感染症診断・検査手法の精度管理並びに標準化及びその普及に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000500A
報告書区分
総括
研究課題名
感染症診断・検査手法の精度管理並びに標準化及びその普及に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
倉田 毅(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉倉廣(国立国際医療センター研究所)
  • 加藤一夫(福島県衛生公害研究所)
  • 岡部信彦(国立感染症研究所)
  • 田代眞人(国立感染症研究所)
  • 宮村達男(国立感染症研究所)
  • 渡辺治雄(国立感染症研究所)
  • 倉根一郎(国立感染症研究所)
  • 佐多徹太郎(国立感染症研究所)
  • 荒川宜親(国立感染症研究所)
  • 牧野壮一(帯広畜産大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 新興・再興感染症研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
38,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、感染症は国民の健康にとり益々大きな脅威となっている。感染症の発生情報を正確に把握し、その結果を国民や医療関係者に的確に提供することは、感染症の制圧に向け最も重要な方策の一つである。新たに、施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」においては、73疾患について報告が義務づけられている。診断にあたっての臨床所見の重要性は言うまでもないが、血清および病原体診断の確定診断における持つ意義は大きい。血清や髄液中の特異抗体を調べる方法としてELISA、HI法、中和法等が用いられるし、一方、病原体診断においても病原体分離やPolymerase chain reaction (PCR)等種々の方法が用いられる。しかし、診断方法の選択は施設ごとに異なっている場合が多い。さらに、同様の方法を用いていたとしても、多くの場合全国的に標準化されたものではなく、精度、特異性やレファレンスは施設ごとに異なっていることが多い。このことは、種々の感染症の発生に関する情報の信頼性を損なうことにもなりうる。本研究においては、このような問題を解決するために、上記73疾患を中心として、以下の4点を目的として行うものである。(1)各感染症に対する血清および病原体診断法を確立、あるいは再検討する、(2)広く行われている診断・検査法については標準化、精度管理のシステムを構築する、(3)診断・検査法を全国的に普及させるための基礎資料を作製する、(4)検査法マニュアル作製の基礎資料を作製する。
研究方法
本研究は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に含まれる73疾患や新たな感染症のうち診断・検査法検査法の開発、精度管理と標準化が遅れているものを対象として、以下の3点を目的として行うものである。(1)各感染症に対する血清および病原体診断法を確立する、(2)診断・検査法について標準化、精度管理のシステムを構築する、(3)診断・検査法を全国的に普及させるための基礎研究と、検査マニュアルの作製のための基礎研究を行う。
1.診断・検査法の新たな開発、および再検討に関する研究:以下、各病原体ごとに、感染症研究所・地方衛生研究所の担当者によるグループを作り対応する。1)各感染症に対する血清診断法を確立する。すでに、確立されているものについては、その再検討を行う。2)各感染症に対する病原体診断法を確立する。すでに、確立されているものについては、その再検討を行う。3)「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に含まれない感染症についても適宜、血清診断法と病原体診断法を確立、再検討を行う。
2.精度管理と標準化に関する研究1)感染症研究所・地方衛生研究所の担当部局において、各診断・検査法の精度を確認する。2)国際標準との整合性をとりながら、診断・検査法の標準化を行う。3)標準サンプルの維持、供給のためのレファレンスシステムを構築する。4)精度維持のためのシステムを構築する。
3.診断・検査法の普及に関する研究:感染研、地方衛生研究所、病院検査室、大学、民間検査所への普及1)感染研、地方衛生研究所、病院検査室、大学、民間検査所への診断・検査法の普及のための、講習会や実習のシステムを構築する。2)診断・検査マニュアルの作製を行う。3)新しい診断・検査法や方法の変更を上記各機関に伝達し、逆に質問、問題点の指摘を受ける連絡システムを構築する。4)上記1及び2の成果をもとに診断・検査マニュアルの作製のための基礎資料を作製する。
倫理面への配慮:ヒト検体を使用する場合は、研究の目的、方法、研究対象者の不利益、リスクとその排除について十分説明し、インフォームドコンセントを得た上で行う。
結果と考察
1.診断・検査法の開発/精度管理と標準化
1)細菌関係:・S. Typhimuriumは、特に子供、老人等に敗血症を起こす感染性腸炎の一つであり、近年多剤耐性化傾向が強い。特にファージファDT104と呼ばれる菌系が多剤耐性化している。それらの遺伝型について調べた結果、ほとんどがACSSUTと呼ばれている5剤耐性を持ち、その耐性遺伝子群がタイプI型のインテグロンにより運ばれていること、およびBlnI-PFGEの解析から我が国に存在するDT104は起源的に同一と考えられるクローンであることが明らかになった。これらの結果から、DT104を検出する検査法としては、クラスI型インテグロンのPCRによる検出と、BlnI-PFGEをもちいた解析が有効であることが示唆された。今後その標準化を目指す(渡辺)。・薬剤耐性菌:平成11年から施行された「感染症新法」ではMRSA、VRE、PRSP、薬剤耐性緑濃菌による感染症が第四類感染症に指定され、感染症患者の報告が定点あるいは全数報告されている。本研究ではカルバペネムに耐性を獲得した緑濃菌やセラチアなどの薬剤耐性菌、特に臨床で最も多用されている広域β-ラクタム薬に耐性を獲得した肺炎桿菌や大腸菌などの臨床分離菌が、どのような耐性遺伝子を保有しているかを判定するため、PCR解析の際の陽性コントロールとして用いるTEM-型ESBL、SHV-型ESBL、CTX-M-型βラクタマーゼ、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼの遺伝子を保有する参照株の選定と各々の耐性遺伝子を検出する特異的PCRプライマーを設定した。各々を組み合わせてPCR解析を行った場合、特異性や再現性が高い結果が得られることが確認され、その結果、国内の臨床分離株において、SHV-型ESBL産生菌やCTX-M-型β-ラクタマーゼ産生菌、IMP-1型メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌を識別することが可能となった(荒川)。・炭疽菌:炭疽菌は世界で恐れられてきた伝染病、炭疽の原因菌である。炭疽菌は容易に大量の芽胞菌体として精製できるので、紛争が起こると常に生物兵器のための病原菌として恐れられてきた。即ち、人為的に起こりうる伝染病と言える。同時に、海外では動物やヒトでの自然発生も毎年数多く報告されている。この原因は炭疽菌芽胞による汚染常在地の存在による。わが国でもかつては発生が多く見られたので、炭疽常在地が多くあると考えられるので、人為的原因による発生も考慮して、炭疽に対する警戒および防疫上の対処は常に必要である。しかし、我が国は炭疽に対しては発生が無いことから無防備であるといえる。炭疽の診断・検出技術は、農林水産省が炭疽が家畜法定伝染病に指定されていることから、獣医学領域では不完全ではあるが標準化している。しかし、ヒトの炭疽に関しては、標準的な診断・検出方法は全く無いのが現状である。そこで、・炭疽菌の検出法の確立、・炭疽菌の検出法の標準化、・炭疽の診断法の標準化を目的として炭疽菌の細菌学的検査法、血清学的診断法および遺伝子増幅法(PCR)による迅速検出法の確立のため今年度は、炭疽に罹患した場合を想定して、マウスをモデル系として炭疽を迅速に検出する方法について検討した(牧野)。
2)ウイルス関係:・アルボウイルスの血清診断法:節足動物媒介性ウイルス(アルボウイルス)による感染症の多くは熱帯および亜熱帯地域において流行している。このうちフラビウイルスは特に問題となり、デング熱・デング出血熱は輸入感染症としてすでに脅威になりつつある。さらに西ナイル熱、黄熱等も将来脅威となりうると考えられる。これらフラビウイルス感染症に対して早急に実験室診断法の確立と標準化を行い、各研究機関へ技術移転を行うことが対策として重要である。IgM捕捉ELISAによる特異的IgMの検出はフラビウイルスに対する主要な血清診断法であるが、本研究においては、フラビウイルス交叉性単クローン抗体を用いたIgM捕捉ELISAを確立し、血清診断における有用性を確認した。フラビウイルス交叉性単クローン抗体を用いることにより、アッセイ法の標準化が容易になる。さらに、いずれのフラビウイルスに対するIgM捕捉ELISAの確立もウイルス抗原を代えることにより可能であり、今後新たなフラビウイルスに対する血清診断法の確立にも応用しうる(倉根)。・インフルエンザ:インフルエンザウイルスの同定・抗原解析および血清学的診断に広く用いられている赤血球凝集抑制試験(HI)試験については、従来から我が国で行われてきた標準法(いわゆる予研法)のHI抗体価の表示方法が、現在国際的に通用しているWHO方式とは異なっていた。更に、これをWHO方式に変更するために出された通知が不徹底であり、かえって国内において不統一が生じ、各方面に大きな混乱を招いたそこで各方面と協議を行い、平成12年初頭にWHO方式への統一を図った。今回、その後の国内におけるインフルエンザHI抗体価の表記方法の実態を検討した結果、概ね順調にWHO方式に統一されており、大きな混乱は起こっていないことが示された。しかし、旧方式を記載した出版物が依然市販されており、新方式に関する検査手技マニュアルが未刊であることが、今回の変更を不徹底なものにしている。今後、新方式に根拠を与える検査手技マニュアルを早急に刊行する必要がある(田代)。・下痢ウイルス:下痢症の大きな原因であるノーウォークウイルスの構造蛋白領域の5'末端(300bp)を増幅し、その遺伝子の塩基配列を解析してノーウォーク様ウイルス(NLV)を同定し、分類した。遺伝子系統解析から、いまだ発現していないGenogroup Iの1種類、Genogroup IIの3種類、計4種類のウイルスについてウイルス様中空粒子(VLP)を作製した。VLPに対する高力価血清を作製し、糞便材料から合計12血清型のNLVを検出するEIAを開発し評価した(宮村)。
3)感染病理:生検剖検組織を用いたウイルス感染症の病理学的診断および研究の方法について、実際の症例を検討する中で明らかにした。剖検眼組織を用いた免疫組織化学によりHSV-1抗原を特異的に検出することにより、Progressive outer retinal necrosisの病因ウイルスとして水痘帯状疱疹ウイルスではなく、HSV-1でも起こることを明らかにした。また非細菌性咽頭扁桃炎32例および口腔咽頭炎5例の扁桃生検組織を用いた免疫組織化学、in situ hybridization法、PCRさらに血清学的検討により、伝染性単核球症と臨床症状が共通するものの、EBV非初感染でもEBVによる咽頭扁桃炎・口腔咽頭炎が起こることを明らかにし、さらに臨床的鑑別を可能とする臨床所見の解析を行い、その特徴を明らかにした(佐多)。
4)感染症情報と診断:分担研究者の所属する感染研感染症情報センターでは、疾患サーベイランスとともに病原体サーベイランスを行っている。平成12年度には、個別患者および集団発生ごとの個票がオンラインで情報センターに集め、全国で分離された病原体に関し疾患別、病原体別、発生状況別などについて検体採取日順に並べた一覧表を作り、これを厚生省WISHネットに掲載するようにした。保健所、地研などではこれらの集計された還元情報が速やかに得られるようになった。一般への情報提供としては、これらのうち重要と思われるものについて随時図表化するなどして、ホームページ上に掲載するようにした。感染研内あるいは研究班などで診断・検査マニュアルの作製が行われたものについて、その方法を速やかに広く伝える必要があると思われるものについては、情報センターのホームページ上で、これを掲載するようにした。検査法に関する講習会、実施などについては、現在感染症情報センターにおいて、全国あるいは各地を対象とした感染症危機管理研修会の開催などを行った(岡部)。
2.診断法の精度管理と普及:「新感染症予防法」では病原体サーベイランス疾患として、咽頭結膜熱、百日咳、ヘルパンギーナ、手足口病、麻疹、インフルエンザ、無菌性髄膜炎等15疾患があげられている。これらの検査は地方衛生研究所が主なる役を担うことになる。さらに2、3、4類感染症の中でも発生頻度が高く流行規模の大きくなる感染症についての検査機能の強化が求められている。またその各種方法の標準化と、精度管理は充分に保証されている状況にはない。本年度は病原体診断法の標準化のため21病原体につき複数の研究所間で研究協力を行い検査法の検討を行った(加藤)。
結論
本年度の研究において細菌関係ではS. Typhimuriumの耐性遺伝子、薬剤耐性遺伝子検出、および肺炎桿菌、大腸菌等の臨床分離株中の耐性遺伝子検出(PCR)系、炭疽菌の迅速検出系を改良、確立した。またウイルス関係ではアルボウイルス特にフラビウイルスのIgM捕捉ELISA系を確立した。さらにインフルエンザウイルス感染においてはHI抗体価の表記方法について、WHO方式への統一を図った。下痢症ウイルス特にノーウォークウイルスの構造蛋白を増幅し、genotypeの異なる4種のウイルス株中空粒子(VLP)を作製し、それらに対する高力価血清を用いて12種の血清型を検出するEIA法を開発した。ウイルス感染病理学的にはウイルス感染剖検・生検組織におけるVZV、HSV、EBVのウイルス遺伝子、ウイルス抗原検出系を確立した。以上の診断系開発に加え地方衛生研究所においては主としてウイルス、細菌学の診断系の普及を図った。今後さらに感染研・地研および関連機関に感染症新法における感染症の病原体および血清診断の迅速化と高感度化とその普及を目指す必要がある。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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