日本住血吸虫等世界の寄生虫疾患の疫学及び予防に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000512A
報告書区分
総括
研究課題名
日本住血吸虫等世界の寄生虫疾患の疫学及び予防に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
太田 伸生(名古屋市立大学)
研究分担者(所属機関)
  • 青木克巳(長崎大学熱帯医学研究所)
  • 朝日博子(国立感染症研究所)
  • 川中正憲(国立感染症研究所)
  • 小島荘明(国際医療福祉大学)
  • 嶋田雅暁(長崎大学熱帯医学研究所)
  • 田邊将信(慶應義塾大学)
  • 二瓶直子(国立感染症研究所)
  • 平山謙二(埼玉医科大学)
  • 松田肇(獨協医科大学)
  • 門司和彦(長崎大学医療短期大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
24,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
世界の住血吸虫症対策の実効が上がっていない事実の背景には、この寄生虫感染症流行の成立要因に医学生物学的因子ばかりでなく、自然環境、文化および社会経済的因子の関与が大きいことがある。本研究では、従来の住血吸虫症対策の方法論を多方面からの視点に立って再検討し、その改善と強化を図る一方で、ワクチン、診断法開発や新しい流行監視法の導入など方法論の新規開発・導入を進めることにした。また、国内的問題として輸入住血吸虫症の実態調査、地理情報システムを用いた国内の旧流行地での中間宿主貝生息モニター調査の試みなどを行ない、わが国の感染症対策への貢献を目指すこととした。得られる成果からは、WHOが緊急の対策課題と認定した住血吸虫症制圧の世界戦略にわが国からの発信情報として利用されることとなる他、地球環境変化による各種感染症の分布拡大への対応体制も整備されることが期待される。
研究方法
本研究は3つのアプローチから進められた。「従来の武器の再検討」として青木、嶋田、門司、川中の各分担者が担当し、流行地での衛生教育の実施方法、駆虫効果の評価法、中間宿主貝対策など、既存の対策法の改善強化を進めた。ケニアのビルハルツ住血吸虫症流行地において、地域住民が住血吸虫症の流行をどのように認識し、その疾病対策の必要性を正しく認識してもらうために如何なるアプローチが可能かについて検討した。
また、対策事業の効果をモニターする上で必要な流行推移測定の数理モデルの開発を行なった。川中は環境毒性回避という殺貝剤開発上の問題克服を目指して、自然植生由来抽出物のスクリーニングを行なった。
第2のアプローチは「新しい武器の開発導入」で、太田、平山、朝日、小島、田辺が分担した。感染症克服の最も強力な武器はワクチンであるが、日本住血吸虫症が人獣共通感染症であることから、家畜など保虫宿主動物対策に用いうるワクチンの実用化を目指し、パラミオシン、カルパインのワクチン効果を動物実験で検証した。ワクチン効果の機構解明のため、マウス好酸球の住血吸虫幼虫殺滅効果を調べた。住血吸虫症の病態発現機構の解明とその予防法開発を目指して、慢性症状発症を直接制御する宿主T細胞応答の解析をin vitroで実施した。さらに宿主リポタンパクの住血吸虫症の病態発現への影響をin vivoで検討した。
「国内の監視体制の維持強化」が第3のアプローチで、松田、太田、二瓶が分担した。海外の住血吸虫症流行状況に関する情報整備が重要であるという認識の下で、東南アジアの住血吸虫症情報の把握に努めた。輸入住血吸虫症患者発生の動向把握の必要性もあることから、アンケート調査も計画した。中間宿主貝の生息自体は本症制圧の決定要因ではないが、生息動向は対策法運用の上で重要な情報となる。二瓶は地理情報システムの中間宿主貝モニタリングへの応用検討のために、国内の旧流行地におけるミヤイリガイ分布の調査を行ない、環境因子の解析を行なった。松田は国内産ミヤイリガイの外国株日本住血吸虫に対する感受性や、感染貝検出へのPCR法応用などを検討した。
これら3つのアプローチから得られる結果を、年2回の合同班会議で討議し、その情報交換と研究調整を行なった。
結果と考察
住血吸虫症流行地住民の疾病認識、それに基づく行動、情報シェアなどは対策に最も重要な資料であり、衛生教育の効果にも直接に反映する。ケニアの流行地では住血吸虫の存在が住民の健康にどのような被害を与えているかの客観資料を得るために、尿の細胞診をパパニコロウ分類で行ない、癌細胞、異形細胞の頻度を観察した。エジプトではビルハルツ住血吸虫流行と膀胱癌の相関が証明されているが、ケニアでもこの寄生虫の分布地域では癌細胞検出頻度が有意に高く、その病害が確認された。住民の住血吸虫症流行の認識様態とその下での行動様式を調査し、住民の感染の有無の結果と比較検討した。
住民の自覚症状を調査したところ、かなり正確に症状と感染の因果関係を関連づけうる認識を行なっており、それらは行動様式にも反映されていた。住血吸虫感染と有意な相関を示す生活・行動様式として5項目を同定することができ、これらを衛生教育の重点事項とする方向性が示された。諸対策実施による流行状況推移を判定する数理モデル確立のために、deterministic approachとstochastic approachlの比較を行なったところ、後者の方が実際の流行状況を反映することがわかった。しかし、感染幼虫の宿主体内への侵入個体数は、単なる偶然が与える影響が大きいことが示唆された。その場合は疫学調査から得られる感染状況のデータ自体も偶然の結果が大きく作用することになり、数理モデル確立の困難を確認させる結果であった。殺貝剤開発に関しては、エジプトに自生しているAnagallis arvensis由来のサポニン成分が高い殺貝効果を示した。ヒトに対する毒性は直接血管に入らない限り考えにくいが、その他の環境毒性に関しては十分な解明までには至っていない。
保虫宿主に用いて住血吸虫流行を低減させるワクチン開発として、日本住血吸虫のパラミオシンとカルパインの効果をin vivoで調べた。パラミオシンは分子精製も順調に進行したので、ブタを用いた実験を実施した。すでにパラミオシンの感染防御効果をブタで実証していたが、その再現性の確認と免疫スケジュールの検討、アジュバントの効果の検討などを確認する実験であった。総計21頭のブタを調べた結果、今回の実験ではWHO基準のワクチン効果は確認することが出来なかった。その原因についてはアジュバントの機能、宿主ブタの条件、免疫スケジュール、その他の技術的エラーなどの可能性があり、検討を継続する必要がある。一方、カルパインはマウスでの実験の段階であるが、WHO基準をクリアする40%の感染防御効果に加えて、住血吸虫成虫の産卵数を減少させ、病理所見も有意な改善を示したことから、従来のワクチン候補抗原には見られなかった感染防御と発病防止の両機能を持つワクチンとなりうることがわかった。ワクチン効果の機序に関しては従来から好酸球の関与が示唆されてきたが、マウス好酸球はラットの場合ほどの殺幼虫効果はなく、ヒトとマウスとで住血吸虫に対する異なった防御免疫機構があると考えられた。住血吸虫症の病理発現機序には宿主CD4+ T細胞の関与が不可欠であるが、そのT細胞応答の誘導分子の同定とその応答制御による発病抑止を通じた治療法開発にむけてマウスのマンソン住血吸虫症をモデルに検討した。B6マウスのT細胞が認識する虫卵抗原として62KD及び26KD分子を同定し、そのアミノ酸構造を決定し、レコンビナント分子を作製した。さらにその認識エピトープを決定し、病理発現調節への応用を検討中である。
病態発現に関わるリポタンパクの検討から、痙攣誘発分子CILIPが同定され、その分子解析を実施した。ヒトの住血吸虫症病態との関連は未知の問題であるが、その可能性を引き続いて検討中である。
国内の監視体制整備のための研究として中間宿主貝の生息モニター調査の結果が得られて来た。中間宿主貝生息密度を規定する地理情報を山梨県の旧流行地で調査し、土地利用、植生、水利などの情報を加味した定点観測を行ない、有効な中間宿主貝モニター法を検討した。このようなアプローチは各々の流行地の地理特性に左右される因子が大きいが、PCR法による感染貝検出法などを組み合わせることによって、今後の貝のモニタリングの重点検討地域の推定が可能になる。その他、アジア地区のメコン住血吸虫症と日本住血吸虫症の流行調査について最新のデータを収集した。直接これらの住血吸虫が持ち込まれる危険はないが、海外渡航者の安全のために、正確な情報提供と診断、治療の体制整備の必要があると思われる。
結論
住血吸虫症の対策法について3つのアプローチから検討した。流行地住民の住血吸虫症についての認識と行動から衛生教育のあり方の提言に有用な情報を得た。流行の数式モデル解析は困難であるが、偶然に左右されないパラメータの選定が必要である。ワクチン開発は再現性確認の面で困難があるが、新しいワクチン開発が順調に進んだ。住血吸虫症の監視体制をより信頼性が高く、かつ簡便なものに改良することも進め、地理情報システムの有効性が確認された。

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