精神・神経・筋疾患の実験用研究資源に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000459A
報告書区分
総括
研究課題名
精神・神経・筋疾患の実験用研究資源に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
高嶋 幸男(国立精神・神経センター神経研究所所長)
研究分担者(所属機関)
  • 高嶋幸男(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 巻渕隆夫(国療犀潟病院)
  • 松田一己(国療静岡東病院)
  • 吉野 英(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 織田辰郎(国立下総療所)
  • 樋口 進(国療久里浜病院)
  • 加知輝彦(国療中部病院)
  • 饗場郁子(国療東名古屋病院)
  • 杠 岳文(国立肥前療養所)
  • 井原雄悦(国立療養所南岡山病院)
  • 後藤雄一(国立精神・神経センター神経研究所)
  • 埜中征哉(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 橋本和季(国療道北病院)
  • 石川幸辰(国療八雲病院)
  • 木村 格(国療山形病院)
  • 石原傅幸(国療東埼玉病院)
  • 宮内 潤(国立小児病院)
  • 斉田孝彦(国療宇多野病院)
  • 高橋桂一(国療兵庫中央病院)
  • 渋谷統壽(国療川棚病院)
  • 岩崎祐三(国療宮城病院)
  • 本吉慶史(国療下志津病院)
  • 川井 充(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 樋口輝彦(国立精神・神経センター国府台病院)
  • 斉藤 治(国立精神・神経センター武蔵病院精神科)
  • 稲田俊也(国立精神・神経センター精神保健研)
  • 渋谷治男(国立療養所南花巻病院)
  • 有波忠雄(筑波大学基礎医学系)
  • 辻田高宏(長崎大学)
  • 吉川武男(理化学研究所脳科学研究センター)
  • 丹羽真一(福島県立医科大学)
  • 新野秀人(国立呉病院)
  • 三国雅彦(群馬大学)
  • 神庭重信(山梨医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
60,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急速に進歩しつつある基礎的な遺伝子・分子生物学的研究からヒトの精神・神経疾患の研究への発展・促進の際に、ヒトの剖検脳組織、手術切除脳組織及び生検神経筋組織等は必要不可欠であるので、複数の施設において剖検脳や手術脳及び生検組織等の入手、保管、相互利用等を図り、更に精神疾患のDNA 保存と利用を行って、各種精神・神経疾患の発生機序と治療法に関する疾病研究の大幅な進歩を図るものである。本リサーチリソースネットワーク(RRN)は研究基盤として不可欠であり、継続的に行うことによって、年々試料は蓄積され、難病の病態解明に計り知れなく役立つ。
精神分裂病、気分障害の病因は不明であり、両疾患の遺伝子あるいは遺伝子座が明らかになれば、両疾患の根治的治療法、さらには予防法の開発につながることが期待され、精神疾患の克服に大きな一歩を踏み出すことになる。これらの研究を促進するためには大規模RRNシステムの確立と共同研究が必要である。
研究方法
従来の生検組織グループと剖検脳組織グループは合同して研究する。また、精神疾患の検体保存グループは大学病院を含めて症例を集積し、共同研究を行う。研究者が所属する施設において、それぞれ剖検脳、手術組織、生検筋や検体等を新承諾書で積極的に入手して各施設で保存し、これらを共有して管理・活用し、精神・神経疾患の発生機序と治療法に関する研究を行う。この研究において倫理面の配慮は最も重要であり、匿名化して管理者の基に保存する。
1.脳組織ネットワーク
①省庁の新指針に基づいて、診断使用に加えて、遺伝子解析を含む研究利用の承諾書を更新作製し倫理委員会へ申請。②試料は各施設へ保存し情報のネットワークを推進する。③コンピューターネットワークを用いた診断用画像の送信の整備等の診断サービス法を検討する。④神経病理診断や急速凍結等の試料精度を向上させつつ収集を継続する。⑤個別研究でもネットワーク内外の施設と共同研究を行う。神経病理学的、生化学的及び遺伝学的診断を行い、精度の高い試料の継続的補充と管理を行う。利用価値の高い試料を集積し、分子生物学的、分子病理学的研究に有効活用する。
2.生検組織ネットワーク
筋生検等生体資料で組織学的、免疫組織学的、分子遺伝学的に診断し、保存し、それをRRNに登録する。研究参加施設は神経・筋政策医療ネットワークの基幹病院や診断可能な専門病院も加える。登録状況、その公開は政策医療ネットワークのホームページを通して行い、研究者に供与する。倫理面はすでにインフォームドコンセントの書式が整っているので、それを利用し、倫理面をパスした例についてのみ保管、供与する。
3.精神疾患の検体ネットワーク
平成12年度においてDNAバンクシステム化の準備を行う。①倫理委員会での承認がなされた施設から患者・家族へのインフォームド・コンセントを実施し、同意が得られた段階でサンプルの収集を行う。②DNAバンク中央センター(精神・神経センターを予定)を開設しDNAおよび株化したリンパ球の保管、管理を行う。 ③臨床心理士のDIGS使用トレーニングを行う。④すでに各施設において集積された精神分裂病家系のDNAサンプルについてはバンクへの提供が承認されているものについては非連結匿名化した上で、施設の研究者の了承が得られる場合については中央センターで管理する。
結果と考察
研究結果:平成9年度より厚生科学研究費で、生検班と剖検班の国立病院・療養所が合同して、RRNの基盤を作り、1)組織の迅速凍結と凍結保存の方法の確立、2)研究保存のインフォームドコンセントを考慮した承諾書等の作成、3)HOSPnetを利用したコンピューターネットワークの構築、4)ネットワークシステムの運用規定の作成、5)保存組織の利用規約の作成を行い、ガイドラインを作成した。6)この試料を活用して、剖検班と生検班で、30件以上の研究が進行あるいは完結し、国際誌に次々と発表された。特に本邦における肢体型筋ジストロフィーの研究や稀少疾患の原因遺伝子発見等の大きな進歩は本研究によるところが大きい。
精神分裂病の共同研究が平成12年度から参加したが、この研究は既に平成9年に開始されており、現在サンプルの収集が継続され、連鎖解析する全ゲノムの施設分担も決まり、一部、解析も始まった。
【精神・神経・筋疾患RRNの更新と問題点】
平成12年度には、生検及び剖検組織ネットワークでは、①インフォームドコンセントを配慮した倫理面の更新を行った。省庁の新指針に基づいて、診断使用に加えて、遺伝子解析を含む研究利用の承諾書を作製し倫理委員会(国立精神・神経センター)へ申請した。委員会の意見に従い修正中である。更に、研究使用については保存及びその使用目的に沿った承諾書とガイドラインを作成し倫理委員会へ追加申請する。また、遺伝子解析研究へ利用する際には、各施設の倫理委員会へ諮る必要がある。②試料の共有のために、当センターへの収集保存を検討したが、死体解剖保存法上で縛りがあることが分かった。そのために、連結可能匿名化した試料を剖検施設に保存し、情報を共有することを継続することとした。且つリサーチ・リソースとして情報の共有は重要である。ナショナルセンターへの研究試料の保存は神経難病の迅速な研究遂行上、必要であり、死体解剖保存法第17条の解釈や改正を含めて検討することが極めて重要である。ナショナルセンターとしての機能の明確化が必要である。③コンピューターネットワークに画像の転送を加えて、診断サービスすることを試みた。画像や組織写真の転送にはサーバー容量を増大させる必要がある。一方、本年10月に「個人情報保護基本法に関する大綱案」が示されており、これに沿って慎重に各施設における体制を整備する必要がある。④本年度に新たに登録された症例は、21全施設の合計で、生検筋組織122 例、剖検脳組織176 例であった。昨年度までの集積と合わせると、一部の更新削除例を減じて、生検1100例以上、剖検900例以上となった。これらの情報の共有は研究試料を確保して研究を推進するのに極めて有益である。
【生検筋組織研究の活用】
⑤生検筋組織のRRN で、倫理面をクリアした検体がつぎつぎと保管されるようになった。その保管された検体は、多くの研究者の研究に供与され、大きな成果が上がっている。平成12年度には、15研究課題に対し合計157検体が供与された。研究結果は現在5つの一流国際誌に投稿され、Danon病の病因解明はNature に掲載された。研究者への供与は昨年から広く開始されたが、その成果が実り、2000年には更に3つの論文が発表された。RRNの意義は大きい。
個別研究でも保存試料が活用され、重症型Keams-Sayre症候群の変異ミトコンドリアDNA、筋ジストロフィーの遺伝子の微小変異、先天性アセチルコリンエステラーゼ欠損症の酵素欠損、眼咽頭筋ジストロフィーにおけるDNA 障害等の発見、変性や炎症性筋疾患における保存・反復筋生検の重要性、RRN の活用を目的とした診療情報データベース構築に関する研究が行われ、生検組織のRRN の重要性が確認された。
【剖検脳組織研究の活用】
⑥剖検脳組織では、毎年150 例以上の脳が登録されており、1施設では到底収集不可能な症例が登録された。この試料を利用してfronto- temporal dementia and parkinsonism linked to chromosome 17のN279K変異では無名質大脳皮質コリン神経やドーパミン神経に障害があること、福山型先天性筋ジストロフィー脳の神経細胞移動障害は原因遺伝子fukutinが局在する神経細胞に基づくこと等、多くの新知見がNeurologyやAnn Neurol 等の一流臨床雑誌に掲載された。その他の個別研究でも、成人型異染性白質ジストロフィーの複合遺伝子変異や筋萎縮性側索硬化症におけるCu,Zn-SOD遺伝子変異が発見され、レビー小体を伴う痴呆及びアルツハイマー病における糖代謝と病変、長期経過のパーキンソン病の神経病理学的特徴、進行性核上麻痺の特異的脊髄病変、皮質形成異常におけるてんかん脳病巣の解析や分裂病におけるシナプス蛋白等の研究によって病変形成機序が着実に進歩した。施設における脳組織保存の課題を検討しつつ、多数の共同研究が進行中である。
【精神疾患DNA 研究の成果】
⑦精神疾患DNAバンクの目的は精神疾患の病因・病態を解明するための遺伝子研究に有効利用するためのDNA保存を行うことにあり、そのためのシステムを作ることにある。平成12年度はこの計画の初年度に当たり、主にシステム立ち上げのための準備を行った。研究実績は以下の通りである。1)気分障害の家系DNAサンプルを全国規模で収集し、これをDNAバンクで保存・管理するために参加施設毎に計画書を倫理委員会に提出し、承認を得る必要がある。倫理委員会に提出する計画書、同意書、同意を得るための説明書などの見本を作成し、参加施設に配布した。参加施設はこの見本をもとに計画書を作成し、それぞれ所属施設の倫理委員会(ミレニアム対応あるいはこれに準ずる倫理委員会)に申請する。2)罹患者および家族の診断を厳密に行うことが必要である。このためにNIHの分子遺伝学研究グループが作成した「遺伝研究のための精神科診断面接(DIGS)」の翻訳を行った。3)上記DIGSを用いて診断を行うためには多大の時間(1例につき2-3時間)を必要とする。家族を含めて行うためには、専門家を養成する必要がある。このため、DIGSのトレーニングを行う準備を行い、現時点で2名の臨床心理士を確保した。4)DNA収集・管理の方法を決定した。
D.考察
研究の成果をまとめると、国立病院・療養所21施設における全国ネットワークの構築、倫理を考慮した承諾書の作成ーこれは本邦初のものである。全疾患、全年齢の脳組織、筋組織のネットワークであり、外国に比して特異的である。集積は脳で900例、筋で1100例を越えた。班員内外との共同研究も多数進行した。ネットワークの構築と症例集積の目的はほぼ達したが、平成12年度以降には倫理的観点をも含めたプロトコ-ル及びデータベース等基礎的整備を進め、研究試料をより精度の高いものに更新しつつ、ネットワーク間で相互利用を進め、良い共同研究成果をあげることことが最大の目的である。
しかしながら、研究資源として、生検及び剖検組織を扱うにあたっては、医療行為としての診断後の検体保存及びその診断使用や研究使用に対するインフォームド・コンセント等倫理的問題、試料保存に対する法律的問題、及びネットワークを利用した研究の推進に関わる問題等を整理する必要がある。RRNの事業化に向けて、今後の研究方針は社会的状況等へも配慮する必要がある。
1.インフォームド・コンセントなどの倫理問題。「指針に準拠した保存及び各々の目的に応じた承諾書とガイドラインの作成」
試料の研究使用については、12年度の修理指針に準拠した保存及び使用目的に沿った文書の承諾書とガイドライン作成がが必要である。前回の新しい承諾書では、診断と研究使用を含んだ承諾書を作成したが、更に、本年度は、更に遺伝子解析を含んだ承諾書とガイドラインに更新し、当センターの倫理委員会へ申請中である。完成したら各施設へ参考として配布する。各施設では、病院の倫理委員会に諮って使用することになる。班会議の中では、「各病院で倫理委員会を作るのは困難もあり、不合理もある。国立病院・療養所では中央での高いレベルの倫理委員会で通すことで良いという解釈を厚生省で出すように働きかけてほしい」という意見もある。
2.試料保存に対する法律的問題
剖検の剖検の試料保存については、剖検の死体解剖保存法(以下、「法」)が適用され、法17条によると保存可能な施設が特定されており、国立精神・神経センターはこれ剖検の試料保存については、死体解剖保存法(以下、「法」)が適用され、法17条によると保存可能な施設が特定されており、国立精神・神経センターはこれに該当していない。このため、本センターでの試料の共有保存はできない。但し、法18条によると、法2条の有資格者が剖検した場合、有資格者が検体を本センターに保存することは出来る。これに対して、ナショナルセンターでの剖検の試料保存は疾病を撲滅する研究を遂行する上で必要であるので、法17条の改正又は解釈の追加を希望する。班会議での研究者の意見でもセンター保存が要望されており、また、センターの役目でもある。
3.個人情報管理に関する問題
生検、剖検共に患者(ヒト検体)の個人情報保護については人権擁護の観点から留意すべきであり、そのための枠組みを検討する必要がある。「個人情報保護基本法に関する大綱」は現在議論中であるので、注目して検討する。ヒト疾患研究の社会的意義に十分に配慮されるべきであり、すでに疫学研究等はこの法からはずされている。
4.ネットワーク構築と研究の推進
情報の共有化による研究利用の有用性、必要性(目的)について「ネットワークの構築は稀少疾患を蓄積し研究するのに、特に有益である。稀な疾患は多数の施設で集めないと研究は進まない。情報のみの共有でも役立つ」という意見が多数を占めた。研究計画のスタートに際して、RRNの情報は重要である。症例が集まるということが分からないと研究計画ができない。情報発信はナショナルセンターの役目である。
5.ネットワークを活用した研究成果について
筋疾患では、新しい病態の解明、遺伝子の発見等に貢献している。当センターでは、筋組織を用いた共同研究が多数推進されている。本年度もNatureに掲載されたDanon病の遺伝子発見の報告がある。各施設間でも保存試料の共同利用が行われ、遺伝子診断の進展、反復生検の意義が強調された。
脳疾患でも、脳組織の利用は新しい疾患の遺伝子の発見や新しい病態の解明に大きく貢献している。DRPLA、アルツハイマー病、封入体病等は神経病理学者による丹念な研究の成果である。セロイドリポフスチン代謝異常や脳回形成異常等の多くの遺伝性疾患における遺伝子発見に伴い、保存試料が活用されて遺伝子診断のみならず、蛋白発現による病態解明等、多くの研究が進んでおり、治療法の開発への発展が期待できる。ポストゲノムの時期には、ヒトの組織は益々必要となる。
また、「ヤコブ・クロイツヘルド病は国立病院でケアしなければならないので、病態解明と治療法開発の共同研究のネットワークを作り、病態解明にも成果を上げるべきである」という意見も強い。
以上のように、本研究班は生検、剖検、精神疾患DNA の3グループがあり、生検、剖検は共通の研究班員を持ってネットワークを構成しているが、精神疾患DNA グループは別の研究班との共同研究が推進されている。研究資源を収集するという点では、共通しているが、生検と剖検のRRN は事業化を目指している。
3グループとも研究資源の逐次更新と長期継続は極めて重要である。
結論
1)剖検脳と生検筋では、如何なる遺伝子解析の進歩にも対応できるように広範囲の疾患、広範囲の年齢を収集し、情報を共有化した。このネットワークは外国の脳バンクに勝る点である。
2)診断と研究を目的とする文面を入れて承諾書を作成し、それを用いて集積中である。これは従来の承諾より倫理面を文章で表現したものである。遺伝子解析を含めた承諾書は申請中である。3)HOSPnetを使って、情報のネットワークを構築し、生検筋例は1100例以上、剖検脳は900例以上を蓄積した。数的には目的をほぼ達成したが、登録を充実させ、逐次、試料の更新が必要である。更に、年々新たな稀少疾患が蓄積される。てんかん等では、承諾を得て、外科切除組織を多数集積した。4)今までの研究支援として、剖検脳では15課題が共同研究で進行または終結した。遺伝子発見に伴い、保存試料が活用されて遺伝子診断のみならず、蛋白発現による病態解明等、多くの研究が進んでおり、ポストゲノムの時期には、ヒトの組織は益々重要となる。
生検筋では30課題が進行あるいは終結した。Danon病等、新しい筋疾患遺伝子発見や病態解明に貢献するのみならず、反復生検による病態の進行や治癒の判定にも有効である。RRNを利用した個別研究も進行中。5)精神疾患DNA検体の集積は主にシステム立ち上げのための準備を行った。DNA保存の点でRRNとしても、重要である。6)試料保存に関して重大な問題があり、国立精神・神経センターへの試料集積はできない。ナショナルセンターでの剖検の試料保存は疾病を撲滅する上で極めて必要であるので、死体解剖保存法17条の改正又は解釈の追加を希望する。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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