重症エンテロウイルス脳炎の疫学的及びウイルス学的研究並びに臨床的対策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000518A
報告書区分
総括
研究課題名
重症エンテロウイルス脳炎の疫学的及びウイルス学的研究並びに臨床的対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
岩崎 琢也(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 米山徹夫(国立感染症研究所)
  • 清水博之(国立感染症研究所)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所)
  • 網康至(国立感染症研究所)
  • 奧野良信(大阪府公衆衛生研究所)
  • 塩見正司(大阪市立総合医療センター)
  • 大瀬戸光昭(愛媛衛生環境研究所)
  • 小池智(東京都神経科学総合研究所)
  • 栄賢司(愛知県衛生研究所)
  • 細谷光亮(福島県立医科大学)
  • 石古博明(三菱化学ビーシーエル)
  • 吾郷昌信(丸石製薬)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
2,400,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
エンテロウイルスのうち、ポリオウイルスに関してはワクチン投与により撲滅されようとしているが、これ以外の重篤な臨床症状を引き起こすエンテロウイルスに関しては充分な予防法・治療法が開発されていない。とくに、エンテロウイルス71  (EV71) は1998年に台湾で起きた大きなアウトブレイクにおいて405名が脳炎、無菌性髄膜炎、肺水腫・出血、急性弛緩性麻痺、心筋炎などの重篤な疾患を示し、その予防・対策が重要である。これまでにエンテロウイルス感染の重症度とウイルスの遺伝子的系統間には何の関連性も見つかっていない。このウイルスによる重篤な神経疾患の解明には、疫学的解析、臨床分離株のウイルス学的解析、臨床例の詳細な観察と記録、さらには治療に対する応答、迅速かつ信頼性の高いウイルス検出法の解析、ワクチン候補株の選定と、野生株とワクチン候補株のウイルス感染実験モデルでの解析、さらには抗ウイルス剤の開発とその感染実験モデルでの解析が重要である。本研究事業においては、これらの多岐におよぶ解析を行い、来るべき大流行の予防並びに対策の基盤をなす事を目的として研究を行う。
研究方法
初年度の本年は、手足口病、コクサッキーAウイルス(CA)・エンテロウイルス71 (EV71)・コクサッキーB ウイルス(CB)感染の疫学的解析、EV71感染の動物モデルの開発、PCRを用いた迅速診断法の開発、EV71の感染性クローンの作製、抗エンテロウイルス剤の開発を行った。
結果と考察
1. 疫学的解析:奧野良信(大阪府立公衆衛生研究所)は1982年から2000年までの、大阪府における手足口病患者発生動向調査を行っている。その結果、手足口病は毎年発生していた。その流行のピークはほぼ25週を中心とした夏の時期であるが、EV71による流行年はピークが遅れる傾向が見られた。しかし、冬季にも分離されるEV71, CA16が分離されている。最近10年間では手足口病は5年間隔で大流行がくり返されている。1990・95・2000年の流行ではCA16が、90・00年の流行ではEV71が分離されている。患者の後発年齢は5才以下である。さらに、過去4年間の滋賀県の手足口病の感染症発生動向調査とウイルス分離を行っている。流行は年次により大小があり、さらに滋賀県の各地域によって規模・時期において異なる発生状況を示した。年齢別では、20-29歳の成人女性でも発病していることが確認された。病因ウイルスとしてEV71、CA16型、CA6型が分離されている。具体的には1997年はEV71、1998年はCA16、1999年はCA6およびCA16、2000年はEV71およびCA16が分離され、年次により異なる病原体によるHFMDの流行が観察されている。CA16は3年連続であるが、EV71は1997年に比較的大きな流行があったのち、なか2年をおいて2000年にも流行した。滋賀県全体で定点当たり患者数が50人/定点を超える流行は、1997年、1998年および2000年の3回みられている。しかし、各年次とも必ずしも県全体に多いことはなく、一部の地域が全体をおしあげたかたちで多くなっていた。大瀬戸光明(愛媛県立衛生環境研究所)は愛媛県の2000年夏の3年ぶりにEV71による手足口病の流行について、地域的流行状況、ウイルスの抗原性、遺伝子型の分布、地域住民の血清疫学等を調査解析した。2000年のEV71分離
株には、Genotype AとGenotype Bがみられ、両遺伝子型が混合して流行していたことが判明した。また、両遺伝子型株の免疫血清を用いた交差中和試験では、両株間に抗原性の差異を認めていない。2. エンテロウイルスの神経系の重症感染の臨床的解析:塩見正司(大阪市立総合医療センター)は99年に経験したEV71感染による脳幹脳炎に肺水腫の1例について臨床的考察を行った。この例においては、頸動脈と頸静脈からの人工肺(ECMO)を使用することにより、救命することができている。この例においてはMRIで延髄吻側背側部に小病変が描出され、延髄由来の神経性肺水腫の責任病巣の可能性を示しだしている。また、ECMOの使用により、短期間で肺水腫が改善したこと、血清中のフェリチン、ネオプテリンが高値であったことより、肺水腫が可逆的であり、サイトカンなどの液性因子と関連があることを示唆している。今後、本疾患の治療法、病態解明への重要な知見である。また、手足口病やヘルパンギーナの症状が乏しく、発熱と急性肺水腫で発症した場合はEV71感染との関連性が不明のままに、急死している可能性があり、今後、原因不明の乳幼児急性肺水腫という視点での疫学調査が必要である。3. PCRを用いた迅速検出法の開発:細矢光亮(福島県立医科大学)はエンテロウイルスの神経系組織の感染の臨床的診断に必要とされている高感度でかつ迅速な診断法の確立を目的としてPCRを用いた方法の研究を行った。確立したPCR法は、ウイルス分離法の約1000倍の検出感度を有した。この方法により、ウイルス分離が陰性であった無菌性髄膜炎、および急性脳炎/脳症の患者髄液中に、エンテロウイルス遺伝子を検出し、エンテロウイルスを病因と確定し、神経系エンテロウイルス感染症の診断に極めて有効な方法であることを証明した。石子博昭(三菱化学ビーシーエル)は遺伝子系統解析による手足口病の原因となっているエンテロウイルスのPCRを用いた迅速同定について検討した。CA16の20株とEV71の20株について、ウイルスゲノム上のVP4塩基配列ウイルス遺伝子を増幅し、、増幅DNA断片のVP4塩基配列を解読し、標準株のデータベースとともに遺伝子系統解析を行い、それぞれの株の型同定を試みた。その結果、CA16とEV71の分離株はCA2-8, 10, 16ならびにEV71から構成されるHuEV Aに群別され、それぞれ単独のクラスターを形成した。4. 脳炎患者からEV71分離の試み:米山徹夫、清水博之(国立感染症研究所)は手足口病感染が疑われた13人の患者の検体から、EV71ウイルスの分離を試みた。2人の患者の咽頭拭い液あるいは便からEV71が分離している。血清や髄液からの検体からはウイルス分離はできなかった。分離したEV71のVP4領域の塩基配列を解析した結果、2株ともA-2ゲノタイプに属することが判明した。このA-2ゲノタイプはマレーシアで1997年に流行した手足口病から分離されたEV71と同じグループであった。5. EV71感染性cDNAクローンの確立:小池智(東京都神経科学総合研究所)はEV71の感染性cDNAクローンの作製を試みた。ポリオウイルスをはじめとするエンテロウイルス属のウイルスは感染性cDNAクローンを用いた分子遺伝学的な手法によって大きく進展し、病原性の強弱などがどのように支配されているか明らかにされてきたが、EV71に関してはいくつかの分離株について塩基配列が報告されているに留まり、感染性クローンを使用した解析がなされておらず、その病原性の決定領域も不明のままである。EV71に感染し脳炎を発症した死亡例からの分離株をもとに感染性cDNAクローンの構築を行ない、樹立することに成功した。6. EV71感染の実験動物モデルの確立:岩崎琢也、網康司、清水博之(国立感染症研究所)はEV71の分離5株をカニクイザルの脊髄内に接種し、臨床、病理学的変化を解析した。その結果、接種後の動物は錐体路症状だけでなく錐体外路症状も示し、これは患者症例で確認されたものと同様である。更にEV71殻蛋白に対するウサギ血清を用いて免疫組織化学法により錐体路および錐体外路におけるウイルス感染細胞の局在の検討においては、接種株の差違はあまり認められなかった。このサルの実験系なら
びに感染性クローンの樹立はワクチン株候補の選定、さらには発症病理、治療法の確立に重要な役割を果たすことが期待される。
結論
重篤な神経症状を引き起こすエンテロウイルスについて、本邦における疫学、また現時点で流行しているウイルス株のウイルス学的解析、さらに感染例の臨床・診断、ワクチン候補株の可能性、さらには抗エンテロウイルス剤の開発の目的において、初年度の本年は、手足口病、コクサッキーAウイルス(CA)・エンテロウイルス71 (EV71)・コクサッキーB ウイルス(CB)感染の疫学的解析、EV71感染の動物モデルの開発、PCRを用いた迅速診断法の開発、EV71の感染性クローンの作製、抗エンテロウイルス剤の開発を行った。

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