臨床応用可能なアルツハイマー病の生物学的マーカーの確立に関する研究

文献情報

文献番号
200000467A
報告書区分
総括
研究課題名
臨床応用可能なアルツハイマー病の生物学的マーカーの確立に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
難波 吉雄(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 森啓(大阪市大)
  • 宇野正威(国立精神・神経センター)
  • 遠藤英俊(国立療養所中部病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国では最近公的介護保険制度が導入された。おおむねその運営はスムーズに行われているが、痴呆の判定に関しては実際の状態よりも軽く判定されるといった問題点も指摘されている。また、DSM-Ⅳなどの通常使用されている痴呆の診断基準では、アルツハイマー病と診断される時点において記憶・認知機能障害は中等度以上であり、早期であるとは言い難い。そこで本研究では、アルツハイマー病の診断により客観性を持たせるだけでなく、アルツハイマー病の早期診断、早期治療を可能とする、痴呆の進行度や治療薬の効果判定に資する、要介護認定が行われる際の痴呆の判定等に役立つといったことを可能とするべく、臨床応用可能なアルツハイマー病の生物学的マーカーの確立することを目的とする。
研究方法
アルツハイマー病の早期診断におけるマーカーには、神経心理学的検査、生物学的マーカー、画像診断を組み合わせることが最も有用であると考えられる。そこで、これらの3つの面についてそれぞれ検討を行った。(1)神経心理学的検査では、ドイツのIhr氏が開発した痴呆症の早期診断テストを邦訳した。この神経心理テストは、アルツハイマー病の早期診断を目的に開発された新しいテストであり、点数は50点満点で、34点以下が痴呆症の疑いありと判定される。計91名(平均年齢78歳)を対象として検討を行った。(2)生物学的マーカーとして、1つにはタウ蛋白の検討を行った。すべてのタウアイソフォーム特異抗体は領域特異的な合成ペプチドを抗原とした6種類のタウアイソフォーム別抗体を作製し、アルツハイマー病脳を免疫細胞学的に検討した。
また、このほかアルツハイマー病患者において、摂取栄養の詳細な検討によって多価不飽和脂肪酸n6(リノレン酸等)/n3(EPA,DHA)比が有意に高いことも明らかとなっているため、環境因子の1つである食餌因子についてその影響を評価する目的から体内脂肪酸動態と密接な関連を有している脂肪酸結合蛋白について特異抗体を用いてアルツハイマー病脳を免疫細胞学的に検討した。
(3)画像診断では、NINCD-ADRDAによるアルツハイマー病の診断基準を満たした108名を対象とした。詳細な神経心理学的検査、SPECT、MRI検査を施行した。以来1年ごとに同様の検査を繰り返した。また、これら患者のうち15名に対して造形療法と演奏による音楽療法を6ヶ月間施行し、SPECTの所見を比較した。
結果と考察
(1)Ihrの神経心理学的検査では、91名の素点は17点から48点に分布し、平均点は34.3であった。MMSEは15点から30点に分布し、平均点は24.4であった。新テストは、MMSEより加齢に伴う記憶障害の患者や痴呆でない患者の点が広く分布し、より鋭敏なテストであることが示された。基本的にMMSEと本テストは相関するが、MMSEが25点以上であっても3名がスケールで34点を下回った。これらのことから、本テストは軽度痴呆患者の鋭敏な診断補助ツールとして有用である可能性が示された。
(2)6種類のタウ分子種を識別できる特異抗体を用いた検討によって、アルツハイマー病脳においては6種類すべてのタウアイソフォームが存在していること、さらに2つのタウ分子種(352と381)のアルツハイマー病脳内蓄積が他のタウアイソフォーム(383、410、412、441)より顕著であることが見いだされた。従来、タウの異常性がリン酸化の亢進のみに焦点が当てられてきたことに対して、タウアイソフォームの不均一性といったことが存在することが明らかとなり、今後このような視点からの痴呆の診断マーカーとしてタウについて検討を加える必要性が考えられた。また、脂肪酸結合蛋白抗体を用いた検討では、アルツハイマー神経原線維変化の一部に皮膚型脂肪酸結合蛋白の免疫原性を認めた。このことは、アルツハイマー病脳内では、通常では発現が少ない皮膚型脂肪酸結合蛋白が過剰に発現している可能性も考えられる。今後、食餌因子等との関連を検討し、生物学的マーカーとなりうる可能性について検討する必要があると思われる。
(3)脳血流初回調査時点での年齢が69歳以下のグループでは、従来の報告同様帯状回後部の血流変化が最初に認められた。しかし、70歳代では帯状回前部と海馬で、80歳代では海馬において初期の変化が認められた。脳リハビリによるSPECT所見の変化に関する検討では、認知機能の改善が明らかであった例では前頭葉前部での血流が維持・改善される傾向が認められた。これらのことから、患者数の多い70歳以降発症のアルツハイマー病の初期診断ではこれら画像所見に留意する必要があると思われた。
結論
アルツハイマー病の早期診断を行う際には、神経心理学的検査、生物学的マーカー、画像診断を効果的に組み合わせていく必要性がある。また、介護保険における痴呆の判定にも利用できるようなシステムに関する検討も同時に行う必要があると思われた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-