心身症と神経症におけるヒスタミン神経系の異常に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000464A
報告書区分
総括
研究課題名
心身症と神経症におけるヒスタミン神経系の異常に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
福土 審(東北大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 谷内一彦(東北大学大学院医学系研究科)
  • 伊藤正敏(東北大学サイクロトロンラジオアイソトープセンター)
  • 本郷道夫(東北大学医学部附属病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成11(1999)年度
研究終了予定年度
平成13(2001)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀の先進国においては、心身症・神経症を代表とするストレス関連疾患が国民の健康と経済に重大な影響を及ぼすと考えられる。その克服に向けての取り組みは、わが国の厚生行政上重要である。ストレス関連疾患の病態の中核をなす脳内神経伝達には不明な点が多い。われわれは、ストレスにより脳の特定部位でヒスタミンを中心とする神経伝達物質が放出され、局所脳活動を賦活化する、そして、ストレス関連疾患(過敏性腸症候群、摂食障害、うつ病、更年期障害)、さらには動脈硬化症、悪性腫瘍に関連する特定の行動パタ-ン(高敵意タイプA行動、抑うつ親和性行動)において特定の局所脳が賦活化されるパタ-ンがある、と仮説づけた。本研究の主目的は、この仮説をpositron emission tomography (PET)をはじめとする脳機能画像によって検証することである。更に、動物実験によりストレスにおけるヒスタミンならびにその関連物質の役割を明確にする。平成12年度は、病的状態における中枢ヒスタミン神経系機能の役割に主眼を置いて検討した。
研究方法
1) IBSと関連心身症におけるヒスタミン神経系の関与(福土):過敏性腸症候群 (irritable bowel syndrome: IBS) の中心病態と考えられる脳腸相関の客観的評価法を開発し、確立した。消化管刺激下の大脳誘発電位をIBS患者と健常者で比較した。消化管刺激下のPET画像におけるヒスタミン神経系の役割を検討した。また、IBSのストレス下の脳内神経伝達の変化を解明するため、大腸伸展刺激時の脳内アミンの放出動態を分析した。さらに、IBSに多い睡眠障害の自律神経動態を分析するための基礎的検討を行った。2) ヒスタミン神経系の病態生理研究―ノックアウトマウス研究からヒトPET研究(谷内):神経性食欲不振症(anorexia nervosa)のラットモデルの作成とその評価、ヒスタミンH1受容体ノックアウトマウスを用いた痛みと痙攣におけるH1受容体の役割、ガス相法とメチルトリフレート法による新しい[11C]ヨウ化メチル合成の確立と受容体測定法への応用、うつ病とアルツハイマー病におけるPETを用いたH1受容体量の測定、PETを用いた抗ヒスタミン薬による眠気と認知機能発生メカニズム研究、情動を測定するための新しいタスクの開発とアレキシサイミア(心身症で見られる心理機制)への応用を行った。3) 手背電気刺激による局所脳血流変化と条件付け効果(伊藤):不安条件付け反応は、心身症・神経症が形成されるのに重要な病態と考えられるが、それに関与する脳機能部位には不明な点が多い。健常成人にtranscutaneous electric nerve stimulation (TENS)を用いた痛み刺激を負荷し、条件刺激としてブザー音を与え、局所脳血流(rCBF)をPETを用いて測定した。4) 神経性食思不振症におけるHPA axisとレプチンの関連性に関する研究(本郷):神経性食思不振症においては、中枢ヒスタミン神経系・レプチン・視床下部-下垂体-副腎軸の異常が想定されるが、未だ明らかではない。神経性食思不振症患者を対象とし、dexamethazone投与下のcorticotropin-releasing hormone (CRH)負荷試験を実施し、同時にレプチンを測定した。
(倫理面での配慮)ヒトを対象とする研究は、ヘルシンキ宣言に沿い、東北大学医学部倫理委員会の承認の下に行った。全ての被験者に十分に説明し、文書によるinformed consentを得た。動物実験については東北大学動物実験倫理委員会の承認を得た。
結果と考察
1) IBSと関連心身症におけるヒスタミン神経系の関与(福土):健常者とIBS近縁疾患のfunctional dyspepsia患者の食道に電極catheterを挿入して通電し、大脳誘発電位を導出し、dyspepsia患者の後期成分短潜時と悪心発現を認めた。更に、健常者とIBS患者の直腸に電極catheterを挿入して通電し、陰性N1、陽性P1、陰性N2の順に出現する三相波の特徴的大脳誘発電位を記録した。大脳誘発電位波形と平行し、電流強度依存的に腹痛と不安感が誘発された。IBSのP1N2間の振幅は刺激依存性に増大し、有意に健常者より大きかった。両群で大脳誘発電位波形と平行し、電流強度依存的に腹痛と不安感が誘発された。また、大腸伸展刺激時の脳血流の変化をPETで測定し、前帯状回、前頭前野、視床で脳血流増加が認められた。これらの脳血流増加は、内臓知覚に相関し、選択的ヒスタミン-H1受容体拮抗薬d-chlorpheniramine投与により抑制された。大腸伸展刺激時の選択的H1受容体リガンド11C-doxepin-H1受容体結合阻害脳部位 (内因性ヒスタミン放出部位) は前帯状回、前頭前野、海馬、頭頂連合野であり、その変化は内臓知覚に有意に相関した。大腸進展刺激に対し、ラット海馬におけるnoradrenaline放出が顕著に見られた。夜間強制覚醒により、副交感神経機能が亢進し、陰性感情が高まった。大腸伸展刺激により視床と辺縁系で脳血流量が増加し、特に辺縁系では内因性ヒスタミンとノルアドレナリンが遊離するが、このような神経伝達の変化が内臓知覚とそれに附随する情動に関与するものと考えられる。IBSに見られる夜間睡眠障害時の副交感神経機能亢進と陰性感情の高まりが示唆される。ヒスタミンは睡眠-覚醒サイクルに関与するため、IBSでは、ヒスタミンを軸とした中枢機能の病態生理が想定される。2) ヒスタミン神経系の病態生理研究:ノックアウトマウス研究からヒトPET研究(谷内):食餌制限下にラットを回転ケージ内に拘束し、徐々に運動が亢進し体重が減少するストレス・ハイ(ダイエット・ハイ)と呼ばれる状況に近いモデルを作成することができた。この時、脳内ヒスタミン含量は増加し、H1、H3受容体量は低下した。ヒスチジンやH3受容体アンタゴニストを投与すると回転運動の増加が有意に抑制された。神経性食欲不振症ラットモデルにおいて、ダイエット・ハイの時のヒスタミン神経系の機能低下、ヒスタミン神経系を介した治療の有用性が示唆された。痛み刺激において、H1受容体ノックアウトマウス(H1KO)のモルヒネ鎮痛反応は野生型に比較して増大していた。H1受容体は、痛み受容に末梢、脊髄、上位中枢レベルにおいて促進的に、また、痙攣抑止的に作用していると考えられた。ガス相法とメチルトリフレート法を用い、連続して高比放射能の[11C]ドキセピンを合成できた。このことは、今後のヒスタミン神経系研究にとり極めて重要である。アルツハイマー病(AD)患者においてH1受容体結合量は正常老人と比較して顕著に減少し、軽症うつ病患者でもH1受容体の減少が観察された。choice reaction time課題施行時の局所脳血流は、右帯状回(BA24)、右頭頂葉(BA40)、左小脳が賦活されるが、d-クロルフェニラミン投与により活動が低下した。表情認知課題とH215O静注法PETにより、感情のイメージングを行い、アレキシサイミアと正常反応者において表情認知の脳内メカニズムが判明しつつある。アレキシサイミアは、心身症患者の代表的心理機制である。アレキシサイミア尺度の高い被験者で表情認知による脳賦活様式が異なることから、心身症のリスクとなる脳賦活様式を明らかにできよう。3) 手背電気刺激による局所脳血流変化と条件付け効果(伊藤):痛み刺激によって、痛みの経路(視床)、情動系(帯状回)、覚醒系(網様体)、および感覚系(中心後回)が賦活された。しかし、刺激終了後、次第に痛みによって直接賦活される視床や網様体の血流増加は消
失し、最後には小脳半球外側部のみの活性のみが描出される。また、条件付けがなされると、条件刺激によって、小脳半球外側部の血流が増加する。小脳半球は随意運動の学習や、電気刺激による反射運動の条件付けに関与するという報告がある。今回の実験で、条件付けに小脳半球外側部の賦活が起こり、その関与はおそらくは運動系以外に及ぶことが示唆された。4) 神経性食思不振症におけるHPA axisとレプチンの関連性に関する研究(本郷):ACTH反応性は治療後に低下傾向を示すが、神経性食思不振症の治療前、治療後、健常者のいずれにおいても頂値が基礎値の2倍程度に保たれている。area under the curve(AUC)で評価すると、神経性食思不振症の治療前後と健常者との間に差を認めなかった。cortisol反応量は治療前が一番高く、次いで、治療後、健常者、の順になった。基礎レプチン値とACTHのAUC/cortisolのAUC比は強い正の相関を認めた。神経性食欲不振症において、末梢レプチン低下が、少なくとも、視床下部と副腎皮質のふたつのレベルで、HPA系機能亢進に関与している可能性が示唆された。中枢ヒスタミン神経系はCRH放出作用を有する。CRHはストレス反応のcommon mediatorであり、視床下部-下垂体-副腎皮質系のみならず、消化管運動、消化管知覚、摂食、情動に大きく影響することが近年明らかにされた。本研究課題にて病態追及中のストレス関連疾患、すなわち、IBS、神経性食欲不振症、うつ病、これら全てにおいてCRHが病態の中心として関与するevidenceが集積しつつある。中枢ヒスタミンがCRHを駆動し、その上位に位置する神経伝達物質であることより、ストレス関連疾患におけるヒスタミンの役割は、これまで想定されていたものよりも遥かに大きいことが今後明らかにされよう。
結論
平成12年度厚生科学研究費により、以下の成果を得た。1) ヒトにおけるPETによる新しい脳内神経伝達評価法がヒスタミン神経系を中心として開発された。2) 消化管へのストレスにより視床と辺縁系で脳血流量が増加し、特に辺縁系で内因性ヒスタミンが遊離し、大脳誘発電位が変化する。この反応は過敏性腸症候群で顕著である。3) ノックアウトマウスとストレスのモデルラットにより、疼痛・痙攣・摂食の神経伝達におけるヒスタミンH1受容体の役割が明らかになった。4) 不安条件付け反応における脳機能画像より、小脳半球外側部における局所脳血流増加が描出された。5) 神経性食欲不振症において、末梢レプチン低下が、少なくとも、視床下部と副腎皮質のふたつのレベルで、HPA系機能亢進に関与している可能性が示唆された。以上の成果に基づき、ヒスタミン神経系を中心とするストレス関連疾患の病態を明らかにする研究をさらに推進することは、深刻度を増しつつあるストレス関連疾患の克服、ひいては国民の福利厚生に繋がるものである。

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