薬剤耐性菌発生動向のネットワークに関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000514A
報告書区分
総括
研究課題名
薬剤耐性菌発生動向のネットワークに関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
荒川 宜親(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 岩田 進((社)日本臨床衛生検査技師会)
  • 畝 博(福岡大学医学部)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所)
  • 北島博之(大阪市立母子総合医療センター)
  • 小西敏郎(NTT東日本関東病院)
  • 進藤奈邦子(国立感染症研究所)
  • 武澤 純(名古屋大学医学部)
  • 宮崎久義(国立熊本病院)
  • 山口惠三(東邦大学医学部)
  • 吉田勝美(聖マリアンナ医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
28,300,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
1980年代より、MRSAやVREなど様々な薬剤耐性菌が出現し、院内感染症や血流感染症、術後感染症等の起因菌として医療の現場を脅かす主要な要因の一つとなっている。WHOやCDCは、各種の抗菌薬に耐性を獲得した細菌が全世界的な規模で広がりつつある現状に対し対策を促すため、様々なレベルの警告を発している。例えば、薬剤耐性菌による感染症を、emerging-reemerging infectious diseases の一つとして位置付け、監視と対策の強化のため、2000年にCDCは「A PUBLIC HEALTH ACTION PLAN TO COMBAT ANTIMICROBIAL RESISTANCE」を発表し、米国内の10の政府機関が連携してこの問題に対応しつつある。
既に欧米や我が国のような「医療先進国」では先端医療や高度医療を実施する上で、医療施設内で2次的に発生する薬剤耐性菌による感染症は大きな障碍となっておりこの問題を避けては通れない状況となりつつある。この問題に対し実効ある対策を立てるためには、各々の医療施設における薬剤耐性菌による感染症の実体や動向を正確に把握することが不可欠である。そして個々の医療施設の状況を比較対照とする際の指標・基準となるデータを確保するための「ナショナルサーベイランスシステム」の構築が、重要となっている。米国ではCDCが中心となり200余施設の医療施設の参加でナショナルサーベイランス(NNIS)を実施している。その他、ベルギー、オランダ、英国、フランスなど医療先進国でも同様なサーベイランスシステムが検討されたり構築されつつある。
我が国は、国際的に見た場合にもこれまで抗菌薬の開発の先頭に立ってきたため、海外では未だ一般的ではない新規抗菌薬が多数臨床現場で使用されてきた経過もあり、それら新薬等に対する耐性菌の出現と広がりは、ある面では「先進的」な部分が見られる。したがって、我が国に現実に即した「院内感染対策サーベイランスシステム」の構築が急務となっている。
研究方法
平成9年度~平成11年度の「薬剤耐性菌による感染症のサーベイランスシステム構築に関する研究」(主任研究者:荒川宜親)と「薬剤耐性菌症例情報ネットワーク構築に関する研究」(主任研究者:岡部信彦)における検討結果や試行を踏まえ、平成12年度より「院内感染対策サーベイランス事業」が厚生労働省により開始された。本研究班では「検査部門サーベイランス」、「集中治療部門サーベイランス」、「全入院患者サーベイランス」の3つのサーベイランスについて、それぞれの実施や運営方法、データの集積、解析、還元など様々な段階における検討やチェックを行った。
また、(社)日臨技の微生物研究班により細菌検査、特に感受性試験法の精度管理法の向上を図るため「臨床分離株の薬剤耐性成績調査および各種抗菌薬に対する感受性測定に関する研究」を行った。
3つのグループ毎に各グループに固有の問題を検討する会議が個別に独自に数回持たれた。また、かくグループに共通する課題については合同の検討会議も随時持たれた。
一方、ICUおよび検査部グループとMEDISとによるデータ収集支援ソフトウエアの修正に関する助言を行った。
また、各分担研究者により「サーベイランス」を側面から補強するため、疫学的視点からの検討や、コンピュータシステムの有効利用に関する検討、データの還元方法に関する検討が行われた。
さらに、新生児における感染症の発生動向の把握のための「NICU部門サーベイランス」と術後感染症の把握のための「外科手術部位感染症(SSI)サーベイランス」の2つを新たに事業に加えるための検討を行った。 
(倫理的側面での配慮)
感染症の起因菌の種類や感受性試験結果に加え感染症患者のIDや生年月日、入院日、基礎疾患名、感染症名など患者個人の情報がデータベースに蓄積されるが、個人名は含まれず、したがって、中央のデータベースの情報から逆に個人を特定することはできない。しかし、データの管理と取り扱いについては、十分な配慮を行っている。
結果と考察
1. データの集積と解析、還元方法に関する点検
a. データ入力支援ソフトの動作の点検
平成9~11年度の研究班での検討を踏まえ作成されたデータ入力や編集、修正のためのデータ「入力支援ソフト」の動作が正しく行われているかについて、事業を実施する中で各参加施設から寄せられた質問や指摘事項を整理し、MEDISによりプログラム上のエラーが点検され修正された。具体的には、コードの脱落や重複の解消、操作性の改善などの点での改善が行われた。
b. データの構造に関する点検
各施設から提出されたデータが、MEDISのコンピューターシステムにより正しく読み取れるか否かの点検が行われた結果、以下のようなトラブルが確認されたため改善が行われた。
例1) 検査部門サーベイランスでは、省力化のため自動細菌検査システムなどからのデータの自動取り込み(変換)が行えるようにしたため、データの枠、長さ、仕切などについてエラーが発生した施設もあり、修正すべき点を各々の施設に対し個別に指摘した。
c. データの集計や解析に関する点検
データの集計プログラムにおける様々なバグなどのため、最初の粗集計結果には様々な問題点が認められた。
例1) 検査部門サーベイランスでは、感性、耐性の判定用ブレークポイントの設定ミスなどの初歩的なミスから、図表の作成方法のミスなど様々なレベルのミスが確認されたが、ワーキンググループ会議で個別に検討を行い、2000年12月段階でほぼ修正が完了した。
例2) 集中治療部門サーベイランスでは、予後の記入が無い場合、正確な判定が得られないなどの問題点が発生したが、転帰が発生した場合、遡って記入し報告することにより、集計結果に反映することが可能となるように改善された。
例3) 全入院患者サーベイランスでは、MRSA感染症の患者数の実数を集計するのみでは疫学的な観点から不十分であると判断されたため、総入院患者数を分母に置いて、「感染率」を把握し経時的な増減を把握する上での指標の一つとする事となった。
2. 各サーベイランス部門毎の検討
a. 「集中治療部門サーベイランス」グループは、NNIS/CDCに準拠した感染リスクで調整された感染率、及び、APACHE IIにより層別化された患者の生命予後に及ぼす耐性菌/感性菌/非感染の影響を検討した。その結果、耐性菌の感染が患者転帰を悪化させている事実が示唆された。(武澤 純分担研究報告書参照)
b. 「全入院患者サーベイランス」では、26の医療施設の参加協力により、MRSA、VREメタロ-β-ラクタマーゼ産生グラム陰性桿菌、緑膿菌などによる感染症患者の情報を収集した。データを集計・分析した結果感染症の起因菌としては MRSAが圧倒的に多数(94.5%)を占めている事が確認された。詳細は、分担研究報告書(宮崎久義)を参照
c. 「検査部門サーベイランス」は、血液と髄液から分離される細菌について、菌情報を中心にサーベイランスの実施と分析を行った。その結果、血液、髄液分離菌の上位はともにブドウ球菌属が占めていたが、血液分離菌では、大腸菌や肺炎桿菌、緑膿菌などのグラム陰性桿菌が上位菌種にランクされ、セラチアなども比較的高位にランクされ、血流感染症起因菌として今後警戒する必要がある事が示唆された。(山口惠三 分担研究報告書参照)
d. (社)日臨技による抗菌薬感受性調査
薬剤感受性試験法の技術の普及や精度管理の向上を目的として、(社)日臨技の微生物研究班の協力により臨床分離菌の薬剤感受性(耐性)調査が、引き続き行なわれた。過去の集計結果を合算して解析が行われ主要な臨床分離菌において薬剤感受性状況が把握された。(岩田 進 分担研究報告書参照)
2. その他の個別調査・研究等
その他、サーベイランスを実施する上で重要な、関連研究が行われた。
a. ターゲットサーベイランス
サーベイランスの疫学的精度の向上のために、SSIとCentral Line-Associates BSIを材料にターゲットサーベイランスが検討された。(畝 博 分担研究報告書参照)
b. コンピュータ管理システムの応用
院内感染症対策のためのコンピューター管理システムについて検討が行われ、日常と事なる事態の発生を早期に抽出する方法としてデータマイニングサーベイランスシステム(DMSS)が有用であることが示唆された。(吉田勝美 分担研究報告書参照)
c. 解析結果の還元方法に関する研究
集計結果を、参加医療機関および一般に還元する方法について検討が行われ、一般への情報公開は感染症情報センターのホームページから行う事、および図表の具体的なレイアウトなどについて検討が行われた。(岡部信彦、進藤奈邦子 分担研究報告書参照)
d. 手術部位感染症(SSI)サーベイランス
SSIのサーベイランスの事業化に向け検討が行われた。(小西敏郎 分担研究報告書参照)
e. NICU感染症サーベイランス
NICU感染症のサーベイランスの事業化に向け検討が行われた。(北島博之 分担研究報告書参照)
米国のNNISは、全米の200数十施設の参加により院内感染症のサーベイランスを実施している。欧州各国も、同様のシステムを構築しつつあり、オランダやベルギーでは電子化されたネットワークによりサーベイランスが進められている。我が国の医療施設はその規模や医療内容、情報管理システムが多様でありこれまで統一した形式に基づくサーベイを実施することは困難であったが、2000年7月から「院内感染対策サーベイランス事業」が開始され、実際に実施されつつある。薬剤耐性菌問題や院内感染対策への参加施設の関心は高く、海外のサーベイランスシステムをしのぐ成果が得られるサーベイランスの構築を目指したい。
検査部門サーベイランスでは、将来的にはデータの取り込みを全自動化する方向を目指している。そのために、細菌検査システムの製造メーカーに対しサーベイランス用のデータファイル構造を公開し、その規格に適合した形式でデータを出力する機能をシステムに移植する事を依頼し、複数の製造者はその方向で対応を進めてきた。次のステップとして、その点についての打ち合わせなどを再度行い、データの転換時のエラーの発生が少ないデータ変換方式の整備と確立を検討する必要がある。
ICUグループは、患者を重症度別に層別化した上で、感染症の有無、耐性/感性別に患者予後を比較検討しその影響を評価することを目指している。その結果、感染症を起こした場合は予後が悪く、さらにそれが耐性菌によるものの場合、在室日数や在院日数の延長と供に、予後が一層悪くなる可能性が示唆された。今後、ICUに於ける感染症を回避するために重要な因子が何であるかなどの分析を行い、ICUにおける感染症発生率の低下に貢献する要因を明らかにすることが可能となる事が期待される。
全入院患者サーベイランスでは、感染症の起因菌の圧倒的多数がMRSAによるものであることがあらためて確認された。しかし、緑膿菌や肺炎桿菌などのグラム陰性菌による感染症も少なからず報告されており、年間のデータを集計する時点でMRSA以外の細菌(耐性菌)による感染症の発生率を把握することが可能と思われる。しかし、病院全体についてのみならず、科別、基礎疾患別の感染率等を導き出せるよう、科別、基礎疾患別の患者数を把握する必要があり、それらの情報を如何に効率良く収集するかを検討する必要がある。
院内感染対策サーベイランス事業の精度を向上させるためには、細菌検査・薬剤感受性検査の精度管理、感染症の診断基準の整備の2点が重要であり、平成13年度の検討課題とする必要がある。
本事業の平成12年7-9月期の季報の集計結果の概要に関する解説を参考資料に示す。
結論
平成12年度から開始された「院内感染対策サーベイランス事業」の実施と運営を支援するための研究班活動が行われ、当初、事業の実施にあたり大小様々な問題が発生したが、それらは概ね克服され、今後、事業の質的な向上を目指した研究班活動に移行することとなった。 

公開日・更新日

公開日
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更新日
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