸入細菌感染症の実態調査及び迅速診断法の確立に関する研究(総括・分担研究報告書)

文献情報

文献番号
200000523A
報告書区分
総括
研究課題名
回帰熱、レプトスピラ等の希少輸入細菌感染症の実態調査及び迅速診断法の確立に関する研究(総括・分担研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
増澤 俊幸(静岡県立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 神山恒夫(国立感染症研究所)
  • 川端寛樹(国立感染症研究所)
  • 角坂照貴(愛知医科大学)
  • 後藤郁夫(名古屋港検疫所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
-
研究費
22,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
レプトスピラ症、回帰熱、ペストはいずれもげっ歯類を保有体とする細菌感染症である。古くから日本ではレプトスピラ症は秋疫、用水病などの名で呼ばれる風土病として恐れられていた。1970年代まで年間数十人の死亡例が報告されていたが、近年では農業の機械化等の農業様式や生活様式の変化に伴い、急激に減少した。その一方で1999年に沖縄県八重山諸島で十数名が川などで感染した事例もあり、水辺でのレジャーやスポーツ時の感染が懸念されている。ペストはグラム陰性小桿菌であるペスト菌(Yersinia pestis )の感染による急性熱性感染症で、1類感染症に指定される危険度の高い病原体である。ヒトへの伝播の多くは保菌動物を吸血したノミを介して行われるが、最近では感染源としてのネコの役割も注目されている。世界的にはペストの患者数は徐々に増加しつつあり、流行地域も南アフリカ・マダガスカル、インド、東南アジア、中国、北米、南米と広範囲にわたっている。世界規模の交通網の拡大により、保有体げっ歯類を介して海外からのこれら病原体の侵入が危惧されている。そこで本研究では港湾、並びに都市部で野鼠の捕獲を実施し、これら野鼠の当該病原体の保有状況を明らかにする。また、米国よりペットとして輸入されるプレーリードッグ等のペスト菌保有状況を調べ、侵入のリスクを疫学的に分析するとともに、リスクに応じた侵入防止対策を検討する。
研究方法
レプトスピラ、回帰熱ボレリアの分離培養. 沖縄県本島、石垣島、西表島、名古屋市内、名古屋港、神戸港、仙台港、石巻港、静岡市内の学校等で野鼠の捕獲を行った。レプトスピラの分離には、野鼠の腎臓乳剤、または血液をKorthof培地に接種し、30℃にて1~3カ月間培養した。回帰熱ボレリアの分離には野鼠血液、耳介、膀胱をBSKII培地に接種し、1~3カ月間培養した。
flaBおよび16S rRNA遺伝子配列解析に基づくレプトスピラ遺伝種の同定. レプトスピラ、並びにボレリア抽出DNAを鋳型として、特異的プライマーを用いて、PCR反応を行った。増幅産物を鋳型として塩基配列を決定した。またflaBをPCR法にて増幅後、制限酵素Hae IIIまたはHind IIIで消化し、その制限酵素断片長多形性(RFLP)にもとづく、レプトスピラ遺伝種の同定法の開発を行った。
レプトスピラ血清型の同定と確認. 血清型特異的ウサギ抗血清と被検レプトスピラ培養液を反応させ、菌体の凝集により判定した(MAT)。レプトスピラ菌体を低融点アガロースに封入し、制限酵素Not・により生じた長鎖制限酵素断片をパルスフィールドゲル電気泳動で分析し、株の同異を調べた(LRFP解析)。
米国疾病管理センター(CDC)および関連の米国連邦政府および州政府機関等からペストに関する情報入手と解析をおこなった。ノミからPCR法によるペスト菌遺伝子検出法の確立を行った。感染動物の血清学的摘発に用いる標準抗血清を作製する目的で、ペスト死菌ワクチンをニュージーランドホワイトウサギに免疫した。
結果と考察
野鼠由来レプトスピラの性状. 沖縄で捕獲された野鼠67匹からレプトスピラ3株を、名古屋市内で捕獲された野鼠116匹から6株、仙台港で捕獲した野鼠3匹中1匹から1株を分離した。沖縄の野鼠分離2株はL.borgpetersenii血清型javanicaと同定された。残りの一株はL.interrogansと同定されたが、これまで発生が予想されたいずれの血清型に対する抗血清とも反応せず、いまだ未同定である。名古屋市内で分離された6株はL.interrogansに属すると同定され。このうち5株は最も重症型レプトスピラである血清型icterohaemorrhagiaeと同定された。また、残り一株は沖縄の未同定株と同じ血清型反応性を示したが、既存の予想される血清型との反応が見られず、現在解析を継続中である。最も重篤な症状を引き起こすとされている血清型icterohaemorrhagiaeと同定されたレプトスピラは 8月に名古屋市中区久屋大通り公園内の植込みで捕獲された野鼠より分離された。この公園には噴水があり子供たちの水遊びが日常的に見られる環境にあり、ヒトへの感染機会は十分にある場所であったことから、日本では今日もなおレプトスピラ症は我々の身近に存在し、いつ患者が発生してもおかしくない状況にあることを再確認するとともに、実態解明と監視体制の必要性を示唆した。 
レプトスピラ症の感染種同定法の開発を目的として、flaB遺伝子の一部を標的としたPCR-RFLP法を確立した。レプトスピラ症においては、疫学解析・ワクチン開発の情報源となる感染血清型の同定、及び感染種の同定が極めて重要である。感染種の同定には、16S rDNA塩基配列、若くはDNA similarityに基づく同定が行われるが、迅速性に欠ける。flaB遺伝子のPCR-RFLP法は、迅速な種同定法で、さらには塩基配列を比較することで血清型推定がある程度可能であり、有益であることを明らかにした。
野鼠由来ボレリアの性状. 沖縄の野鼠67匹からボレリア10株の分離に成功した。flaB、16SrRNA遺伝子の配列解析を行い、このボレリアが回帰熱型ではなく、予想しなかったライム病関連ボレリア(Borrelia burgdorferi)であることを示唆した。日本ではライム病ボレリアは北海道をはじめとして、長野以北に棲息するシュルツェマダニにより媒介されることから、沖縄はライム病とは無縁と考えられていた。
マレーシア・ボルネオ島にて耐久レースに参加した25歳、男性が悪寒とともに38~39℃台の発熱を呈した。L. interrogans serover hebdomadisに対する抗体が160倍と陽性となり、レプトスピラ症と確定した。旅行者数が大幅に増加している東南アジアでは、近年レプトスピラ症の流行が続いていることから、これら地域からの輸入症例を特に警戒すべきである。また、これら地域での流行血清型に関する情報収集の必要性を示した。患者25歳、男性は鳥島でアホウドリの観測・調査に参加し、ダニ刺咬を受け、その後発熱し、2ないし3日間熱感が続いた。患者血清は主に鳥や牛に病気を引き起こすとされているB.anserinaおよびB.coriaceaeに反応したことから、鳥島のダニO.capensis刺咬を介してこれらの回帰熱群ボレリア感染があったものと推測した。これまで本邦には存在しないと思われた回帰熱ボレリアの存在を示し、今後詳細な調査が必要であることを示唆した。
米国疾病管理センター(CDC)および関連の米国連邦政府および州政府機関等から入手したペスト情報の解析と調査を行った。わが国ではペットとして多数輸入しているプレーリードッグのペスト罹患状況は警戒を要し、また米国からわが国へ輸出される野生げっ歯類等に関しては法令等による規制は行われていないことから、ヒトへの感染源として重要な動物であることが明らかになった。感染源となる動物からヒトへのペスト菌の伝播は一部の例外を除いてノミが媒介動物となる。ノミ体内のペスト菌DNAを迅速に高い感度で検出するPCR法確立の準備を進めている。動物種によってはペスト菌の感染に対して比較低抵抗性を示し、この場合には血清学的な診断が有効である。WHO/CDCの標準法である標準参考血清とペスト菌F-I抗原感作血球を用いた間接血球凝集阻止試験を実施するための標準血清の作製を行った。
結論
沖縄、名古屋市内でレプトスピラを野鼠から見出し、今日でもレプトスピラ症は身近に存在することを明らかにし、監視体制の必要性を示した。回帰熱を疑う患者を初めて見出した。沖縄の野鼠がライム病ボレリアを保有することを初めて明かとし、詳細な調査の必要性を示唆した。海外から輸入されるペットを介してペストが侵入する可能性を危惧させる情報を得た。これに対し監視体制の確立に着手した。

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