エキノコックス症の監視・防御に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000510A
報告書区分
総括
研究課題名
エキノコックス症の監視・防御に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
神谷 正男(北海道大学)
研究分担者(所属機関)
  • 金澤 保(産業医科大学)
  • 田村正秀(北海道衛生研究所)
  • 伊藤 亮(旭川医科大学)
  • 野崎智義(国立感染症研究所)
  • 伊藤 守(実験動物中央研究所)
  • 土井陸雄(横浜市立大学)
  • 小山田隆(北里大学)
  • 福本真一郎(酪農学園大学)
  • 佐藤直樹(北海道大学)
  • 神谷晴夫(弘前大学)
  • 松田 肇(獨協医科大学)
  • 二瓶直子(国立感染症研究所)
  • 佐々木信夫(北海道大学)
  • 伝法公麿(藤女子大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
34,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
北海道ではエキノコックスの主たる終宿主であり、人への感染源であるキツネの感染率が過去10年間で急激に増加しており、さらに飼い犬が感染していることもわかってきた。また、1999年に青森県で感染豚が確認されて本州への侵入・定着が危惧され、エキノコックスを巡る状況は深刻化している。現在までの人を対象としたエキノコックス対策では汚染地拡大は全く防ぐことが出来ず、感染源対策の確立が急務である。本研究は、終宿主対策に関する研究が主となるが、さらに、人への感染経路の解明、人の診断・治療の改善、および本州におけるエキノコックス症調査と監視体制の構築を含む総合的エキノコックス症対策の確立を行う。
研究方法
総合的エキノコックス症対策を確立するために以下の項目について研究を行った。
1)駆虫薬散布による感染源対策
北海道小清水町で行ってきた駆虫薬散布による感染源対策を駆虫薬散布時期を限定して継続し、糞便内抗原・糞便内虫卵数により効果を評価した。また、大量生産を念頭に入れた駆虫薬入りベイトの改善も検討した。さらに、根室市でも駆虫薬散布を開始した。
2)北海道における動物間流行の解析
キツネおよび野ネズミの個体群変動および感染率の推移、さらに地理情報システム(GIS)等を導入し、エキノコックス症の地理的空間的資料の収集と解析を行った。また、札幌市におけるキツネの営巣状況とエキノコックス感染状況を調査し、小樽市ではキツネおよびタヌキの剖検調査を実施した。
3)感染源としての伴侶動物の位置づけ
エキノコックス終宿主診断法である糞便内抗原検出法と糞便内虫卵検査法により、伴侶動物の感染状況調査を実施した。
4)本州におけるエキノコックス媒介動物の調査
青森、関東甲信越地方および九州地方でキツネなどのエキノコックス終宿主およびネズミ等の中間宿主の剖検および糞便内抗原による調査を行った。また、同地方のブタの感染状況の調査を行った。
5) 北海道から本州への伝播要因の検討
北海道から本州へ持ち込まれた捕獲動物の感染状況、および青森-北海道間のフェリーから採取した土砂に含まれるエキノコックス虫卵を調べた。
6) エキノコックス症動物モデルの検討
エキノコックス終宿主での再感染防御機序の解析および中間宿主での免疫病理学的検討を行うための動物モデルの検討を行った。
7)感染危険因子の推定
エキノコックス症に対する危険因子を解析するため、患者75名へのアンケート調査および既存資料の疫学的解析を行った。
8)地域医療への取り組み
エキノコックス症に関する住民意識の研究と予防の啓蒙の準備を行った。
9)人診断法の改善
人の血清診断法の改善と診断用抗原の特定、精製を行った。
10)駆虫薬開発
駆虫薬開発のための生化学分子生物学的研究を行った。
結果と考察
1)駆虫薬散布による感染源対策
駆虫薬散布によってエキノコックスの虫卵による環境汚染が軽減できることが示され、駆虫薬散布は長期間の実施が必要であるが、散布回数や散布時期などを制限して効果的な散布が可能であることも示唆された。また、駆虫薬入りベイトの航空機散布のための準備(調査地の選定、視察、資料収集、散布方法や時期の検討など)を行った。同時に、水産廃棄物を再利用した駆虫薬入りベイトの有効性が示された。根室市での散布実験は評価中である。
2)北海道における動物間流行の解析
キツネの感染率は上昇傾向にあるが、疥癬の流行によりキツネの生息数が減少した。一方野ネズミは周期的な個体群変動を示す。これらの変動とエキノコックス感染率の関連を検討している。また、第一次検診資料により患者の空間解析を実施し、地理的特徴を明らかにした。また、北海道の植生指数(NDVI)図を検討し、キタキツネの個体数変動に関する基本関数を試作した。
札幌市の市街地では10箇所でキツネの繁殖が確認され、4箇所でエキノコックス糞便内抗原陽性便が確認された。小樽市ではキツネ52頭(60.5%)、タヌキ3頭(12.0%)からエキノコックスが検出された。このように、人口密集地で感染キツネが確認され、従来とは異なる新たな発生状況が示唆された。
3)感染源としての伴侶動物の位置づけ
北海道のイヌ、ネコからまた本州へ移送されたイヌからエキノコックス陽性例が認められた。また、北海道有珠町の陽性例は、有珠山噴火に伴って放し飼いにされた犬であり、感染ネズミを捕食したことを意味する。したがって、伴侶動物についても厳重な注意が必要であることが示された。
4)本州におけるエキノコックス媒介動物の調査
キツネ、タヌキなど終宿主は青森県、関東甲信越地方で調査したが感染個体は発見されなかった。また、中間宿主であるネズミ類も青森県および関東甲信越地方で調査したが、感染個体は発見されなかった。さらに、エキノコックス流行の指標動物として重要であるブタを青森県、関東甲信越地方、九州地方で調査したところ、青森県では肉眼的に多包虫の感染を疑わせる病巣が検出された。この際、検査用CD-ROM「エキノコックス症-特に感染ブタの病巣について」を作成し、関係検査機関等の利用に供した。また、九州では、イノシシについても調査したが、感染個体は発見されなかった。
5) 北海道から本州への伝播要因の検討
北海道から青森の剥製業者へ持ち込まれたキツネ1頭に感染を認めた。フェリー内の土砂については、現在まで多包条虫卵は見つかっていない。
6) エキノコックス症動物モデルの検討
紫外線照射による原頭節の弱毒化法を確立した。また、スナネズミの各種免疫担当細胞(血小板/巨核球、T細胞、MHC class II、Thy-1.1)に対するモノクローナル抗体を作成した。これらは、エキノコックス感染動物の免疫病理学的解析に役立つ。
7)感染危険因子の推定
エキノコックス症に対する危険因子をアンケート調査で解析したところ、年齢は60、50歳代が多く、男女差はなかった。患者のほとんどはキタキツネの生活圏と職域が交錯し、酪農業従事者、漁業従事者、土木作業員の感染の危険性が高かった。さらに、今後の画像解析に資するべく、エキノコックス症血清反応陽性・擬陽性者の分布を経年的に画像化した。
8)地域医療への取り組み
地域医療の立場から、石狩市において地域住民を対象としたエキノコックス症予防に関する効果的な衛生教育を実施するため、資料収集と保健所の調整を計った。
9)人診断法の改善
多包虫幼虫組織より抗原遺伝子を獲得し、アクチンモジュレーター蛋白(AMP)、サイトビリン(Em10)、グルタチオンS転移酵素(GST)の組み替え蛋白を作成したところ、多包虫症診断においてEm10が最も優れた感度および特異性を示した。
また、すでに多包虫症の確定診断法として信頼性が高いEm18抗原について、遺伝子組み替え抗原を作成し、その性状解析によって特異抗原をほぼ特定した。
10)駆虫薬開発
多包虫から増殖に関連するプロテアーゼが検出され、治療および診断に有用であることが示唆された。また、駆虫薬およびワクチン開発に必要なエキノコックスの増殖に関連する因子遺伝子の探索にC. elegans線虫由来のプローブが有用である可能性が示された。
結論
北海道小清水町における感染源対策の試行によって、駆虫薬散布により虫卵による環境汚染を軽減できることが明らかとなった。また、水産廃棄物を利用した駆虫薬入りベイトの開発には水産資源の再利用、地域産業の振興とゼロエミッション化が期待される。地理情報システム等を用いたエキノコックスの動物間流行の解析は、効果的な駆虫薬散布戦略を実現するために不可欠な情報として期待される。
一方、飼い犬などの伴侶動物が感染していることが明らかとなり、その中には北海道から本州へ移送されたイヌが含まれる。また、青森では、エキノコックスが疑われる病巣がブタから発見されており、さらに、北海道から青森に移送されたキツネがエキノコックスに感染していたことがわかり、これらの状況を考えると、今後も本州の監視体制は継続する必要がある。伴侶動物の感染は、ヒトへの感染源として重要であり、予防策を早急に講じる必要があることは言うまでもないが、今後、北海道からの伴侶動物の移動の制限や移動前の駆虫の義務化等も検討課題として重要である。
ヒトにおける対策としては、予防、診断、治療があげられるが、感染の危険因子の解析は不明な点が多いヒトへの感染経路の解明につながり、効果的な予防対策の実現が可能となる。診断法の改善は、ヒトの正確な感染状況を提供するばかりでなく、現在の複雑なエキノコックス症スクリーニング検査法に置き換わることで、行政の負担が軽減され、地域医療に貢献する。また、プロテアーゼや遺伝子などエキノコックスの基礎生物学の解析は駆虫薬やワクチン開発につながり、さらなる発展が期待される。

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