乳幼児期に生じるけいれん発作の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000452A
報告書区分
総括
研究課題名
乳幼児期に生じるけいれん発作の病態と治療に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
飯沼 一宇(東北大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 呉繁夫(東北大学医学部)
  • 田中達也(旭川医科大学)
  • 佐藤康二(浜松医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
乳幼児に発症するけいれんは難治のものが少なくなく、未熟脳では興奮性の亢進と、抑制性の未熟さが基盤にあると考えられる。グリシン脳症モデルマウスの作成、新生児ラットへのカイニン酸注入による皮質形成異常モデルを作成し、これらの興奮性と抑制性の機序を解明する。またクロライド・コトランスポーターが抑制性機序に重要な関与があることから、この遺伝子発現を胎児から成獣に至るさまざまの段階のラットで検討する。けいれん発現、抑制機序に関与する種々の受容体や、特に脳に存在するトランスポーターなどの動態を検討し、グリシン脳症および皮質形成異常モデルでのこれらの脳関連物質の動態を解析する。特に幼若期におけるこれらの脳関連物質の変化が、乳幼児期けいれんの難治化に関与しているかを評価する。モデル動物では、その異常の物質的基盤が既知であるので、それと脳関連物質との関与を解析する上で、有用である。さらに皮質形成異常症の臨床例での局所の興奮性などをSPECT、fMRI、MRS、MEGなどの新しい脳機能解析技術を用いて検討する。手術での摘出例については摘出材料について、動物モデルで得られた脳関連物質の動態を解析する。
研究方法
グリシン開裂系に対するドミナント・ネガティブ変異をもった変異酵素の遺伝子をマウスに導入するが、一組のloxPに挟まれた部分に蛍光蛋白を組み込み、このままではドミナント・ネガティブ効果を発揮しないマウスとCre組換え酵素をもったマウスを掛け合わせると、蛍光蛋白部分は抜け落ちるため蛍光は発せず、ドミナント・ネガティブ効果を発揮する。このようにして数系統のマウス系を樹立し、それぞれの系のグリシン開裂系酵素(GCS)の残存活性を測定し、同時に脳内グリシン濃度を測定し、これらを種々の実験に供する。胎児期から成獣に至るまでの種々の段階のラット脳の各部位におけるクロライド・コトランスポーターであるKCC1、KCC2、NKCC1mRNAの発現を検討する。まずコトランスポーターにそれぞれ特異的なcDNAプローブを作成した。さまざまの段階のラット脳を取り出し、クライオスタットで20μmの切片を作成し、上記のプローブをパイブリダイズし,オートラジオグラフィー法にて観察した。脳内各部位について上記遺伝子の発現を成熟段階毎に検討した。ハロセン麻酔下に新生児ラットの大脳皮質にカイニン酸0.5μgまたは1μgを注入した。Bregmaから側方3mm前方2mmの部位に27Gの注射針で頭皮上から頭蓋を穿孔し、その後同部位に径0.3mmのステンレスパイプを頭皮から3mm刺入してカイニン酸を注入した。その1ヵ月と2ヵ月後に深麻酔下に10%ホルマリンで潅流後、ラット脳を取り出し、病理組織を観察した。
皮質形成異常症例に対してMRS、fMRI、MEGを用いて皮質および形成異常部の細胞構築成分、運動野および感覚野の確認、てんかん性発射の部位の同定を行った。
結果と考察
GCSに対してドミナント・ネガティブ効果を持つ遺伝子を導入したマウスの系統樹立に成功した。得られたトランスジェニックマウスは10系統で、このうち、本年度は4系統の表現型を解析した。第一の系統G11-1は生後1週後から振戦などの症状を呈し、生後3か月までに40%が死亡した。生き残ったマウスはその後、特に症状を示さず現在観察を続けている。グリシン脳症の症状は新生児期に最も激しく、それを乗り切ると意識障害やけいれんの程度が軽減することが知られている。このマウスは、その状況をよく反映するものと考えられる。もう一つの系統G15-5は、すべてのマウスが妊娠後期ないしは生後すぐに死亡した。この系統は、現在保有するモデルマウスの中で最も症状が強いと考えられ、ヒトにおける新生児型のモデルマウスと考えられる。他の2系統に関しては3か月の観察期間では特に症状を示さなかった。G11-1は、約60%の産仔しか成獣にならず、けいれんや振戦などの症状が認められることから乳幼児発症型のモデルと考えられる。G15-5は、新生児死亡や妊娠後期の流産が認められることから、新生児発症型のモデルと考えられる。現在、これのマウスの脳内グリシン濃度やGCS酵素活性について更に詳しい検索を行っている。このようにグリシン脳症の各病型に対応したモデルマウスの作成とその性格付けを行った。クロライド・コトランスポーターKCC1、KCC2、NKCC1のmRNA発現を成熟ラット脳全体で検討したところ、KCC2mRNAの発現は、ほぼ脳全体にわたっており、しかも神経細胞特異的であった。このことは、KCC2を介したクロライド汲み出し機構が、大部分の神経細胞にとって非常に重要であることを示唆している。しかし、視交叉上核、視床下部室傍核、視床網様核などいくつかの領域で、KCC2mRNAを全く発現していない神経細胞が発見された。これらの神経細胞では、その特殊な生理的作用のため細胞内クロライドが異なる系によって調節されていることが推定される。生直後から成熟に至るラット嗅球におけるクロライド・コトランスポーター遺伝子の発現変動を検討した。その結果、KCC2の遺伝子発現はまず一番初めに、嗅球の神経細胞の中で最も早く成熟する僧帽細胞に見られた。これまでに3Hの取り込み実験によって記載されている順にKCC2の遺伝子発現は観察された。KCC2の遺伝子発現と各々の神経細胞の成熟の程度は正の相関を有することを示唆しており、KCC2を発現して細胞内クロライド濃度を低く保てることが、換言すればGABAに対して抑制性に応答できることが、成熟神経細胞にとって必須であることを示唆している。新生児ラットへのカイニン酸注入による脳組織の検討では、注入部位の周囲に層構造の異常、異常な神経細胞の出現といった皮質形成異常が認められた。これは、カイニン酸注入後に全身けいれんを起こすが、大脳皮質てんかん性興奮が速やかに二次性全般化を起こしたものと考えられた。この神経細胞の過剰興奮の結果、正常な神経細胞の移動が起こらなくなり、皮質形成異常に至ったものと考えられた。皮質形成異常の一型であるband heterotopia症例において、手の把握運動によるfMRIでは健常人の運動野と推定される部位に血流の増加を認め、MRSでは浅層も深層も同様の細胞成分を有していると推測された。MEGではSEFは健常人で推定される一次感覚野に出現したが、自発的棘波放電は深層のheterotopiaに認められた。浅層も深層も灰白質では同様の細胞成分が存在すると考えられるが、正常機能は浅層で、異常機能は深層で営まれていると考えられた。
結論
グリシン脳症モデルマウスを作成し、種々の脳内高グリシン濃度の系統を樹立できた。これらの中で、易けいれん性を有する系統が確認された。クロライド・コトランスポーターKCC2mRNAは成熟に伴って、神経細胞の成熟の順序に従って発現した。発達段階においてクロライド汲み出し機構が重要な要素であることが推測された。カイニン酸注入によって局所の皮質形
成異常が作成された。これはけいれん物質カイニン酸により局所神経細胞の過剰興奮が速やかに全般化することによって、神経細胞移動の障害が起こるためと考えられた。Band heterotopia症例では浅層の皮質で正常機能、深層のheterotopiaで異常放電が起こっていることが確認された。異所性灰白質が異常興奮を引き起こしていることが患者で確認された。

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