劇症型レンサ球菌感染症の病態解明及び治療法の確立に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000521A
報告書区分
総括
研究課題名
劇症型レンサ球菌感染症の病態解明及び治療法の確立に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
浜田 茂幸(大阪大学大学院歯学研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 大国寿士(日本医科大学老人病研究所)
  • 内山竹彦(東京女子医科大学)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 太田美智男(名古屋大学大学院医学研究科)
  • 赤池孝章(熊本大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
26,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
A群レンサ球菌 (GAS) は従来から猩紅熱、咽頭炎、リウマチ熱など多彩な疾患の起因菌として知られている。本菌は病原性レンサ球菌の中でも特に多彩な病原因子を産生することから、従来多くの研究がなされてきた。ところが、近年、本菌が激烈な症状を伴う劇症型A群レンサ球菌感染症 (TSLS) を引き起こすことが世界各地で報告され、いわゆる「再興感染症」のひとつとして、多くの人々の注目を集めている。 TSLS は GAS による重度の敗血症を主症状とし、病態の進行があまりに急激なため、有効な治療法が未だに見出されていない疾患である。これまでの研究によって、 GAS の病原因子の研究はかなり進んだが、 TSLS 発症の機序については、従来の知識では説明出来ない不明の点が多く残されている。本研究では、1) TSLS発症例のデータベースの作成、2)GASゲノムデータベースの情報を利用した分子疫学的・分子遺伝学的手法による病原遺伝子の検索、3)GASの産生タンパク質のプロテオーム解析により未知の病原因子の同定、などの研究を進め、 TSLSの発症メカニズムに基づいた適切な治療法・予防法の開発を行うことを目的とする。
研究方法
まず、GASゲノムデータベースからの新規菌体表層タンパク質の同定と機能解析を行った。データベースからGAS菌体表層タンパク質に共通する LPXTGモチーフを有する遺伝子を検索した。得られた新規表層タンパク質遺伝子 fba遺伝子をPCR法でクローニングし、大腸菌に発現させて組み換え Fba (rFba)を調製した。rFba の構造から黄色ブドウ球菌のファイブロネクチン結合タンパク質(FBP)と同様の機能を有することが推定されたため、機能解析として、各種の免疫グロブリンとファイブロネクチンに対する結合能をビオチン化タンパク質を用いて検討した。また、遺伝子操作によってfbaを欠損したGAS変異株を作成し、HEp-2細胞への付着能と細胞侵入性を調べた。加えて、fba欠損株の病原性を in vivo で調べるため、これをCD1マウスに皮下接種し、マウスに対する致死毒性を観察した。つぎに、組換え streptococcal pyrogenic exotoxin-B(rSEPB) の精製を行った。speB遺伝子をPCR法でクローニングし、大腸菌発現ベクターに組み込んだ。本プラスミドで形質転換した大腸菌はIPTG誘導により効率良くrSPEBを菌体外に産生した。2ステップの精製を行うことにより、高純度のrSPEBを大量に調製することが出来た。rSPEBによる血管透過性の亢進の検索にはモルモットを用い、1% エバンスブルーの血管からの漏出を観察した。また、rSPEBによるアポトーシス誘導は、rSPEBで処理した細胞をアネキシンVとヨウ化プロピデイウムで染色し、フローサイトメーターで観察してアポトーシスを起こした細胞の割合を求めた。最後に、M3型に属するTSLS分離菌株に存在する新規遺伝子の解析を行った。1990年代以降のM3型TSLS分離株のDNA配列を基にして、PCR法によって約8kbのTSLS特異的遺伝子をクローニングした。この 8 kb の遺伝子が 1990 年以降の分離株に特異的な遺伝子であることを、各年代で分離された菌株を用いたサザンブロット法で確認した。また、TSLS分離株をマイトマイシンで処理することにより、溶原性バクテリオファージを誘導させることができた。得られたファージ粒子をPEG沈澱法で回収し、ファージ遺伝子を調製して自動シークエンサーにかけ、その塩基配列を決定した。
結果と考察
GASゲノムデータベースから、新規のLPXTGモチーフを有するORFを10数個見出した。相同性検索の結果、
そのひとつfbaに黄色ブドウ球菌のファイブロネクチン結合タンパク質(FBP)の機能ドメインと高い相同性が存在することを見出した。このfbaについてPCR法で遺伝子をクローニングし、大腸菌内でrFbaを発現させた。発現rFbaをビオチン化し、免疫グロブリンやファイブロネクチンとの結合能を調べた結果、本タンパク質がファイブロネクチンと強く結合することが明らかになった。ついで、遺伝子操作によりfbaを欠損したGAS変異株を作成した。このfba欠損変異株はHEp-2細胞への付着能と侵入性がいずれも明確に低下していた。さらに、このfba欠損変異株をマウスに皮下接種したところ、マウスの死亡率は親株に比べて有意に低下した。これらの結果は、データベースから同定した新規の菌体表層タンパク質fbaにファイブロネクチン結合能があること、fbaがGASの細胞への付着と侵入に密接に関わっていること、fbaが致死毒性の発揮に重要な役割を果たしていることを示している。この結果は、ゲノムデータベースを使用することによって新規の病原因子を見出すことが可能であることを実証するものであり、「ゲノム細菌学」の可能性を明らかにするものとして高く評価される。
2番目に、GASの主要な病原因子であるSPEBがTSLS発症に及ぼす影響を調べるために、rSPEBを作成して、その生物学的活性を検討した。従来の方法ではrSPEBを大量に調製することが困難であったが、本研究事業によってrSPEBを大腸菌から大量に調製できるようになった意義は大きい。こうして得られたrSPEBによる研究の結果、rSPEBをモルモットの皮下に接種すると1_gという微量で広範囲に及ぶ血管透過性の亢進が誘発されることが明らかになった。病理学的所見においては、血管からの赤血球成分の漏出の他、炎症性細胞の浸潤、浮腫および表皮の剥離が認められた。また、rSPEBでヒトマクロファージを処理すると細胞内caspase-3の活性化が起こり、細胞がアポトーシスを起こして死滅することが示された。これらの結果は、GAS感染においてSPEBが血管透過性の亢進や浮腫、表皮剥離に関与していること、加えて、マクロファージにアポトーシスを誘導することによって、食細胞によるクリアランスを避け、血液中の伝播の拡大に関与していることを示すものである。
最後に、TSLS由来M3型株に特有の遺伝子の同定と塩基配列の決定を行った。1990年以降に分離されたGASの遺伝子を解析すると、それ以前の分離株には存在しない新規の遺伝子が見出された。PCR法によってこの遺伝子をクローニングすると、約8kbのTSLS特異的遺伝子には、少なくとも10種類のORFが存在することが分かった。このうち9種のORFは1990年以前に分離された菌株には存在しなかった。このことは、これら9種の遺伝子はごく最近になってGASが新たに獲得した遺伝子であるということを示している。自動シークエンサーによる塩基配列の結果、この新規獲得遺伝子はバクテリオファージ由来の遺伝子であることが推測された。事実、これらのGASをマイトマイシンCで処理するとファージ粒子が誘導され、その遺伝子配列は上記の新規遺伝子配列と一致した。今後、このファージの遺伝上のORFのタンパク質がどのような機能を発揮しているのかを追求する必要があると考えられる。
以上の研究成果から、TSLSの発症メカニズムに関与している可能性のある病原因子が新たにいくつか浮かび上がってきた。これらの成果は研究事業の1年目としては、十分満足できるものである。今後、これらの新規病原因子がTSLSの発症にどのように関わっているかを検証するため、TSLSの実験動物モデルの作出が緊急に必要であると考えられる。なお、TSLS発症例のデータベース化については、患者のプライバシーを保護する必要性があるため、情報収集方法とデータベースの公開のあり方を現在検討している。次年度中にはデータベースの作成に着手する予定である。
結論
GASゲノムデータベースから新規のフィブロネクチン結合タンパク質を同定した。このタンパク質はGASの細胞付着能と細胞侵入性に深く関わっている他、マウスに対する致死毒性に大きな影響を有していた。また、GASの病原因子のひとつであるSPEBに血管透過亢進能があるほか、マクロファージにアポトーシスを誘導する活性があることを見いだした。加えて、M3型のTSLS分離株にはバクテリオファージ由来と思われる新規遺伝子が見出された。この遺伝子がコードするタンパク質の機能については今後の研究の進展が待たれる。

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