神経回路網形成障害の分子機構に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000451A
報告書区分
総括
研究課題名
神経回路網形成障害の分子機構に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
大野 耕策(鳥取大学)
研究分担者(所属機関)
  • 二宮治明(鳥取大学)
  • 岡 明(鳥取大学)
  • 佐治真理(北里大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
種々の遺伝的障害は、それぞれに特有な神経症状を示す.1つの遺伝的欠陥が特定の神経回路網の成熟障害や変性と関係していることは疑いない.それぞれの発育期遺伝遺伝病での、発育期神経回路網形成障害の分子機構を明らかにしていくことは、治療法確立に重要である.発育期の神経遺伝病として、結節性硬化症、ニーマン・ピック病C型、その他の疾患を取り上げ、その神経回路網障害機構を明らかにし、治療法の確立を目的とする.
研究方法
【1】結節性硬化症遺伝子変異と遺伝子産物の機能解析:その原因遺伝子であるTSC1 とTSC2の変異解析を日本人76例についてPCR-SSCP法でスクリーニングし、異常のあるものについて自動塩基配列決定装置で解析した(研究協力者 難波).TSC1 遺伝子産物ハマルチンとTSC2遺伝子産物ツベリンの抗体を用いて、種々の培養細胞での局在、アンチセンスDNAを用いてそれらの蛋白質の発現を抑制したときの細胞の挙動、ハマルチンが作用すると考えられるRhoの恒常的活性型変異体導入による細胞の挙動を見ることで、細胞増殖、神経細胞分化におけるハマルチンの役割について検討した(主任研究者 大野).【2】ニーマン・ピック病C型モデルマウスの神経回路網障害の検討:ニーマン・ピック病C型と同じ遺伝子に欠陥をもつマウス、3週齢、6週齢、9週齢について、脳組織切片を用い、神経細胞脱落領域、スフェロイドの分布、コレステロール蓄積部位、糖脂質蓄積部位について調べた(大野、研究協力者 大原).さらにモデルマウス神経系細胞株の樹立により、その神経細胞レベルでの異常の解析を目指した(研究協力者 渡部).【3】ニーマン・ピック病C型の原因蛋白質NPC1機能と欠損細胞における病態解析:ニーマン・ピック病C型における糖脂質蓄積機構を解析するため、ガングリオシッドGM1と結合して細胞内に輸送されるコレラトキシンを用いて細胞内輸送を検討した(研究分担者 二宮).さらにNPC1欠損細胞で発現蛋白質の違いをスクリーニングするためDNAチップ法により正常と患者細胞で発現量に違いのあるmRNAをスクリーニングし、増加しているmRNAについて、細胞、組織レベルでの蛋白質の量をウエスターンブロットと免疫組織学的に調べた(主任研究者 大野、研究分担者 二宮).これらのの中で、インターフェロンで転写が促進される、STATsやインフルエンザ抵抗性遺伝子MxAの発現が蛋白質レベルで増加していることが明らかになり、患者ではインフルエンザへの感染性が変化している可能性があり、細胞株を用いてインフルエンザウイルスの感染・複製の効率の比較検討を行っている(研究協力者 伊藤).【4】その他の遺伝的脳形成障害における神経回路網形成障害の分子機構:Nijmegen breakage症候群は免疫系異常に加え、小頭症や精神遅滞を呈する疾患である.この原因蛋白質NBS1の抗体を作成し、ヒト胎児脳での発現を検討し、神経回路網形成に与えるNBS1蛋白質の役割を検討した(研究分担者 岡).【5】局所神経回路網遮断および神経回路網過剰興奮誘発法に関する研究:神経回路網の興奮性を変化させることにより、実験的に神経活動の修飾をおこない、将来的な治療法への発展を目的として、HVJ-リポソーム法により局所脳内へ、遺伝子導入を行う方法の樹立を目指している.ラット海馬歯状回へAPMA受容体サブユニットの変異体GluRQ2遺伝子を導入し、ラットに歯状回神経細胞に過剰興奮性を付与できるかどうか調べた(研究分担者 佐治).
結果と考察
【1】結節性硬化症:遺伝子産物ハマルチンは培養神経細胞の分化に伴い核から細胞質に移行し、そのアンチセンスDNAによりハマルチンの発現を抑制すると神経突起の伸長が促進され、さらにRhoAの恒常的活性型
変異体を発現させると突起の伸長が抑制された.このことはハマルチンの核・細胞質移行は神経細胞の分化と深く関係し、Rhoが下流に存在する可能性が高い.今後、神経分化と関係して核・細胞質移行を担うプロテオームを解析する.【2】ニーマン・ピック病C型(NPC):モデルマウスで、プルキンエ細胞や視床VPL/VPMだけではなく、深部知覚の中継核である延髄後索核や後根に早期から軸索変性が出現し、感覚系優位な神経回路網障害がおこることを見出した.この回路網障害とガングリオシッドの細胞内蓄積機構を解析する過程で、ニーマン・ピック病C型の原因蛋白質NPC1はリソソーム・後期エンドソームからの小胞輸送だけでなく、早期エンドソームから細胞膜への逆行性小胞輸送にも関与することを見だした.さらに、DNAチップ法により、インターフェロンで誘導される一群の遺伝子発現が亢進し、STATsがモデルマウス肝臓、視床、プルキンエ細胞などの変性をおこす領域に強く発現することを見出した.今後、ニーマン・ピック病でのSTATsの発現増加の背景と神経回路網障害の関係を明らかにしていく.【3】その他の遺伝病:免疫異常に加え、小頭症や精神遅滞をきたすNijmegen breakage症候群を取り上げ、その原因蛋白質NBS1の抗体を用いヒト胎児脳を検索し、この蛋白質は胎生期に神経細胞が分裂、移動した直後の未熟な神経細胞とプルキンエ細胞に発現し、回路網形成の初期に重要な役割を果たす可能性を見出した.【4】神経回路網形成障害の解析と治療法を開発する1つの手段として、HVJ-リポソーム法により、脳内局所に遺伝子を導入し、局所神経回路網の遮断と興奮をおこさせるする方法を開発した.ラット海馬歯状回周辺へグルタミン酸受容体サブタイプであるAMPA受容体サブユニットの変異体GluR2Qを発現させると、音刺激性てんかん発作が誘発されることを明らかにした.この方法によって海馬に異常興奮性回路が形成され、側頭葉てんかん部分発作の発生病理と関係することが示唆されただけでなく、この方法が特定の神経回路網の機能解析や活性化に応用できる可能性が示された.
結論
【1】結節性硬化症について:結節性硬化症は脳の部分的発生異常による回路網形成障害のため、てんかん、知的障害、脳内結節、脳腫瘍化をおこすとともに、思春期頃から腎腫瘍の増大、顔面血管線維種の増加により、QOLの質的低下、社会性生活上の困難がもたらされる.脳神経細胞の発生異常、過誤腫機序を明らかにすることが、近い将来の治療法の開発につながる.2つの原因遺伝子産物ツベリンとハマルチンの研究を介し、ハマルチンは細胞ぼ増殖から分化に伴い、核から細胞質へ移行することを見出した.現在、イーストツーハイブリッド法により、ハマルチンと結合し、核外移行シグナルを持つ蛋白質の検索を行い、分化に伴う細胞質への移行の機構を解析する.
【2】ニーマン・ピック病C型では、プリキンエ細胞だけでなく、視床VPL/VPM-後索核の感覚系神経回路網障害が早期におこることを見出し、この異常は、蓄積するコレステロールや糖脂質では説明しにくいことを明らかにした.原因蛋白質はリソソーム・後期エンドソームからの小胞輸送だけでなく、早期エンドソームから細胞質への小胞輸送にも関与している事実を見出した.この機能の異常により、コレラトキシンの作用が患者細胞で強く発現することを見出したが、この異常がどの様にプルキンエ細胞変性や視床VPL/VPM-後索核の感覚系神経回路網障害と結びつくかを明らかにすることが今後の課題である.さらに、DNAチップ法により、インターフェロンで誘導される、一連の遺伝子の発現増加があることを見出し、モデル動物の臓器でもSTATs系の発現の亢進を確認し、これらが発現増強と神経回路網形成障害機構を明らかにすると同時に、これらのシグナル伝達の増強を抑える方法の開発によって治療法の開発を目指す.【3】その他の遺伝性神経疾患の神経回路網形成障害の分子機構を明らかにするとともに、【4】の方法を用いた特定神経回路網興奮性の修飾法の確立を継続して行う.

公開日・更新日

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