神経栄養因子の産生調節による神経細胞の保護・機能修復に関する研究

文献情報

文献番号
200000469A
報告書区分
総括
研究課題名
神経栄養因子の産生調節による神経細胞の保護・機能修復に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
古川 昭栄(岐阜薬科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 葛谷昌之(岐阜薬科大学)
  • 広田耕作(岐阜薬科大学)
  • 飯沼宗和(岐阜保健環境研究所)
  • 渡辺里仁(創価大学生命科学研究所)
  • 大井長和(宮崎医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
28,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、小脳変性症など特定の脳神経細胞が死滅する疾病の多くは原因不明であり抜本的な治療法がない。これらの疾患は社会の高齢化に向かい急増が予想され、安価で、使いやすく、実効のある治療薬の開発が急務となっている。神経栄養因子を疾患モデル動物の脳に投与すると神経細胞の変性・脱落を抑制し、神経機能を修復・再建する作用を示すことから、これらの疾患治療薬として有望視されてきた。しかし神経栄養因子はタンパク質であり脳・血液関門を通過しないため現状では脳神経系治療薬としての応用は困難と考えられ、臨床治験にまで進んだ例はない。この問題を克服するため本研究は、神経栄養因子の産生を促進する低分子物質を末梢に投与し、選択的かつ効率よく脳へ移行させることによって神経栄養因子産生を促進し、脳での神経細胞死の抑制や神経機能修復を達成しようとするものである。本研究はストラテジーの妥当性と候補物質のポテンシャルを示すことによって新薬開発気運を高め,治療薬の開発につなげるのが最終的な目的である。
研究方法
産生誘導の標的とする神経栄養因子として作用スペクトルの広い脳由来神経栄養因子(BDNF)および比活性の高いグリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)を選んだ。高感度酵素免疫測定法とRT-PCR法を用いて培養ラット海馬神経細胞のBDNFおよびGDNF産生を評価した。ラットシュワン細胞株も一部の実験に使用した。病態モデル動物として、1)マウスの線条体に6-OHDA を注入して黒質ドパミン神経細胞を破壊したパーキンソン病モデル動物、 2)ストレプトゾトシン(STZ)によって膵臓ランゲルハンス島を破壊したインスリン依存性・I型糖尿病モデルラット、3)胸部脊髄を半分切断した脊髄損傷モデルラット、を用いた。4-メチルカテコール(4MC)の除放化と薬効強化をねらって1-benzoy1-4-methy1 catecho1を側鎖にもつ高分子プロドラッグを合成した。4MCの脳・血液関門透過性を高める脳内移行補助基としてジヒドロピリジンを導入した誘導体を合成した。神経病原性レトロウイルス由来の新規ベクター系(LxAベクター)に、c-Mycの部分ペプチド配列をタグとして付加したBDNFcDNAとオワンクラゲ緑色タンパク質のcDNAを導入した。
結果と考察
培養神経細胞を使ったin vitroスクリーニングにより、いくつかの生薬成分も含め、計約30種類の活性低分子物質を見いだした。このうち4-メチルカテコール(4MC)と免疫抑制剤のFK506およびシクロスポリンAについては末梢投与によってラット脳での神経栄養因子産生を促進すること、パーキンソンモデル動物または糖尿病惹起性脳障害モデル動物における神経障害を抑制する効果をすでに見いだしている。免疫抑制作用は神経保護が目的の場合は副作用となる。免疫抑制剤が示すこの二つの作用は細胞内機構が異なるため分離できると考えられてきた。そこで細胞内イムノフィリンに結合すると考えられる疎水性ジペプチドについて検討したところ、Leu-Ileジペプチドにはin vivo、in vitroいずれにおいてもBDNF、GDNFの産生を促進する作用があり、培養海馬神経細胞に対して生存維持作用を示し、一部の疾患モデル動物の神経障害を抑制する活性があることを見いだした。さらに、免疫抑制剤の活性部位の誘導体として新規に開発したA物質にも類似の活性を見いだした。この二つの新規活性物質は脾臓細胞によるインターロイキン-2の産生を全く抑制しないことから免疫抑制活性を有しないと判断され、神経保護物質としてきわめて有望な特性をもつことが判明した。一方、4MCに関
しては様々な側面から検討した。まず、培養大脳皮質神経細胞に直接作用してMAPキナーゼのセリン133のリン酸化を引き起こすことが判明した。すなわち4MCはMAPキナーゼを活性化しその下流の多彩な細胞応答を刺激すると考えられた。メカノケミカル固相重合による4MC誘導体を側鎖にもつ高分子プロドラッグについては、in vitroの検討により徐放性でかつ定量的に薬物が放出されることを確認し、in vivoにおけるNGF産生促進効果について評価し、結合様式およびスペーサー構造による薬物放出制御についても検討した。 また脳移行性の向上を目的としてリンカー(n=3または5)を介してジヒドロピリジンを4MCに導入した化合物を合成した。神経栄養因子の遺伝子を脳で選択的に発現させることは将来の遺伝子治療につながる重要な技術である。中枢神経系に親和性をもつレトロウイルス (A8 ウイルス) を複製欠損ウイルスベクターとして用い、遺伝子を安定に発現する条件を検討した。                                   
結論
免疫抑制作用をもたず、神経保護作用を示す新規イムノフィリンリガンドとして、Leu-IleジペプチドとA物質を開発した。一方、4-メチルカテコール(4MC)はNGFとBDNFの産生促進活性をもつが、新たにMAPキナーゼの活性化作用があることを見いだした。すなわち4MCは神経細胞への直接作用と神経栄養因子の産生を介する間接作用の二面性をもつことを明らかにした。これらの活性物質はさらに検討することによって将来の神経疾患治療薬への応用が期待される。

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