幹細胞を用いた筋ジストロフィーに対する治療に関する基盤的研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000461A
報告書区分
総括
研究課題名
幹細胞を用いた筋ジストロフィーに対する治療に関する基盤的研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
武田 伸一(国立精神・神経センター 神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 西野一三(国立精神・神経センター 神経研究所)
  • 加茂功(国立精神・神経センター 神経研究所)
  • 鎌倉恵子(防衛医科大学第三内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
X染色体劣性の遺伝形式をとり、重症の遺伝病であるDuchenne型筋ジストロフィー(DMD)は、発症頻度が高いが (出生男児 3,500 人に1人)、母体の卵細胞における突然変異が多い(発症者の約3分の1)ため、遺伝相談が必ずしも有効ではない。患者家族団体から根本的治療について、強い要請がある他、社会的にもその実現が待ち望まれている。治療の見通しが立つことは、DMD患者・家族のみならず遺伝性神経筋疾患・患者全体に大きな希望を与え福音となる。
現在もっとも注目されている方法論の一つが、骨髄および骨格筋に見い出された中胚葉系の幹細胞を用いた治療である。胚性幹細胞 (ES cell) 研究の進展を前提として、再生医学を視野においた研究の進歩は著しいが、中胚葉系の幹細胞をDMDの治療に用いることの最大の利点は経静脈性の投与により、全身の骨格筋に幹細胞導入が可能な点にある。但し、この分野の研究は開始されたばかりで、ジストロフィンを欠損した mdx マウスに、正常のジストロフィン遺伝子を持つ幹細胞を移植しても、ジストロフィン陽性細胞の出現率は低く、治療域には達していない。従って、筋細胞系譜および筋再生に関する研究の集積を背景として、幹細胞の増殖と分化及び移植の操作技術に関する研究を進め、DMDの根治的治療法の開発に結び付けることが本研究の目的である。
研究方法
1.Green Fluorescent Protein (GFP) 遺伝子導入マウスから骨髄細胞あるいは胎児肝細胞を得て、放射線照射マウスもしくは新生児期マウスに投与した。次に一側の前脛骨筋については、再生刺激を行い、その後再生側、非再生側について組織学的な観察を行った。また、同筋からコラギネース処理により単一筋線維を得て、培養に移し、筋衛星細胞の増殖・分化について検討した。
2.Cardiotoxinを用いた筋再生を惹起し、その24時間、48時間、96時間後の同側及び対側からtotal RNA分画を得て、polyA分画を精製し、cDNA macro array(サイトカイン用)を用いて発現の増減する遺伝子に関する検討を行った。
3.ラット骨髄由来筋幹細胞をBalb/cマウスに頻回免疫し、この動物から脾臓を摘出し、さらに抗原細胞と4日間共培養し、マウスミエローマ細胞と定法通り融合し、効率良くハイブリドーマを樹立。クローン化は免疫細胞を標的としたELISA法により行った。分化増殖因子のアッセイは骨髄系継代細胞を標的に行った。
4.筋変性が見られる様々な例の凍結筋標本を用いて、desminに対する免疫組織学的な評価を行った。
5.12週-13週のWistar ratで坐骨神経切断を行ない、切断2日前より、くも膜下腔へ浸透圧ポンプによりNGFを持続的に投与した。対照はNGF非投与群(人工髄液投与群)と投与群の切断対側とした。切断端近位部、後根神経節、脊髄後角でのgrowth associated protein-43 (GAP-43) 発現を経時的に検討した。また断端での再生神経の無髄神経線維数、有髄神経thin myelinated fiber数および電顕による形態を比較検討した。
結果と考察
1.10Gyの放射線を照射したmdxマウスにGFP遺伝子導入マウス骨髄細胞を移入し、12週後に再生側の骨格筋を精査したところ、標識タンパク質GFPを発現する筋線維が検出できた。またこれらの多くがジストロフィン陽性であったことから、ドナー細胞が筋再生に参加していることが証明できた。一方、新生児マウスにGFPマウス骨髄細胞あるいは胎児肝細胞を投与したキメラマウスでも、再生側からはGFP陽性の筋線維が検出できた。投与した細胞数が、放射線キメラマウスの場合の1/10?1/200しかなくても、同程度の筋再生が認められた。一方、非再生側では筋線維に接して、小型のGFP陽性細胞が観察された。ラミニンとの二重染色では基底膜下に存在していた。同細胞が筋衛星細胞であることを検討するために、単一筋線維培養法を試みた。その結果、筋線維に接するように、デスミン陽性でかつGFP陽性の単核細胞が検出された。
放射線照射キメラマウスと新生児キメラマウスでの、筋再生へのドナー細胞の参加効率を比較したところ、いずれの場合もGFP陽性筋はたかだか1%程度でしかなく、現時点では決して効率のよい手法とはいえない。しかし定着した細胞の数から考えて、新生児キメラマウスの方が圧倒的に効率が良いことがわかった。一方、骨格筋細胞系譜の幹細胞が非再生期の骨格筋で、筋衛星細胞として分布することを強く示唆する結果を得た。今後、ドナー細胞中の筋前駆細胞を選択的に濃縮するか、あるいは筋へのリクルートを良くする手法の開発が必要である。前者に関しては、FACSとHoechst dyeを用いて単離可能なSide Population (SP) cellの利用が考えられる。後者に関しては筋再生刺激が最も重要と考えられる。
2.再生筋を用いたcDNAマクロアレイによる検討ではCardiotoxin注入後48時間の検討で、対側に比べて、発現量が著しく増大している遺伝子として、Osteopontin, macrophage inflammatory protein-1γ, Oncostatin Mなどを同定した。一方、Engrailed-2, GDF-1などについては逆に再生途上筋で発現に減少が見られた。また、予想に反して、IGF-1, IGF-1R, LIF, LIFR, HGFには発現の増減は見られなかった。
筋再生の過程で発現の増減する遺伝子をcDNAマクロアレイを用いて検出しようとする試みは、骨格筋細胞系譜の幹細胞のリクルートに役立つ可能性がある。筋再生の初期に発現が急増する因子として今回我々が見出したOsteopontinはこれまで一度も筋再生との関わりが注目されたことはない。しかし、macrophageが産生する分子であって、これが筋芽細胞の増殖あるいは幹細胞の骨格筋へのリクルートに関与している可能性がある。
3.現在のところラット骨髄筋幹細胞と反応するクローンを3種樹立したが、さらに他細胞種、他動物種との反応特異性をパネルを作製し、検討するためクローン数を増やして検討している。また、胸腺由来の筋幹細胞は新規造血因子を含め、多種のサイトカインを産生するが、骨髄由来筋幹細胞も骨髄系細胞の分化増殖性因子を産生しており、新規因子の可能性をふくめその同定を行っている。
4.一部の再生線維でdesminの発現が認められるだけでなく、cytoplasmic body、spheroid body、rimmed vacuoleの周辺などに局所的にdesminの蓄積が認められた。また、desminの蓄積が認められたDanon病において、リソソーム膜蛋白であるLAMP-2の欠損が見出された。
Danon病はdesminの蓄積が認められる筋疾患の一つであるが、LAMP-2欠損が認められることに加えて、別のグループにより作成されたLAMP-2欠損マウスでDanon病と同様の病理学的変化を認めることから、LAMP-2欠損がDanon病の原因であると考えられた。
5.神経切断後の末梢神経切断近位側、後根神経節、後角でのGAP-43の発現はNGFを髄腔内へ投与した場合、非投与群に比べ低下していた。つまり初期7日間軸索再生は抑制された。また再生時は無髄神経線維、有髄繊維thin-myelinate fiberが増加するが、これらの数もNGF投与群では非投与群より少なかった。これは電顕による形態学的観察からも証明された。
通常切断後、障害部位でNGFは増加するが逆行性に中枢である後根神経節細胞へ運ばれるNGFは減少し、その信号をうけてGAP-43は神経節細胞で増加する。そこから供給される切断端、後角でもGAP-43は増加するが、髄腔内NGF投与群ではGAP-43発現はいずれでも抑制された。末梢での切断による信号が神経細胞付近でのNGF投与により修飾されたと考えた。我々の実験系はNGFの神経細胞以外の細胞への影響は除外できる系である。障害部位(末梢神経断端)で増加するNGFは再生を促すのに、神経細胞への信号よりSchwann細胞への信号が重要と思われる。Schwann細胞のNGF受容体p75を介してSchwann細胞が動員され髄鞘形成、再生といった過程をとると推測される。
結論
1.骨格筋細胞系譜の幹細胞は筋衛星細胞の型で骨格筋に取り込まれた後、筋再生刺激の下で、再生現象に参加する。
2.骨格筋再生の初期過程でmacrophage由来のosteopontinの発現が飛躍的に高まる。
3.ラット骨髄由来筋幹細胞と反応するクローンを3種樹立した。
4.desmin蓄積が認められるDanon病についてLAMP-2欠損を見出した。
5.末梢神経切断モデルにおける軸索再生は、NGF投与により抑制される。

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