輸入動物が媒介する動物由来感染症の実態把握及び防御対策に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000516A
報告書区分
総括
研究課題名
輸入動物が媒介する動物由来感染症の実態把握及び防御対策に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 泰弘(東京大学大学院)
研究分担者(所属機関)
  • 増田和茂(成田空港検疫所)
  • 内田幸憲(神戸検疫所)
  • 神山恒夫(国立感染研)
  • 山田章雄(国立感染研)
  • 本藤良(日獣大)
  • 宇根有美(麻布大)
  • 森川茂(国立感染研)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
世界的に新興・再興感染症の発生が増加する傾向にあり、各国ともその防疫体制の確立に努力している。
しかし、感染症対策の最も進んでいる米国でも、1999年にウエストナイルウイルス、2000年に新型アレナウイルス(ホワイトウオーターアロヤウイルス)の流行が報告されている。これらの感染症の多くは動物由来感染症であり、わが国では新しいペットブームの影響で、これまでのペットとは異なる種類の野生動物(エキゾチックアニマル)等が無検疫で輸入されている現状があり、危機管理に対する対応の難しさが懸念されている。しかし、これまで我が国では医学・獣医学分野では動物由来感染症を対象とする教育・研究が十分なされて来なかったため、この分野の感染症に関する研究ネットワークや情報がほとんど欠落している。本研究班では、輸入動物由来感染症について基盤研究を行うとともに、将来の行政対応を考慮し、科学的・組織的実態調査を行い、動物由来感染症防御のためのネットワークと診断、予防システムの確立をはかるべく研究を進めている。
研究方法
①輸入動物調査と侵入動物汚染調査:98年の調査に続き、輸入野生動物の90%が輸入される成田空港で輸入業者に対するアンケート調査を行い輸入実態を把握した。成田空港は野生動物の人獣共通感染症が侵入するリスクが高いことから、この地域に生息するネズミについて病原体の保有状況調査を行いバックグランドデータを得た。
②医師会へのズーノシス調査とハンタウイルス抗体保有調査: 一次アンケートの調査結果にもとずき15疾病の診断状況の明確化、ペット由来感染症の分析等を調査する目的で、二次調査を行った。ハンタウイルスに関してはハイリスクに属すると考えられる鼠族捕獲作業従事者および透析を受けている腎症患者に同意のうえHFRSウイルス抗体および LCMウイルス抗体を測定した。
③Bウイルス基盤研究:Bウイルスはその病原性の危険度から大量のウイルス培養は高度安全実験室(BSL4)が要求されており診断用抗原の調製は困難な状況にある。本年度はBウイルスゲノムのPCRとハイブリダイゼーション法を併用した定量的検出法の開発、及びBウイルスgD蛋白遺伝子発現系を利用した診断システムの開発を試みた。
④クリミア・コンゴ出血熱、狂犬病等に関する基盤技術開発研究:クリミア・コンゴ出血熱ウイルスの組換え核蛋白を抗原とした抗体検出法の開発、システムの評価を行った。狂犬病に関しては米国CDCの協力を得て野生動物を含めた狂犬病の検査方法に関する研究を進めた。
⑤新世界ザルの感染症:コモンリスザル飼育施設で大規模な致死性トキソプラズマ(Tg)症が発生したので、疫学的および病理学的に検索した。トキソプラズマの感染経路を検討するためTgを経口投与し、同居ザルへ水平感染を検索した。また99年に大量輸入されたリスザル群で壊死性胸膜肺炎が流行し、病巣検索からPseudomonous alcaligenes(P.a.)が分離された。感染経路と病原性を検討するため、斃死サルの肺洗浄液を健康なサルに経鼻接種した。
結果と考察
①輸入動物及び侵入動物汚染調査:2000年の輸入動物実態調査をアンケートにより実施し、感染症新法施行後の動物輸入の変化を把握した。施行前と比較して検疫対象動物となった食肉類の輸入が減少し、繁殖した動物の占める比率が高くなる傾向が見られた。国内の流通経路に関しては、商業上の理由から把握できなかった。別のアプローチが必要である。成田空港内で捕獲したアカネズミについて病原体保有状況を検査したところ、少数頭の血清がライム病抗体陽性であったが、作業従事者に感染する恐れはないものと考えられた。
②医師会へのズーノシス調査とハンタウイルス抗体保有調査:医師会に対する二次調査では高率な回答が得られた。確定診断された疾病のうち赤痢、つつが虫病は全国集計数に比し少なく、マラリア、ライム病、日本脳炎の報告数は相似していた。オウム病、デング熱、エキノコックス症は全国集計数より圧倒的に多数診断されていた。また感染源として報告されたペット動物は猫、 犬、鳥類とミドリガメ、金魚などでありその他のエキゾチックアニマルの報告は極く少数であった。ハイリスク対象者についてHFRSウイルスとLCMウイルス抗体測定を行った。LCMウイルス抗体は全員 陰性であった。HFRSウイルス抗体は捕鼠作業従事者は全員陰性であったが、透析患者 224名中3名が陽性であった。今後規模を拡大して調査する必要がある。
③Bウイルス基盤研究:Bウイルスゲノム検出のため、微量検体中からのウイルスゲノムの検出と同時にそのコピー数を定量する簡便なを開発した。さらにBウイルス感染の血清診断法に応用できる安全な抗原を得るため、gD蛋白を発現 させ抗原を作製した。この抗原を用いて従来の方法と比較した結果、有効・安全であることが明らかとなった。
④クリミア・コンゴ出血熱、狂犬病等に関する基盤技術開発研究:バキュロウイルス系を用いて発現させたCCHFV NPを抗原としたELISAおよび間接蛍光抗体法の精度と感度を評価したところ、それぞれの方法で,高い感度と精度で患者血清中抗CCHFV NP抗体を検出できた.抗原エピトープは抗CCHFウイルス抗体を用いたWB法で検討したところ, CCHFV NPのアミノ酸位置201-306番目に相当する中央部に存在することが明らかになった。狂犬病に関しては、直接蛍光抗体法、RT-PCR法、ウイルス分離方法、ウイルス中和抗体の測定を行い、北海道で野生化したアライグマの脳組織と血清を使用した。国内で狂犬病検査を正しく行っていくためにはいくつかの項目について検討する必要がある事が明らかにされた。
⑤新世界ザルの感染症:リスザル飼育施設で、多くの個体にTg症がみられ、急性経過で死亡した。病理学的検索では全身諸臓器にタキゾイトの増殖を伴う壊死性~肉芽腫性炎が観察され、特に肺と肝臓で顕著であった。感染経路を検討するため、リスザルにTgを経口投与し、未接種サルを同居させた。その結果、同居ザルへの伝播がみられた。リスザルはTgに対して感受性および致死率が高く、サル間で水平感染する可能性が示唆された。ペットとして新世界ザルを飼育する際に注意する必要がある。また他の群で、Pseudomonous alcaligenes(P.a.)による壊死性胸膜肺炎により死亡する多くの個体が見られた。感染経路と病原性を検討するため、斃死サルの肺洗浄液をリスザルに経鼻接種したところ斃死した。この流行では大量のP.a.が経気道感染することによって壊死性胸膜肺炎が生じたもの結論され、リスザルにおける壊死性胸膜肺炎の集団発生には、寒冷期の輸送ストレスが深く関わっていると考えられた。
結論
動物由来感染症には(1)現在日本では発生はみられないが重要であり、輸入時に検疫等の対応により侵入防止対策を取る必要のあるものと、(2)国内に侵入している可能性が高いが実体が不明で国内の調査と対応が必要であるもの及び(3)既に国内に存在し動物由来感染症として知られているものがある。(1)の感染症に関しては動物種別危険度をもとにすれば、霊長類と食肉類は共に危険度が高く、また輸入数量的にも検疫対象として手頃なグループといえる。同様のグループとして翼手類がいるがこれからの研究が必要である。齧歯類や鳥類は輸入動物数および動物種数が多すぎて、サルやイヌのように一律に検疫することは不可能である。成田検疫所の調査データなどをもとにして、輸出地域の危険度、当該感染症の流行状況、輸入動物の品質(野生か繁殖個体か)、動物の汚染状況等の観点から、より詳細な分類を行った後で、次回の法改正時に適切な処置を取る必要がある。またこの感染症に関しては、侵入した場合ヒトだけでなく動物に関しても適切な危機管理対応のマニュアルを作成し、予行演習をしておく必要がある。(2)のグループの感染症(HFRS、LCM、ライム病については現在研究班で調査を進めている)に関しては医師、獣医師の間でもまだ十分な認識がなされていない。またサーベイランスを実施するに当たっても、十分な技術開発、技術移転及び診断・検査のためのネットワークが出来ていない。今後特に力を入れて行く必要がある。(3)の感染症については医師へのアンケート調査からわかるように、ある程度の診断体制が出来ている。しかし、より身近にある動物由来感染症でそれほど大きな流行を起こさないものは、感染症新法の第4類からはずれたため実状が把握出来なくなっており、こうした感染症をどのように処理していくかも今後検討しなければならないと思われる。

公開日・更新日

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