各種疾患の治療に役立つヒト抗体の単離調製に関する研究

文献情報

文献番号
200000489A
報告書区分
総括
研究課題名
各種疾患の治療に役立つヒト抗体の単離調製に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
黒澤 良和(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 高橋元秀(国立感染症研究所)
  • 千葉 丈(東京理科大学)
  • 奥野良信(大阪府立公衆衛生研究所)
  • 白木公康(富山医科薬科大学)
  • 野崎真敏(沖縄衛生研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
治療薬としてヒト抗体が存在すれば役立つことが期待される疾患を対象にヒト抗体を単離調製する。従来は様々な抗原に対して自由にヒト型の抗体を得る方法は存在しなかった。しかし、ファージディスプレー法及びヒト抗体を産生するトランスジェニックマウスの作製によりヒト抗体を単離することが可能になった。今後、治療薬としてヒト抗体が使われる対象疾患は飛躍的に増大することが予想されるが、本研究では、抗原調製が可能であること、抗原結合能がある多数の抗体の中から中和活性等の治療薬としての活性を測定して選択する方法が確立していること、更に治療薬としてのヒト抗体が使用され、治療効果が確実に期待できる疾患を対象とした。具体的には、病原菌の分泌する毒素(ジフテリア毒素、破傷風毒素、百日咳毒素、ベロ毒素、ボツリヌス毒素)、水痘帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルス、麻疹ウイルス、インフルエンザウイルス、B型肝炎ウイルス、それにハブ毒素である。それぞれの対象ごとに数種の中和抗体を単離し、それを完全なIgGヒト抗体をコードする遺伝子に変換して動物細胞に導入した後、抗体分泌細胞を得てヒト抗体を産生―精製する。その中和活性を正確に測定するまでを本プロジェクトの達成目標とする。
研究方法
本研究は高橋グループ(各種毒素)、千葉グループ(B型肝炎ウイルス)、白木グループ(水痘帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルス)、奥野グループ(インフルエンザウイルス)、野崎グループ(ハブ毒)が抗原の調製、抗体の中和活性の測定を担当し、抗体ライブラリーのスクリーニング、ヒト抗体への変換と発現―調製を黒澤グループが担当するという分業協力体制で実施する。最初は1997-1999年度に実施した厚生科学研究事業で作製されたAIMSライブラリーを用いてパニング法で抗体を単離する。その方法では充分な中和活性を示す抗体が得られない場合に、対象抗原の性質にあわせて個別に対処し順次様々な工夫を行うこととした。具体的にはAIMSライブラリーの中に充分高い活性を示す抗体が含まれていると期待されるのに、それが採れない例(インフルエンザ等)では、スクリーニング法に変更を導入する。AIMSライブラリーに含まれる抗体よりはるかに性能の優れたヒト抗体の存在が予想される例(B型肝炎ウイルス等)ではAIMSライブラリー以外に別のライブラリーを作製することにした。又、VH単独ドメインで抗原に結合する特異な性質をしたラクダ抗体ライブラリーを使用する場合もある。ラクダ抗体ではCDR3領域が突き出した形をしているので、酵素活性を持つ毒素に対しては中和抗体を得易い可能性が高く、その場合はラクダ抗体として得た後、そのCDR3部分のみをヒト抗体の中に移植するヒト化を計画している。
結果と考察
ジフテリア毒素の場合は、ワクチンとして使用されている無毒化されたトキソイドをチューブに付着し、AIMSライブラリーを混合して、抗原―抗体複合体をつくらせ、抗原に結合したファージ粒子を回収して再度大腸菌に感染させて増殖させる。このパニング操作を3回ほど繰り返すと、ジフテリア毒素に結合するファージ抗体が濃縮されるので、最終段階でファージをクローン化した後、個別に抗原結合活性をELISAで測定する。抗原結合力のあるクローンについては数10個単離して塩基配列の決定を行って分類する。異なる種類の抗体全てについてFab型抗体を発現―調製し、ジフテリア毒素中和活性を測定した。この一連のプロセスが標準型でジフテリア毒素中和抗体の場合は、強い中
和活性を示すもの1種、弱い中和活性を示すもの数種が得られた。そこで強い中和活性を示す抗体については遺伝子レベルで完全なIgG型ヒト抗体をコードできる形に変換し、それを動物細胞に導入して形質転換株を得て、その中から抗体を分泌している細胞を得る。10mg/l程度の抗体を分泌する細胞を得るための発現ベクターの構築及び一連のシステム構築を終了した。
破傷風毒素についても上記したジフテリア毒素と同じ過程を経て数種の中程度の中和活性を示す抗体を単離した。この抗体の中和力が治療薬として充分であるかどうかについてはIgG型抗体に変換した抗体の中和活性を測定してから判断する。最初単離される抗体はFab型で一価であり、二価のIgG型抗体とは中和力が非常に異なる例も多い。AIMSライブラリーの場合、数10名のヒト手術除去材料が抗体遺伝子の主たるソースなので、それぞれがどのような免疫学的経歴の人の集団であるかに大きく影響されている。ジフテリア、破傷風、百日咳に関しては3種混合ワクチン接種が広く行われており、それを反映すると考えられる抗体セット(相互に突然変異の導入がある関係)が単離された。それと比較するとベロ毒素、ボツリヌス毒素に対する中和抗体を単離するにはさらなる工夫が必要と考えられる。
水痘帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルス、麻疹ウイルスについては健常人の多くが中和抗体を有している。それでも抵抗力が衰えている、免疫抑制状態である、中和抗体を持たない等様々な条件下に置かれた患者が多数いて、治療薬としての中和抗体の必要性は高い。AIMSライブラリーの性質からみてこれら3種についても優れた性能の中和抗体が多く含まれると予想された。水痘帯状疱疹ウイルスの場合は、期待通り強い中和活性を示す抗体が数種単離された。パニング法で抗体を単離する場合に抗原の状況が成否に大きく寄与する。水痘帯状疱疹ウイルスでは抗原(gE、gH)がそれぞれ別々に精製されており、gHに結合する抗体の中から中和活性を示すものが得られた。サイトメガロウイルスでは抗原が数種のタンパクの混合物になっており、抗原全体に対するELISAでは結合活性のある抗体が得られているが、中和活性は弱い。今後、抗原の精製又はスクリーニングの改良、もしくは活性を高める操作が必要となる。
抗原の性状が問題になる最も極端な例がインフルエンザの場合であった。インフルエンザに対する中和抗体はヘマグルチニン(HA)に結合する抗体の中にある。しかし、一般にインフルエンザワクチンとして使用されている市販品の中でHAは相対的に量が少ない成分で核タンパク(NP)が圧倒的に多い。このことはスクリーニングする際に2重の効果をもたらす。AIMSライブラリーの中にも抗NP抗体が多く、用いる抗原自身にもNPが多い。そこで最初の試みでは全て抗NP抗体しか単離されなかった。そこで抗NP抗体を除く操作を加えることにより4種の中和活性を示す抗HA抗体が単離された。インフルエンザの場合、抗原性が少しずつ変化していくという問題があり、なるべく多くの中和抗体を単離することによって中和抗体レパートリー全体像を知ることも目標においている。そこで抗原をビオチン標識する方法の開発を進めている。
B型肝炎ウイルスに対しては強い中和活性を示す抗体を有している人がおり、その人達の協力を得てAIMSライブラリー以外にライブラリー構築を行い、性能の優れた抗体を得ることを予定している。AIMSライブラリー以外を抗体ソースとすることについてはハブ毒も似た状況にある。ハブに何回か咬まれてハブ毒に対して高い中和活性を示すヒトが本研究に協力してくれることになっている。一方で、我々はラクダ抗体ライブラリーの作製に成功した。ラクダ抗体ではH鎖単独で抗原と結合し、CDR3が突き出た構造になっている。そこで酵素活性を示すタンパク(毒素の多く)を抗原とすると、その作用部位に入り込む抗体をお単離できる可能性が高い。その構造上の特徴からラクダ抗体単離後ヒト化する予定である。
以上のようにそれぞれの抗原ごとに異なる方針を含めて対処して最初の計画通り多くの感染症に対して治療薬としてのヒト抗体を単離調製する。
結論
病原菌が放出する毒素、病原性ウイルス、ヘビ毒に対してそれぞれ中和する能力があるヒト抗体を治療薬として作製することが本研究の目標である。1年間の研究でどのようにすれば中和抗体を単離できるか、方針が出揃った。あと2年間でなるべく多くの疾患を対象に、それぞれ中和力のある数種のIgG型ヒト抗体を単離―発現―精製する予定であり、この目標達成の実現性は高いと判断している。

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