インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000505A
報告書区分
総括
研究課題名
インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の疫学及び病態に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
森島 恒雄(名古屋大学)
研究分担者(所属機関)
  • 富樫武弘(市立札幌病院)
  • 水口雅(自治医科大学)
  • 横田俊平(横浜市立大学)
  • 田代眞人(国立感染症研究所)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所感染症情報センター)
  • 奥野良信(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 宮崎千明(福岡市立あゆみ学園)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
26,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
前年度の単年度調査(インフルエンザ脳炎・脳症に関する研究、H11-新興-57)において本症が小児を中心に全国的な規模で発症し、極めて重篤な予後を示すことが明らかになった。これらの結果に基づき、今年度新たに研究班を組織し、全国調査の継続、病態の解明、病理学的な解析、治療・予防法の確立、国際共同研究の推進などを目的とし、本研究を行った。
研究方法
本研究では、2000年1~3月の間に発症した患者について厚生省保健医療局結核感染症課において実施された一次調査、109例について詳細な二次アンケート調査を行い、本症詳細を明らかにすることを試みた。また、病態の解明のため病理検討会を国立感染症研究所感染病理部との共催で開催し、全国の剖検症例について解析検討を加えた。一方、わが国における本症の多発を解明するため、諸外国、特に米国及び東アジアにおけるインフルエンザに伴う急性脳炎・脳症について国際共同研究を行うこととした。具体的には米国CDC及びインフルエンザの専門家に米国における本症発症のモニタリングを依頼した。また、次年度に予定している症例対照研究について、両国で協議を開始した。
結果と考察
2000年二次調査結果の概要
2000年1~3月のインフルエンザ脳炎・脳症全国二次調査の症例は91例(男子46例、女子45例)と、前年に比べ発症数は約半数と低下したが、ほぼインフルエンザの流行の規模に一致していた。ウイルス株はA・H1ソ連型とA・H3香港型が主で、B型はほとんど認められなかった。A・H3香港型の発症頻度がやや高い傾向が認められた。患者は1歳をピークに5歳以下が大半であり、また、致命率は約30%であった。患児の最高体温の分布は40度台が最も多く、39度台がそれに次いだ。痙攣を伴う患児は71.6%と多く、また、嘔吐30.7%、頭痛15.9%、見当識障害11.4%、出血傾向6.8%、幻視・幻覚2.3%などが特徴的であった。予後の悪化の指標となる検査については血小板数の低下、AST/ALT/LDH/NH3/Crの上昇が予後悪化の因子であった。また、白血球の上昇、プロトロンビン時間の延長及び高血糖も予後悪化の予測因子となりうる。脳CT所見については低吸収域を示す症例、また急性期、著明な脳浮腫を示す症例の予後は悪かった。
病理学的検討
本症の病理検討会を2回にわたり実施し、その結果、全例に高度な脳浮腫を認め、一方、脳内に炎症細胞の浸潤は認められなかった。また、脳内にウイルス抗原は検出されなかった。血管透過性の亢進を示す所見が得られ、一部の症例では血球貪食症候群の病理像が認められた。
解熱剤の影響について
今年度、91症例の検討の中からジクロフェナクナトリウムが明らかに致命率を上昇させる結果を得た。一方、アセトアミノフェンについては昨年度同様、致命率を上昇させる傾向は認められなかった。これらの結果を厚生省及び小児科学会に報告し、対策を依頼した。その詳細については別紙の報告書に記載した。
病態について
本症の病態については不明な点が多いが、サイトカインの高値(血中及び髄液中)、血管内皮細胞の傷害などが特徴的であった。ウイルス学的には現在までのところ神経毒性の強い変異ウイルスの出現は認められていない。また、本症はわが国において多発する傾向があるが、HLAなどの検索では特徴的な結果は得られていない。次年度、さらに研究を推進する必要がある。
治療・予防について
治療についてはまだ有効な治療法は確立していない。しかし、本年度調査では抗ウイルス剤(アマンタジン)の投与が予後の改善に役立つ可能性が示唆された。また、重症例の治療法についてはインフルエンザ脳炎・脳症治療研究会において多施設共同研究が進行中である。昨年度の調査では、発症例の中でワクチンの接種者は認められなかった。しかし、今年度の調査では3例がワクチンを接種しており、うち2名が死亡する結果を得た。したがって、ワクチンが本症の予防に効果的であるか否かについては、さらに検討を続ける必要がある。
国際共同研究について
わが国における本症の多発について、その原因を調べるため、米国CDCの疫学専門官及び米国のインフルエンザ・ライ症候群の研究者らと協議を開始した。その結果、米国からは少数例の本症類似の患者が報告があった。しかし、発症頻度についてはわが国と大きな差が認められた。今後、症例対照研究を国内で実施し、その中に米国専門家の意見を取り入れるなど、国際共同研究をさらに進めていきたい。
結論
2000年1~3月のインフルエンザ脳炎・脳症全国二次調査の結果は前年に比べ、発症数は約半数と低下しているものの、ほぼインフルエンザの流行の規模に一致して発症が見られた。ウイルス株はA・H1ソ連型とA・H3香港型が主で、B型はほとんど認められなかった。致命率は約30%と前年と同じであり、その他の臨床症状、検査結果についても、ほぼ同様の結果であった。また本症の予後に対する解熱剤の影響についてはジクロフェナクナトリウムが有意に致命率を上昇させる結果が得られ、また、その他のNSAIDsについても今後、注意深く影響を見守る必要があろう。アセトアミノフェンについては前年度及び今年度、2年にわたり本症の予後の悪化傾向は認められなかった。本症の病態としてはまだ不明な点が多いが血清中及び髄液中に高いサイトカイン濃度が認められた。また病理学的検討などで、血管透過性の亢進が明らかになった。すなわち血管及び血管内皮細胞の障害が確認された。一方、脳内にウイルス抗原は認められなかった。諸外国との共同研究はまだ開始されたところであり、結論的なことはいえない状況であるが、欧米、特に米国での本症の発症率は低いと予測される。本症の治療法の確率については現在、多施設共同研究がインフルエンザ脳炎・脳症治療研究会により進行中であり、次のインフルエンザシーズンまでに何らかのガイドラインがまとめられる予定である。

公開日・更新日

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