筋ジストロフィーにおける筋線維崩壊の本体の解明

文献情報

文献番号
200000449A
報告書区分
総括
研究課題名
筋ジストロフィーにおける筋線維崩壊の本体の解明
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
今村 道博(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉田幹晴(国立精神・神経センター神経研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
筋ジストロフィー全体の3分の2を占めるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の克服は重要かつ緊急な課題であり、このためには筋線維崩壊の本体を明らかにする必要がある。本研究ではDMDとサルコグリカノパチー(SGP)の両筋ジストロフィー間に共通する筋症状に着目して筋線維崩壊の分子機構を明らかにすることを目的とする。我々はこれまでの研究からDMDの原因遺伝子産物であるジストロフィンがジストログリカン及びサルコグリカン(SG)と呼ばれる膜タンパク質群、そしてジストロブレビンやシントロフィンと呼ばれる細胞内タンパク質と共に巨大複合体(dys-DAP複合体)を形成していることを明らかにしてきた。SGPはSG遺伝子の変異により生じるが、DMDにおいてもSGタンパク質の著しい発現低下が認められる。従って両筋ジストロフィーに類似した筋症状はSGタンパク質の発現抑制と密接に関連するものと考えられる。我々はこのような観点から、SG分子に焦点を当て、その機能解析を行う。
研究方法
SG複合体の減少とSGP及びDMDの筋症状との関連について検証するため、以下の方法を用いて、SGとジストロフィンの両遺伝子を欠損する新しい筋ジストロフィーモデルマウスを作製した。また、SG複合体の形成機構と機能解析のためのシステムを確立すると同時に新しいSG分子に注目してSG複合体形成に関する解析を行った。(1)我々が作製したγ-SG欠損マウス(GSG-/-)とジストロフィンを欠損するmdxマウスを交配し得られたF1世代を飼育、交配させGSG(+/-)/mdxの遺伝子型を示すマウスを作製した。これらをさらに交配させGSG(-/-)/mdxのダルブノックアウトマウス(GSG-mdxマウス)を得た。(2) ジストロフィン-ジストロフィン結合タンパク質複合体(dys-DAP複合体)を構成するタンパク質のうち、8種類のcDNAをCAGプロモーターの下流に繋いた発現ベクターを作製し、チャイニーズハムスター卵巣由来の細胞株(CHO細胞)に導入した。この細胞の細胞膜画分を調製して導入した外来遺伝子産物の存在様式について解析した。 ジストロブレビン分子種を識別する抗体を作製し、GSGおよびBSGマウス(β-SG欠損マウス)筋組織中における分子種発現を調べると共に、これがアポトーシス誘導に関連する可能性を検討した。
(3)新しく発見された第5番目のSG分子(ε-SG)に注目し、その組織発現および存在様式について生化学的、免疫組織化学的解析を行った。 尚、本研究における動物実験の全ては、実験実施場所である国立精神・神経センター神経研究所が定める「動物実験に関する倫理指針」に基づいて行われており、動物福祉への配慮は十分に行われた。
結果と考察
(1)γ-SGとジストロフィン遺伝子を欠失したダブルノックアウトマウスの作製
GSGとmdxマウスを交配させて作製したγ-SGとジストロフィン遺伝子のダブルノックアウトマウス(GSG-mdxマウス)は、γ-SG遺伝子のみを欠損したGSGマウスと同様に、肩、腰部、後肢に筋肥大が認められた。しかしながらGSGマウスとは異なり、GSG-mdxマウスの多くは生後40週前後で後肢を引きずるという明らかな運動障害を現した。さらに、著しい脊柱彎曲と両耳間隔の狭まり、顔面筋の痩せ細りという特徴的な表現型を示していた。これらの症状は加齢に伴って進行して行き、生後1年未満で死亡する傾向にあった。性染色体上のジストロフィン遺伝子が障害されたmdxマウスにおいては常染色体ホモローグであるユートロフィンの発現上昇が認められ、これに加えて二次的なSG複合体の減少が生じる。一方、γ-SGを欠損したGSGマウスではmdxよりも著しいSG複合体の減少が認められるが、ジストロフィンの発現にはほとんど影響しない。従って両遺伝子を欠損させた場合にはユートロフィン存在下でSGが著減するものと推測されたが、GSG-mdxマウス骨格筋の免疫組織染色はこれを支持していた。この事はSG複合体の減少がGSG-mdxマウスの重篤な筋症状と密接に関連していることを示唆している。但し、mdxとGSGマウスとは遺伝バックグランドが異なっており、両者を交配させた場合の表現型への影響について考慮する必要がある。さらにGSG-mdxマウスは繁殖効率が低いため、解析用個体の確保に問題が生じている。現在、これらの問題を解決し、さらに詳細な生化学的解析が行えるような飼育システムの確立を行っている。
(2)SG複合体形成の分子機構および機能解析法の確立
SG複合体の機能としてはdys-DAP複合体を安定化させる構造的役割が議論されているが、一方では、細胞内情報伝達系の制御分子であると指摘する者もある。我々は両者の視点からSG複合体の機能解析を行うため、培養細胞を用いたSG複合体の再構成系を確立すると同時にSG複合体と一酸化窒素合成酵素(NOS)機能との関連について解析する方法の確立を目指した。 我々はCAGプロモーター下流にcDNAを組み込んだ遺伝子発現ベクターをCHO細胞に導入してジストロフィン分子種およびジストロフィン結合タンパク質を発現させた。この後、細胞表面をビオチンで標識し、固定化アビジンで回収することにより細胞形質膜における外来タンパク質の存在様式を解析した。その結果、4種類のSGに加えて、筋細胞膜ではSG複合体に結合すると考えられているサルコスパン(SPN)、ジストログリカン(DG)、そしてジストロフィン分子種であるDp116の7種類のタンパク質を形質膜で安定化させる事ができた。さらに新しく発見されたε-SGを加えた8種類の発現も可能であった。回収したアビジン結合画分を免疫沈降法により解析したところ、導入したタンパク質は筋細胞膜に存在するdys-DAP複合体に類似した構造形成をすることが示された。 DMDの筋線維膜においては神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)が消失することから、nNOSと筋線維変性との関連が議論されている。我々はnNOSがジストロブレビンと呼ばれる分子を介してSG複合体に結合することを発見し、SG複合体がnNOSの酵素活性制御に関与する可能性を指摘している。実際にジストロブレビンを消失したマウスではnNOSの活性が変化して、筋ジストロフィーとなることが報告されている。今回、我々はSGPモデルマウスの筋組織において特定のジストロブレビン分子種(αジストロブレビン-3)が選択的に消失するのを観察した。しかしながら、この分子種にはnNOSを繋ぎ止める機能がないものと推測された。そのため、この特定分子種の消失とnNOSの機能発現との関連について、引き続き解析を行っている。 一酸化窒素(NO)はチロシンのニトロ化等を経てアポトーシスを誘導することが議論されているが、SG複合体の消失によってnNOSの活性制御に異常が生じると仮定すると、これがアポトーシスの誘導と関連することも考えられる。そこでSGPモデルマウスの筋組織において活性型キャスペース3を検出したところ、陽性線維が観察された。mdxマウスとの比較では陽性線維数が多い傾向にあったため、さらに解析を進めている。
(3)ε-SGを含む新しいタイプのSG複合体の存在
ε-SGはα-SGのホモローグとして発見されたが、これが如何なる組織でどのような存在様式をとるのかは不明であった。我々はこの新しいSG分子を特異的に認識する抗体を作製し、組織発現を調べたところ、横紋筋や平滑筋の他に多くの非筋組織で発現しているのが確認された。ε-SGの最も強い発現を示す末梢神経について解析したところ、ε-SGはβ-SG及びδ-SGと複合体を形成しており、既存のSG複合体(αβγδから成る)とは異なることが明らかになった。さらに、この新しいSG複合体は末梢神経においてdys-DAP複合体を構築していたが、骨格筋においても同様の構造を構築している可能性が示唆された。ε-SGによって形成されるSG複合体と既存の横紋筋型複合体との機能的類似性及び差異について、引き続き解析を行っている。
結論
ジストロフィンとSG遺伝子を欠損するダルブノックアウトマウスは、重篤な筋症状を示していた。この筋症状とSG複合体の発現抑制との関連について、引き続き詳細な解析を行う必要がある。SG複合体解析のためのin vitro再構成系を確立し、dys-DAP複合体様構造を再現させることに成功した。これにより、解析システムとしての有用性が示された。また、SG複合体形成とnNOS活性制御との関連の解析に着手したが、アポトーシスに及ぼす効果については様々な角度からの検討が必要である。さらに、新しいタイプのSG複合体を発見した。既存のSG複合体との類似性及び相違点については機能面から明らかにして行かなければならない。

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