血液脳関門の機能特性を利用した脳内への薬物及び遺伝子輸送システムの開発

文献情報

文献番号
200000458A
報告書区分
総括
研究課題名
血液脳関門の機能特性を利用した脳内への薬物及び遺伝子輸送システムの開発
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
杉山 雄一(東京大学・大学院薬学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 広野修一(北里大学・薬学部)
  • 赤池紀生(九州大学・大学院医学系研究科)
  • 油谷浩幸(東京大学・先端科学技術研究センター)
  • 渡辺泰雄(東京医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
超高齢化、飽食化が重なり、21世紀早期は循環障害や高脂血症からの脳疾患症例が激増する。しかしながら種々脳機能疾患に対して適切な治療法が確立されていない。殊に脳虚血性疾患や脳梗塞誘発の脳機能障害に関しては早急な対策が必要である。本研究は、(1)血液脳関門 (BBB) に存在する薬物トランスポーターに着目し、神経細胞に直接効果を示す化合物の脳送達を図り、(2)更に神経細胞保護機構を脳全体の相関性から考究し、同時にBBB機能特性を利用した新規脳送達システムを開発することにより、今までにない治療法を確立することを主目的とする。(1)に関しては、一連の誘導体の脳移行を、BBB上の薬物排出ポンプとの相互作用という観点から検証し、三次元構造活性相関から、脳移行の優れた化合物を合理的に生み出す。(2)に関しては、細胞外マトリックス調整剤が、神経-グリア細胞間のペプチドによる情報伝達を介して神経保護作用を有するという仮説に基づく検討を行う。本研究は脳虚血疾患改善を指標として新規脳送達システムの開発を目指したものであり、提唱された方法論は種々脳疾患治療にも適応可能なものである。本研究は脳虚血疾患改善を指標として低分子化合物,高分子ペプチドおよび遺伝子の新規脳送達システムの開発を目指したものである。
研究方法
1)ラット、マウス脳内ならびに脳室内に薬液を投与し、一定時間後マウスを屠殺し、脳内残存量ならびに脊髄液中濃度を測定した。正常マウスと遺伝子欠損マウスを比較することで、関門におけるMRP1の役割について検討した。
2)関門に発現されるOatp1, Oatp2, Oat1, Oat3に対する阻害剤の選択性を遺伝子発現細胞を用いた輸送阻害実験により評価した。
3)MDR1P-gpの基質となる薬物12種類を選択し、MDR1P-gp発現細胞を用いた経細胞輸送と、静脈内投与後の脳内濃度を正常マウスと遺伝子欠損マウスとの間で評価した。また、発現細胞より膜分画を調整し、ATPの加水分解能を測定した。
4)既知MRP familyのアミノ酸配列との相同性を指標にして、DNAデータベースの検索を行った。RT-PCR法により、検索の結果みつかった部分配列の血液脳関門における発現を検討した。ヒトゲノム配列概要版より、予測された遺伝子の中からABC輸送タンパクファミリーに属すると思われる遺伝子を検索した。また、ラット血管内皮細胞を単離し、その遺伝子発現プロファイルをオリゴヌクレオチドアレイにより解析した。
5)cMOAT/MRP2の基質に対して、エネルギー極小配座集団を得、分子動力学による分子の立体配座解析プログラム(CAMDAS)を用いて、重要なエネルギー極小配座集団を自動抽出した。更に薬物分子を官能基特性球により特徴づけを行い、薬物分子間で同一特性球がもっとも重なる重なりを吐き出した。
6)4VO法により、脳虚血モデルを作成した。連続虚血は初回虚血1時間後に施行した。8字迷路法により、記憶障害の検索を行った。nimodipine、amlodipineは初回虚血前30分に腹腔内より投与した。
7)神経細胞が豊富な群、神経細胞とグリア細胞が混在した群、グリア細胞が豊富な群の三群とした。細胞障害は新規蛍光マルチプレートに捲種した細胞にCalcein-AM (最終濃度5?M) 添加後75分間incubateして測定した。細胞外TNF?はELISA法、アポトーシスは蛍光法で測定した。LPSあるいはGluやアシドーシスの処置前後にCS、CS-PEあるいはCJ-01を添加した。
8) 孤束核のNTS領域ニューロンそのものの特性とこのNTSニューロンの活動を制御している興奮性神経終末部の生理機構を解明する。ラットNTSニューロンを機械的に単離し、単離ニューロンにグルタミンさん作動性興奮性神経終末部が付着した「シナプス・ブートン標本」作成し、これらの細胞活動をパッチ電極で電圧固定下に記録する。
結果と考察
薬物トランスポーターの遺伝子発現系を用いた輸送阻害実験により、各トランスポーターに対する阻害剤の選択性を明らかにした。この阻害剤の選択性を用いて、estradiol17?glucuronide の脳内から排出に対してOatp2が40%程度の寄与をしていることを明らかとした。しかし、estradiol17?glucuronideを脳内・脳室内に投与後の、脳内濃度・脊髄液中濃度には、正常マウスならびにMRP1ノックアウトマウスとの間に差は見られなかった。一方、dinitrophenol glutathione (DNP-SG)では若干の低下が見られるにとどまっており、関門における排出輸送に占めるMRP1の寄与率は小さいものと考えられる。新規MRP familyの検索を行ったところ、DNAデータベース上にMRPfamilyと相同性を有するフラグメントが4つ見つかった。4つのフラグメントすべてが、脳毛細血管内皮細胞よりRT-PCRにより増幅されたが、このうち3つはヒトMRP7と高い相同性(~80%)を示し、マウスホモログと思われる。Northern blotを行ったところ、脳での発現は非常に少ないか、あるいはほとんど見られなかった。GeneChip(Affymetrix社)を用いて大動脈、Willis輪の動脈、脳表細動脈におけるラット遺伝子の発現プロファイル解析を行い、網羅的にWillis輪に特異的な遺伝子の単離を試みたが、Willis輪特異的に発現を示す遺伝子は認められなかった。概要版ヒトゲノム配列から遺伝子予測プログラムによりABCトランスポーターに相同性を有する遺伝子が58種認められた。今後血液脳関門・血液脳脊髄液関門の発現プロファイルと関連付けをすすめていく必要がある。関門における薬物トランスポーターに認識されないような分子構造を有する薬物を合成するために、cMOAT/MRP2の基質共通の構造の検索を行った。cMOAT/MRP2の基質となる薬物18分子について、CAMDASプログラムにより、エネルギー極小配座集団を得た。3846配座から結合候補配座として16配座を抽出することができた。今後は三次元定量的構造活性相関解析手法として代表的なCoMFA解析を行い、結合配座を決定するとともに、cMOAT/MRP2と相互作用する薬物の3次元的な構造特徴を明らかにしていく予定である。遺伝子発現細胞を介した経細胞輸送とin vivoでの中枢移行性との間に良好な相関関係が得られたことから、遺伝子発現系を利用したより効率的に中枢移行性の高い薬物のスクリーニングが可能になるものと期待される。
大動脈弓圧受容体から発する降圧神経を蛍光色素のDi-Iで生体染色し、その投射を受けるNTSニューロンはnon-NMDA受容体を多く発現していた。また、NTSニューロンを制御する興奮性のグルタミン酸作動性神経終末部にはバニロイド受容体(VR-I)が存在し、カプサイシンの投与によってグルタミン酸の放出が増加した。このため、迷走神経が活性化され、血管拡張に引き続き、血圧降下が生じることが示唆された。また、ATPが作用するP2X受容体も本神経終末部に存在して、グルタミン酸の放出を増加した。これらVR-1とATP両受容体の間には相互干渉がみられた。延髄には血液脳関門が十分に発達していないか、あるいはないといわれていることから、血液中のカプサイシンは直接、孤束核領域に侵入して、降圧作用を起こすと考えられる。またVR-1とP2X受容体の共存は、血圧調節機構と痛みのクロストークの存在を示唆するが、詳細は更なる検討を必要とする。虚血群に字迷路検索での正選択数の著名な減少、誤選択数の著名な増加が確認された。一方、Ca拮抗薬投与群では、一回虚血において、いずれの投与群も対照群と比較して統計的に有意な差を見出す結果は得られなかったが、連続虚血では対照群と比較してNim投与で有意な改善効果あ認められた。NimがBBBを透過することによって神経保護効果を発現したものと思われる。ECMを介する脳環境系調節作用について検討を行ったところ、ECM調製機能を有すると思われるCS-PEやCJ-01は用量依存的な刺激因子誘発脳細胞死の阻害効果が観察され、脳機能障害時発現時にECMを介する脳環境系調節作用により保護効果を有することが示唆された。
結論
(1)血液脳関門ではestradiol 17?glucuronideの排出にOatp2が関与している。
(2)血液脳脊髄液関門では、特にグルタチオン抱合体についてMRP1が排出ポンプとして働いてることが示唆されたが、単独ではなく、他の排出ポンプの関与が示唆された。
(3)薬物トランスポーターの遺伝子発現細胞を用いた経細胞輸送を測定することにより、in vivoにおける中枢移行性を少なくとも相対的には評価が可能である。
(4)トランスポーターと薬物の相互作用を立体構造化学的観点で解析する研究はほとんどないといっていい。蛋白質側の立体構造情報がない場合の薬物の結合/活性配座の予測手法により、cMOAT/MRP2結合薬物の三次元ファーマコフォアをかなり解明することができた。
(5)最近発表されたヒトゲノム配列情報の概要版に加えて、マウスあるいはラットのゲノム情報も用いて新規トランスポーター遺伝子の同定を行うインフォマッティックスシステムを構築し、ラットを用いたin vivo実験系を確立した。
(6)降圧作用を発現する延髄孤束核ニューロンにはnon-NMDA受容体が多く存在する。また本ニューロンを制御する興奮性神経終末にはバイロイト(VR-I)とATP両受容体が共存して、ともに孤束核ニューロンを活性化させ、減圧をもたらすことが示唆された。
(7)連続虚血で誘発される血液脳関門の薬物移行性での異常を見出し、かつECM調製作用物質を応用した新しい脳保護治療法への発展性を示唆するものである。

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