マラリアの病態疫学、流行予測及び感染動向に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000511A
報告書区分
総括
研究課題名
マラリアの病態疫学、流行予測及び感染動向に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 守(群馬大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 狩野 繁之(国立国際医療センター研究所)
  • 片貝良一(群馬大学工学部)
  • 相川 正道(東海大学総合科学技術研究所)
  • 竹内  勤(慶應義塾大学医学部)
  • 桑野 信彦(九州大学大学院医学系研究院)
  • 鳥居 本美(愛媛大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
25,700,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
(1)現在までのマラリア流行地の調査により、マラリアの流行している地域では、流行状況が非均一に分布していること、そのため、同一地域内でもマラリア罹患者の病態が多様性に富み、ある者はマラリアに抵抗力を示し、ある者は重症化することが観察された。このようなマラリア疫学の実態は意外にも知られていない。1992年にWHOにより宣言された新しいマラリア対策指針を推進させるためには、病態疫学調査を進め、マラリアに罹患した場合に重症化する住民と軽症で済む住民との分布図を作成し対策計画をたてる必要がある。そのためには重症化を反映するマラリア抗原エピトープおよび抵抗性を反映するエピトープを特定し、住民の血清との反応を計測することが必要となる。現在までに熱帯熱マラリア原虫の持つエノラーゼに対して産生される抗体と結合するエピトープ部位はコンピューターによって特定され、今年度の研究により4種類のポリペプチドが合成されている。本研究は用意されたポリペプチドを流行地患者(抵抗性)と日本人患者(感受性)とに反応させ、病態疫学調査法の基礎をかため、一部流行地の現場と連絡しながら小規模パイロットスタデイを進める。この結果、新しいWHO計画を現地において科学的に推進させる方法が開発されることになる。(2)新しいマラリア対策計画においては、マラリアによる死亡率を低下させることに最も高いプライオリティを与えている。したがって重症マラリアについて検討を加え、最終的に医師不足の流行地の現場でいかなる対処をすべきかにつき、科学的根拠に基づいた指針をだす必要がある。本年度は、タイの研究者との共同体制により、重症マラリア患者から採取した血清を使い重症化したマラリア患者の病態につき解析し、重症マラリアに対処する科学的根拠をあきらかにすることを目的とする研究が進められた。この研究計画の中から(1)による方法論を応用し重症マラリアの病態を反映する何らかの物質の分子設計、それに基づく病態疫学上の応用も生まれてくるものと思われる。薬剤耐性マラリアに対処するために新薬の開発計画があるが、新薬を開発するための資金が莫大で時間もかかるため、巨大メーカーが次々に手をひいていった現実がある。本研究班においては敢えて新薬開発を目的とせず、現在までに使用が承認された薬剤の中で、マラリア以外の治療に使用されている薬剤に焦点をあて、特にクロロキン等に耐性を示すマラリアに対して効果があるか、あるとすればその機序はなにかについて調べること、また既存の認可された薬剤の中から、耐性を除去する作用を示す薬剤を選び出して、その効果、作用機序についても検討すること、以上を研究目標とした。(3)マラリアワクチン開発研究は、現在なお世界の研究者がしのぎをけずって競争している分野である。分担者鳥居による三日熱マラリア伝播阻止ワクチンは、タイの流行地において採取された三日熱マラリア原虫を使用して効果を確かめるまでに研究が進展できた。小規模野外試験に踏み切る可能性もみえてきた。本研究班の目玉ともいえる実績であるのでさらに流行地での試験実施をめざして検討を進める。
研究方法
(1)マラリア病態疫学のアセッスメントを行うためのマラリア原虫分子を特定する研究については、流行地住民の血清によりその反応性を調べながら進めている。特定された分子について、コンピューター解析により分子構造モデルを想定し、そのモデルから活性部位を特定し、特定された部分を合成する方法がとられている。(2)熱帯熱マラリアに罹患したタイの患者から血清を得て、プロスタグランディン、トロンボキサンを測定し、重症度との関連性をしらべた。(3)クロロキンに対して耐性を示すマラリア原虫から、耐性を除去する研究において使用されている薬剤は、蟯虫の駆除薬として小児に対して広く使用され、安全性も確認されたピペラジンおよびその誘導体である。蛇咬症に使用され、薬剤耐性癌細胞の耐性除去作用の確認されてお
り、安全性においても問題のないセファランチンについても耐性除去作用を調べた。テトラサイクリン系の薬剤は半世紀の使用により安全性に関する資料は十分揃っている。マラリア治療においては、現在ドキシサイクリンが一般的につかわれているが、われわれは、ミノサイクリンの効果についてin vitro の系で調べた。(4)マウスとPlasmodium yoeliiの系できわめて、有望な結果をえたので、三日熱マラリア原虫のオーキネート表面タンパクを組み替え技法で用意し、伝播阻止実験をおこなった。
結果と考察
流行地住民の病態疫学を調べるための合成抗原が4種類用意され、その抗原を使ってマラリア患者血清との反応性を調べたところ、重症度との関連性について、一定の成績がえられた。タイの重症マラリア患者血清中のプロスタグランディン、およびトロンボキサンチンの追跡測定結果により、重症マラリアの極期に何れも上昇し、患者が治癒過程に入ると、正常化する事実時が判明した。この知見は、マラリア重症化の機序を解明する上で重要である。この結果を病態疫学の解析に応用させ、全体を整合性のある研究計画として仕上げる予定である。薬剤耐性マラリアから耐性を除去する方法については、一定の結果をえたが、さらに癌やリーシュマニア症の薬剤耐性の機序、耐性除去の情報を応用することが必要である。ミノサイクリンの抗マラリア作用は、本剤の脂質親和性のため他のテトラサイクリン系薬剤よりもまさっている。実用化に最も近い実績となったのでメーカーや流行地との連携により実際の治療応用をはかる予定である。三日熱マラリア伝播阻止研究については、I~IVまでのPhase と時期を設定し、日本およびタイの倫理委員会を通した上で、流行地でのテストを視野にいれる。
結論
本研究班の研究理念は1992年にアムステルダムにおいてなされたWHOの宣言を基盤としている。かつて進められたマラリア対策の基本方針は、マラリア原虫の保有率を指標にして流行地のハマダラカ制圧対策を主体とすることにあった。しかしその方針による対策計画の限界が次第に明らかになり、むしろ「病」としてのマラリアに対処することを優先させることになり、そのため流行地の病態疫学といういままでにない概念を導入する必要性が生じ、さらに重症マラリアに対する対処を医療体制の劣悪な流行地の現場でどのように進めるかが問題となった訳である。本研究班はこれらの問題に正面から対面し、上記において報告してきた結果を得た。最も現場での利用の近い研究課題が、流行地の病態疫学調査に一定の意味のある抗原も合成できたが、さらに別の抗原との組み合わせを試みて正確な資料が整えられるよう次の計画を推進させている。現在えられている抗原を同時並行の形で使い、流行地住民の調査を進める予定である。マラリアの薬剤耐性に対処する研究においては、耐性除去に有用な薬物については、薬剤耐性の機序解明を含めて実用化の可能性の高い既存の薬剤を検討しているが、最も現場での利用の近い研究は、ミノサイクリンの臨床応用と思われる。近い将来に一定の結果が出せることと思われる。ワクチン物質の効果判定については、Phase I~IV までのステップが詳細に決められているので、これに従って効果判定の検討が進められることになる。タイにおいてはすでにワクチンの野外試験が行われたので、野外試験の実施に困難はない。

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