神経遺伝病の新しい治療法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
200000470A
報告書区分
総括
研究課題名
神経遺伝病の新しい治療法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
鈴木 義之(国際医療福祉大学)
研究分担者(所属機関)
  • 大野耕策(鳥取大学)
  • 衛藤義勝(東京慈恵会医科大学)
  • 松田潤一郎(国立感染症研究所)
  • 樊 建強(東京都臨床医学総合研究所)
  • 石井達(うすき生命科学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
酵素欠損による代謝異常が明らかにされた神経遺伝病、特に遺伝性ライソゾーム病を対象として新しい治療法を開発することを目的とする。特に変異蛋白質の細胞内活性化のために、基質や反応産物に類似の構造を持つ低分子化合物をケミカルシャペロンとして用い、変異蛋白質の細胞内安定性を高め、活性発現を試みることである。ファブリー病、β-ガラクトシドーシス(GM1-ガングリオシドーシス、B型モルキオ病)、ゴーシェ病の3種の病気を対象として、α-ガラクトシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、β-グルコシダーゼを活性化する低分子化合物のスクリーニング、有効な薬剤の薬効検定を行った。
研究方法
ヒトβ-ガラクトシドーシス、ファブリー病、ゴーシェ病の患者由来の培養皮膚線維芽細胞と、ヒトβ-ガラクトシダーゼを発現するノックアウトマウスの培養線維芽細胞を用いた。個体実験にはβ-ガラクトシダーゼ欠損ノックアウト・トランスジェニック複合組替えマウスの作成を試みた。変異α-ガラクトシダーゼには1-デオキシガラクトノジリマイシンの変異特異性を調べた。β-ガラクトシダーゼとβ-グルコシダーゼに対する新しい薬剤開発のために、ヒトまたはマウス培養細胞を用い、化合物のスクリーニングを行った。β-ガラクトシダーゼに対しては、市販化合物である1-デオキシガラクトノジリマイシン、N-ブチルデオキシガラクトノジリマイシン、D-ガラクタール、2-デオキシ-2-フルオロ-D-ガラクトース、6-デオキシ-6-フルオロ-D-ガラクトース、2-デオキシD-ガラクトース、(2R)-グリセロール-O-β-D-ガラクトピラノシド、メチル-β-D-ガラクトピラノシド、1-チオ-β-D-ガラクトースナトリウム塩、D-ガラクトノ-1,4-ラクトンとともに、新い合成化合物GalXを試みた。β-グルコシダーゼに対しては市販化合物である1-デオキシノジリマイシン、N-メチル-1-デオキシノジリマイシン、N-ブチル-1-デオキシノジリマイシン、N-ヒドロキシエチル-1-デオキシノジリマイシン、2-O-α-D-ガラクトピラノシル-1-デオキシノジリマイシン、α-ホモノジリマイシン、N-メチル-α-ホモノジリマイシン、7-O-β-D-グルコピラノシル-α-ホモノジリマイシンとともに、新しい合成化合物GluXとGluYをこころみた。
結果と考察
α-ガラクトシダーゼ欠損トランスジェニックマウスへの1-デオキシガラクトノジリマイシン長期投与では、2週後に臓器内濃度が最大活性となり、以後維持された。各臓器重量、血清トランスアミナーゼ、肝臓組織は正常であった。細胞実験で、この化合物は31家系中19家系に有効であった。β-ガラクトシダーゼ欠損症治療の試験管内スクリーニングにより、以下の4つの有効な化合物が発見された:D-ガラクトノ-1,4-ラクトン(軽度)、1-デオキシガラクトノジリマイシン・N-ブチルデオキシガラクトノジリマイシン(中等度)、新しい化合物GalX(高度)。病型特異的変異遺伝子を発現するノックアウトマウス細胞の培養液にこれらの化合物を添加したところ、低濃度でGalXの細胞活性化効果が確かめられた。β-グルコシダーゼに対する阻害剤の試験管内スクリーニングの結果、やはりGluXとGluYのみ著しい阻害活性を示した。そこでGluXをヒトゴーシェ病患者由来の細胞の培養液に添加したところ、F2131変異細胞のみ酵素活性が上昇した。ほかの変異ではこの効果がなかった。この活性上昇が細胞内酵素たんぱく質の量の増加を伴うこと、変異蛋白質が中性の条件で不安定であるが酸性では安定になること、GluXが変異たんぱく質を安定化すること、細胞内でこの安定化した酵素が基質の分解には
たらくこと、などを確認した。さらに個体実験の準備として、β-ガラクトシダーゼ遺伝子ノックアウト・トランスジェニック複合組替えマウスを作製した。ノックアウトマウスに野性型(正常)ヒトトランスジーンを導入すると、ノックアウトマウスの表現型、酵素活性、基質蓄積が正常化した。ヒト若年型と成人型GM1-ガングリオシドーシスに対応する変異を過剰発現するノックアウトマウスでは酵素活性の量は正常に近く、現在長期予後を観察中である。また新しい遺伝子治療を試みた。クラッベ病モデルマウスにアデノウイルスベクターを生後1日で静脈注射しても中枢神経系には全く効果がなかった。しかし脳室内投与では体重増加やふるえの出現時期に差があり、寿命が延長した。脳組織全体の酵素活性の軽度上昇、基質蓄積も一時的に減少したが、数周後には再び病変が進行した。
結論
今年度の特記すべき成果は、β-ガラクトシダーゼとβ-グルコシダーゼに対する試験管内阻害、細胞内活性亢進効果をもつ新しい物質の開発である。仮にGalX、GluXと命名した新しい有機合成低分子化合物は、これまでに知られている他の化合物と比べて著しい効果を示した。β-ガラクトシダーゼではファブリー病に有効な1-デオキシガラクトノジリマイシンの50-100倍程度の活性を示した。現在、細胞内動態を詳細に分析すると共に、新しく開発したノックアウト・トランスジェニック複合組替えマウスをモデル動物として、薬剤投与実験をすすめるべく準備中である。この治療開発に必須なのはモデル動物個体と大量の化合物の存在である。すでに3種の病型特異的変異をもつモデルマウスは開発され、現在繁殖中である。化合物は大量生産合成法の検討に入っており、数ヶ月以内に十分に個体実験に提供し得るであろう。動物個体への長期投与における毒性、効果などを十分に検討した上で、ヒト患者への試験をはじめる。企業との契約もあり、すべてを公開できるわけではないが、可能な限り可及的速やかに学会あるいは論文として公開する予定である。β-ガラクトシダーゼ遺伝子のノックアウト・トランスジェニック複合組替えマウスは我々のオリジナルの系統で、特定の変異をもったこの種のモデルマウスは今後新しい治療研究に非常に有用な材料となる。今後はβ-グルコシダーゼの複合組替え動物をつくる予定である。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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