人工血小板開発研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000485A
報告書区分
総括
研究課題名
人工血小板開発研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
池田 康夫(慶應義塾大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 末松誠(慶應義塾大学医学部)
  • 村田満(慶應義塾大学医学部)
  • 半田誠(慶應義塾大学医学部)
  • 谷下一夫(慶應義塾大学理工学部)
  • 武岡真司(早稲田大学理工学部)
  • 池淵研二(北海道赤十字血液センター)
  • 長澤俊郎(筑波大学臨床医学系)
  • 鈴木英紀(東京都臨床医学総合研究所医薬研究開発センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 高度先端医療研究事業(人工血液開発研究分野)
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
90,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
血小板輸血は、癌・造血器腫瘍などの治療や、外科手術における欠くことの出来ない補助治療法として非常に重要である。しかし、血小板輸血には解決すべき2つの大きな課題がある。一つはその需要の増加と血小板の短い保存期間(72時間)の為に起こる供給不足・緊急時供給体制の不備であり、他はウィルス感染症をはじめとする輸血後副作用の発現である。これらの課題を解決し得る人工血小板・血小板代替物の開発・臨床応用は、21世紀の医療の当然目指すべき方向といえる。常時使用可能な人工血小板・血小板代替物を開発することは、血液事業の効率化のみならず、緊急災害時の備えという観点からも重要である。この様な背景のもと、本研究班は人工血小板・血小板代替物の創製とその実用化を目指した基礎研究を行う。
研究方法
[①血小板膜糖蛋白固相化リポソームの作製とその機能解析] 
CHO細胞を用い、vWF受容体蛋白(GPIbα)、コラゲン受容体蛋白(GPIa/IIa)を培養上清中に可溶性蛋白として大量に回収し、その精製蛋白をdetergent dialysis法で調製したリポソームに結合させ、それぞれrGPIbα-リポソーム、rGPIa/IIa-リポソーム、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームを作製した。その機能解析はrhodamineで標識したリポソームのtype Iコラゲンへの粘着をフローシステムで蛍光顕微鏡を用いて観察し、得られたビデオ画像により、定量的解析を行った。
[②rGPIbα、rGPIa/IIa、fibrinogenを担持するアルブミン高分子重合体の調製とその機能評価] 
リコンビナントアルブミンを用い、pHと温度の変化により、分子間にジスルフィド結合を作り、粒径が数十nmから数十μmまでのアルブミンマイクロスフェア(AMS)を調製した。これにrGPIbα、rGPIa/IIa、fibrinogenを結合させた。これら各種AMSの機能評価は、リポソームと同様、流動状態下で行った。
[③流動状態下における血小板・血小板相互反応の解析] 
流動状態下で血小板間相互反応をみる目的で、フローチャンバー内に一層かつ均一に粘着した血小板基板を作成し、全血またはリポソーム、AMSを含む再構成血を環流させ、蛍光顕微鏡下で観察し、解析した。
[④人工血小板・血小板代替物の止血能評価と生体内挙動の検討] 
(1.止血能評価)F344近交系雄ラットにγ線7Gyを照射し、種々の程度の血小板減少ラットを作製、人工血小板・血小板代替物の止血能評価として、投与前後の出血時間をラット尻尾を用い、シンプレート法で測定した。
(2.生体内挙動の観察システム)ラット腸管微小循環系を用い、蛍光色素CFSE(carboxylfluorescein diacetate succinimidyl ester)により生体染色された血小板の高速度高感度撮像を得た。rGPIbα-リポソームについては、rhodamine標識し、同様に観察した。
(倫理面への配慮)代替物の止血能検討の為の動物実験に際しては、次のそれぞれの施設における規定(慶應義塾大学:実験動物委員会倫理規定、筑波大学:動物実験取り扱い規定)の承認を得て、動物愛護に十分な配慮を行い、適切な処置を施した。
結果と考察
[①rGPIbαrGPIa/IIa、fibrinogen結合アルブミン高分子量体の調整] 
アルブミンマイクロスフェア(AMS)の大きさは2?3μmまで粒径を制御して作成することが可能であった。平成11年度に作成したrGPIbα-AMSに加えてrGPIa/IIa-AMS、fbg-AMSが作成され、その機能評価が主として流動状態下で行われた。
[②候補人工血小板/血小板代替物の流動状態下における機能解析] 
rGPIbα-リポソームは、コラゲンに結合したvWFに可逆的、一過性に粘着し、その粘着量はずり速度依存性であった。一方、rGPIa/IIa-リポソームは、コラゲンに強固に粘着するが、高ずり速度下では、その粘着は著しく減少する。同様の結果がrGPIbα-AMS、rGPIa/IIa-AMSでも得られた。rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームは、高ずり速度下でも効率良く強固にコラゲンに粘着した。fbg-AMSは、低ずり速度下ではあるが、作成された血小板基板上にGPIIb/IIIa特異的に集積することが確認された。
[③止血能評価と生体内挙動の検討]
平成11年度にrGPIbα-リポソームが中等度の血小板減少ラットでは、輸注後の出血時間を短縮させることを報告したが、rGPIbα-rGPIa/IIa-リポソームについて同様に検討したところ、未だ検討回数は少ないが、出血時間の延長という意外な結果が得られた。 
ラット腸管膜微小循環を用いrhodamine標識rGPIbα-リポソームの挙動を高速度、高感度ビデオシステムで観察することが可能となった。rGPIbα-リポソームは、流血中でヒト血小板と相互作用は起こさず、ヒト血小板と同様、動脈側での偏在分布が観察された。
[④考察]
人工血小板・血小板代替物開発の第一歩として血管損傷部位のコラゲンに特異的に粘着し、止血機能を発揮し得る人工物を作製することを目的に研究が開始された。人工担体として生体適合性に優れ、機能蛋白を導入し易いものとしてリポソーム、アルブミン高分子量体(AMS)を選択し、本年度は特にサイズが制御可能なAMSの調整法が確立され、rGPIa/IIa-AMS、fbg-AMSについてその機能解析も行われた。rGPIbα-リポソーム、rGPIa/IIa-リポソーム、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームの中で、高いずり速度下において効率良くコラゲンに強固に粘着するものは、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソームであった。それぞれの蛋白を単独で導入したリポソームは可逆的、一過性の粘着であったり(rGPIbα-リポソーム)高いずり速度下での粘着が著明に低下する(rGPIa/IIa-リポソーム)などであった。rGPIbα-リポソーム、rGPIbα-rGPIa/IIa-リポソームについて血小板減少ラットを用いてその止血能が評価された。rGPIbα-リポソームの投与により中等度血小板減少ラットにおいて出血時間の短縮がみられる例もあった。しかし、rGPIbα-rGPIa/IIaリポソームの投与後、出血時間はかえって延長した。これはリポソームがコラゲン表面に特異的に粘着し、残存血小板のその部位への集積を妨げた為と思われた。しかしこのことによって、コラゲンを標的に血管損傷部位に特異的に集積する人工粒子が作成された事が確認されたと言える。しかし、効率よく止血能を発揮させる為には、リポソーム、AMSを介して、血小板の集積を促進させることが必要であり、その為にfbg-AMSが作成された。fbg-AMSは、in vitroの系において一層に粘着した血小板基板上にGPIIb/IIIa特異的に集積することが示された。平成13年度以降は、血管損傷部位に特異的に集積するリポソーム、AMSに凝集機能を附加する為にフィブリノゲンの固相化が計画されている。即ち、生体内に残存する患者血小板と人工物が凝集塊を形成し得るようにデザインされた新たな人工血小板・血小板代替物の創製の計画である。血小板凝集に必須の粘着蛋白としてGPIIb/IIIa複合体のリガントとなるfbgを遺伝子組み換え体として精製し、rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソーム、AMSに固相化する。それにより血管損傷部位に特異的に集積したリポソーム、AMSに残存する血小板がリクルートされて凝集塊を形成し、リポソーム、AMSの止血機能が一層増強されることが期待される。
これまでの研究により、人工血小板・血小板代替物開発をリードする独創的な方向性が明示され、今後の開発研究での課題もより具体的な形で理解されるようになった。本研究班は、その特徴として高分子化学・流体力学・微小循環学・血栓止血学の基礎理論を重視することで学際的な開発研究を進めて来ており、その成果が着実に得られている。
結論
rGPIbα、rGPIa/IIa-リポソーム、AMSが流動状態下において血管損傷部位に露出するコラゲンに特異的かつ、効率よく集積することが明らかとなった。しかし、止血能を十分に発揮させる為には、これら人工粒子上へ残存する血小板を効率よく集積させる工夫が必要であり、その意味でこれら人工粒子上へフィブリノゲンを固相化することが試みられている。血小板膜糖蛋白を担持するリポソーム、AMSの創製は、人工血小板開発の有力な手段であることが初めて示され、これを基盤として凝集機能、血液凝固促進活性を附加させることで、臨床上有用で実用化し得る人工血小板開発が可能であることが強く示唆された。

公開日・更新日

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更新日
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