新興する細菌性腸管感染症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究

文献情報

文献番号
200000519A
報告書区分
総括
研究課題名
新興する細菌性腸管感染症の診断・治療法の開発と発生動向調査に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
名取 泰博(国立国際医療センター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 島田俊雄(国立感染症研究所)
  • 荒川英二(国立感染症研究所)
  • 土肥多恵子(国立国際医療センター研究所)
  • 山崎伸二(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では腸管出血性大腸菌、新型コレラ菌及び腸炎ビブリオなどによる腸管感染症を対象とし、それらに対する新しい診断・治療法の開発とその発生動向を明らかにすることを目的とする。
最近の分子疫学的解析から、多くの細菌感染症では過去に流行した同一株が再び広がるのではなく、様々な変異を経て新たな流行株が派生することが明らかとなっている。そこでコレラ菌についてエンデミックな地域での系統だった発生動向調査を行うことにより、O139のような新たな流行株の早期発見やその特徴の把握を試み、それらに対する対策を早期に講じて途上国での流行の広がりを未然に防いで世界的な伝播を阻止することを目指す。一方腸炎ビブリオについては、O3:K6が1996年頃から突然に我が国を含めた世界各地で検出されたことから、本研究ではこの菌株をこれまでに国内及び東南アジアで分離されたO3:K6や他の血清型と比較し、分子疫学的な解析を行う。
一方、細菌性腸管感染症に対する現在の治療法は抗生物質以外は対症療法に限られ、疾患の原因となる毒素を標的とした治療法はない。腸管出血性大腸菌感染症における主な死因は脳症などの合併症であり、それらは同菌の産生するベロ毒素が引き起こす。従って感染後でも体内で毒素を中和し、合併症の発症を抑制する治療法が開発されれば、重症例や死亡例の減少が期待される。本研究ではベロ毒素と強く結合する新規化合物を用いた治療法の開発を目指す。また糖鎖は細菌の腸管粘膜への定着にも関与し、さらに消化管免疫能を修飾すると考えられることから、oral rehydration solutionや人工乳に加えたときに腸管感染抑制効果のあるオリゴ糖の種類と量を決定することを試みる。
研究方法
抗血清の作製、凝集テストおよび凝集素吸収テストはShimadaらの方法に準拠した。診断用抗血清は全てR抗体を吸収したものを、また凝集テスト用O抗原には加熱後、遠心洗浄した菌を使用した。PFGEはArakawaらの方法に準じて施行した。ベロ毒素中和剤としてGb3糖鎖を3, 6及び12個有する新規化合物Super Twig (0)3, Super Twig (1)6, Super Twig (1)12を用い、マウスに対する2型ベロ毒素の致死活性の抑制効果を測定することにより、その中和活性を調べた。ヒト小腸粘膜へのコレラ菌粘着能アッセイはヒト剖検標本より採取した小腸粘膜を用いて行い、オリゴ糖による阻害実験は予め菌体をオリゴ糖と10分間インキュベートした後に粘着能アッセイに用いた。
結果と考察
1.コレラ菌の血清型分類の追加及び発生動向:供試したコレラ菌non-O1 non-O139の殆どは既知の血清型に該当したが、32株は既知の血清型の何れのO抗血清に反応を示さなかった。型別不明32株の代表菌株を用いて免疫血清を作製し、交差凝集テストおよび凝集素吸収テストを行った結果、32株は12のO群に分けられた。これらの12のO群は新血清型(O195-O206)としてコレラ菌の抗原構造表に追加した。コレラ菌についてのエンデミックな地域としてインドカルカッタにおける発生動向調査を行った結果、2000年の1月から12月の1年間に検査した下痢便2028検体からO1コレラ菌が178株、O139コレラ菌40株、non-O1, non-O139コレラ菌87株が分離された。またコレラの発生は5月と10月に2度ピークがあり、その時期に分離されたコレラ菌の多くはO1コレラ菌であったが、O139コレラ菌やnon-O1, non-O139コレラ菌も一部分離されており、特に5月に分離されたコレラ菌の23%はnon-O1, non-O139であった。エルトールコレラ史上最大の流行となった南米大陸のコレラや、コレラ菌 O139 "Bengal"による新型コレラの突発などの経験から、今後も新興・再興感染症として我々に脅威を与える可能性があり、その発生を全世界的に監視する必要がある。本研究では血清型分類を随時更新するとともに、エンデミック地域における発生動向調査を行うことにより、その監視体制の一翼を担ったと考えている。
2.腸炎ビブリオの発生動向:PFGE解析の結果、腸炎ビブリオO3:K6株はA~Hに大別され、AはさらにA1~A16のサブタイプに分類できることがわかった。1996年以降に分離されたO3:K6株でtdh+、trh-、ウレアーゼ-を示すものは、その由来にかかわらずすべてAグループに分類されたが、1996年以前の株はBグループに分類された。また、tdh-、trh+、ウレアーゼ+を示すものは分離年に関係なくCグループに分類された。tdh-、trh-、ウレアーゼ-を示すものはA、B以外のそれぞれ別のグループに分類された。他の血清型の菌はO3:K6のものとはかなり異なるPFGEパターンを示していた。O:K血清型が同じであればほぼ同じPFGEパターンを示したが、O抗原が同じでもK抗原が異なればそのPFGEパターンもかなり異なっていた。しかしながら最近見つかった新しい血清型O4:K68は1996年以降に分離数の増えたO3:K6株と全く同様にtdh+、trh-、ウレアーゼ-を示し、PFGEパターンもAグループに分類され、両者は遺伝的に非常によく似た菌株と考えられた。以上の結果から、我が国の流行株は東南アジアでの流行株と同一のクローンであると考えられた。
3.細菌性腸管感染症に対する新規予防法の開発:腸管における細菌の粘着を阻止することにより感染を予防するという新しい方法を開発する基盤研究として、試験管内のコレラ菌の粘着に関する実験条件の検討を行った。その結果、PVDF膜にブロッティングするよりマイクロタイタープレートを用いるELISA法がより感度よくコレラ菌の粘着を検出できることがわかった。プレートに直接菌体を固相化した場合は数十個から10万個までの菌体を定量することが出来た。また小腸膜蛋白を固相化したプレートでも、加えた菌体数をよく検出することができた。上記の系に3糖~6糖からなる血液型物質関連構造を持つ糖鎖約10種類を用いて50~200 _Mの高濃度で結合阻害活性を解析した結果、H型、Le型などフコース含有2型糖鎖にカングリオ系列、グロボ系列よりも強い粘着阻害活性が見られた。さらにFuc_1-2結合したラクトースのほうがFuc_1-3結合のものより強い阻害効果の見られる症例があった。これらの結果は、O139型コレラ菌がこの構造のヒト糖蛋白・糖脂質糖鎖を認識するレクチン活性を持つことを示唆し、また消化管におけるムチン型糖鎖の感染防御機構を示唆すると考えられる。
4.腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療法の開発:マウスにおけるSuper Twigのベロ毒素中和活性を調べた結果、Super Twig (1)6が毒素の致死活性を完全に抑制した。そこで次にその機構を明らかにするためにベロ毒素の体内動態を調べた。Super Twig (1)6を投与した場合には、肝や脾へのベロ毒素の分布が増加したが、免疫組織化学的検討では両臓器へのベロ毒素沈着はかえって減少していた。そこで次にマウス腹腔マクロファージを用いてベロ毒素の結合及び代謝について検討した結果、Super Twig非存在下ではベロ毒素はマクロファージに結合しないのに対し、Super Twig (1)6存在下ではマクロファージはベロ毒素を取込み、さらにこれを分解して酸可溶性物として培養液中に放出することが明らかになった。これらの結果から、Super Twig (1)6は生体内でベロ毒素と結合し、これを肝や脾のマクロファージが貪食・分解することにより、ベロ毒素の解毒が行われると考えられた。従ってSuper Twig は腸管出血性大腸菌の感染後に体内に入ったベロ毒素を中和することにより、脳症やHUSなどの発症を抑制する新規治療法として有用である可能性が示された。
結論
血清型あるいはPFGE解析によりコレラ菌、腸炎ビブリオなどのビブリオ属菌の分類法を更新あるいは作成し、それらを用いて発生動向調査を行った。特に、近年増加傾向にある腸炎ビブリオO3:K6株が過去に日本国内で発生したものとは明らかに異なること、東南アジアでの流行株と同一と思われるクローンが日本国内において急速に広まりつつあることを明らかにした。
ヒト消化管膜画分へのO139新型コレラ菌の粘着能を定量するアッセイ系の作成に成功し、このアッセイ系を用いてフコース含有糖鎖がO139型コレラ菌の粘着阻害に働くことが明らかになった。さらに腸管出血性大腸菌感染症に対する新規治療薬の候補であるSuper Twigの個体レベルにおけるベロ毒素中和機構を調べ、これが肝や脾のマクロファージによるベロ毒素の解毒を促進することによることを示唆した。これは新しい人工抗体の創出と考えられ、種々の腸管感染症に対する新しい治療法としての利用が有望になった。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-