多発性硬化症の神経免疫学的研究―疾患感受性および疾患抵抗性遺伝子を利用した視神経精髄型多発性硬化症の責任自己抗原の検索(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000447A
報告書区分
総括
研究課題名
多発性硬化症の神経免疫学的研究―疾患感受性および疾患抵抗性遺伝子を利用した視神経精髄型多発性硬化症の責任自己抗原の検索(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉良 潤一(九州大学医学系研究院・神経内科)
研究分担者(所属機関)
  • 西村泰治(熊本大学医学研究科・免疫識別学)
  • 菊池誠志(北海道大学医学研究科・神経内科学)
  • 深澤俊行(北祐会神経内科病院・神経内科学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
29,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
日本人の多発性硬化症(MS)は、臨床症候から見た病巣が視神経と脊髄に限られる視神経脊髄型MS(OS-MS)と、それ以外の中枢神経系にも多巣性に病巣を有する通常型MS(C-MS)が混在している。臨床的にこの2つの病型を比較すると、OS-MSでは、①女性の罹患率が高い、②発症年齢がより高齢、③再発しやすい、④総合障害度が高い、⑤脳MRI上の病巣が少ない、⑥脊髄MRIでの異常信号域の長さが長く、萎縮を呈しやすい、⑦細胞・蛋白増加が高度、などの特徴を示す。欧米白人におけるMSでは、疾患感受性遺伝子としてHLA-DRB1*1501が知られている。一方、我々は、日本人のMS患者をOS-MSとC-MSとに分類した場合、C-MSでは欧米白人と同様にDRB1*1501と正の相関にあるのに対し、OS-MSでは相関は認められず、DPB1*0501と正の相関にあることを発見した。この各々の疾患感受性を示すHLAクラスII分子は、T細胞に抗原提示される抗原ペプチドと結合するペプチド収容溝のアミノ酸配列が異なるため、全く異なる抗原ペプチドをT細胞に抗原提示していることが予想される。また、それぞれの病型の患者末梢血単核球をミエリン蛋白由来ペプチドにて刺激した場合、そのエピトープの拡大する傾向が、OS-MSではMOGへの拡大、C-MSではPLPへ拡大する傾向が強いことが示され、これらは各々の疾患感受性を示すHLAクラスII分子の違いに由来する可能性が考えられた。以上のように、日本人におけるMSは、臨床的に、免疫遺伝学的に、また、T細胞の自己抗原に対する免疫応答においても異なる2つの病型が混在している。近年、MSの主要な標的であるオリゴデンドロサイトについて、視神経や脊髄には大脳とは異なる特有の前駆細胞が多く存在することが示されており、OS-MSの病型の形成に関与する、視神経、脊髄に特有な責任自己抗原の存在が示唆される。本研究では、日本人に頻度の高いOS-MSの責任自己抗原の同定を第一の目的とする。さらに、九大・北大で多数例のMS患者を集積し、MSの各病型ごとに新たな疾患感受性・抵抗性遺伝子を発見していくことを第二の目的とする。
研究方法
Ⅰ. ヒト脊髄cDNA発現ライブラリーの作製;OS-MSの責任自己抗原を患者血清にてスクリーニングするため、ヒト脊髄cDNA発現ライブラリーを作製した。ヒト脊髄由来のPoly A+mRNAを購入しcDNAを合成、λZAP IIベクターにベクターライゲーションを行い、in vitro packagingを行うことで、ヒト脊髄cDNA発現ライブラリーを作製した。
Ⅱ. SEREX法によるスクリーニング;上記ヒト脊髄cDNA発現ライブラリーのλファージを大腸菌(XL1 Blue MRF)に感染させ、NZYプレート上に溶菌斑が出現したところでIPTGにより蛋白発現を誘導し、ニトロセルロース膜に発現蛋白を転写した。ヒト脊髄由来蛋白質の転写された膜に対し、大腸菌・ファージで吸収したOS-MS患者血清を1次抗体とし、2次抗体として、酵素標識されたmouse anti-human IgGを用いた。基質添加後、化学発光をX線フィルム上に検出し、陽性クローンをプレートからひろい、in vivo excision後、プラスミドDNAを精製し、DNAシークエンスを行った。
Ⅲ. 疾患感受性・抵抗性遺伝子の検索;MS患者並びに健常者において、Vitamin D receptor gene(VDRG)、Estrogen receptor gene (ERG)、Heat shock protein 70 (HSP 70)遺伝子における遺伝子多型の検討を行った。対象はC-MS患者77-107名、健常群73-95名で、末梢血より得られたDNAを制限酵素を用いたPCR-RFLP解析を行った。VDRGに関しては制限酵素Apa I ないしBsm I、ERGでは制限酵素Pvu IIないしXba I、HSP 70では制限酵素Bsr BI、Pst I、Nco Iを用いた。それぞれで得られた遺伝子多型は、MSの臨床症状、MRI所見、HLA genotype等との相関を検討した。
Ⅳ. 動物モデルの作製;OS-MSの動物モデルの作製のため、疾患感受性遺伝子であるDP5(DPA1*02022/DPB1*0501)遺伝子のトランスジェニックマウスを作製する。
結果と考察
Ⅰ. OS-MSの責任自己抗原の検索;OS-MS患者1名の血清を1次抗体とし、およそ5×105個のファージのスクリーニングにより、陽性クローンを7つ得た。それぞれの塩基配列を決定した結果、Rabaptin-5、KIAA0610蛋白を同定しえた。Rabaptin-5は、両終末にcoiled-coilドメインを持つ862個のアミノ酸よりなる蛋白で、小胞輸送に関与する。KIAA0610蛋白は、塩基配列の一部が同定されているが機能は不明の蛋白である。このKIAA0610蛋白の発現部位は脳のみならず肝・筋・脾など多岐にわたっている。他のOS-MS患者でのスクリーニングでは、1×106個のファージのスクリーニングで7つの陽性クローンを得た。現在、この陽性クローンの塩基配列の決定、並びにRabaptin-5、KIAA0610蛋白のOS-MSとの関連性を検討している。
Ⅱ. 疾患感受性・抵抗性遺伝子の検索; ①VDRG多型:C-MS患者77例および健常対照者95例で制限酵素Apa IないしBsm IにてPCR-RFLP解析を行い、それぞれの遺伝子多型AA, Aa, aaおよびBB, Bb, bbを得て、患者-対照間で比較検討を行った結果、Bam I多型においては、[b] alleleおよびbb genotypeの頻度がMS群で有意に高かった(p=0.0138, p=0.0263)。Apa I多型においては、AA genotypeおよび[A] alleleの頻度がMS群で高かった(p=0.0070, p=0.0321)。さらに、bA/bA陽性者は、健常対照に較べMS患者で有意に多かった(p=0.0003)。1,25-Dihydroxyvitamin D3の受容体は末梢血単核球や活性化T細胞にも発現し、IL-1, 2, 6, 12やTNFα、TNFβ、IFN-γの産生に関わることから、VDRG多型がMSの疾患感受性に関与することが示唆された。
②ERG多型:C-MS患者79例および健常対照者73例で制限酵素Pvu IIないしXba IにてPCR-RFLP解析を行い、それぞれの遺伝子多型PP, Pp, ppおよびXX, Xx, xxを得て、患者-対照間で比較検討を行った結果、Pvu II多型において、PP, Ppおよび[P] alleleの割合が、MSにおいて有意に高かった((p= 0.0005, p=0.0004 )。Xba I多型の検討では有意差は認めなかったが、Xxを有する男性患者の発症年齢(24.67±7.14)が、XXないしxxを有する群(32.46±8.68)より有意に低かった(p=0.0381)。近年、エストロゲンの免疫抑制作用の報告やEAEへのエストロゲン投与により、その発症を遅らせたり、症状を軽減したりすることが報告されている。さらに、ERGのPPおよびPpはエストロゲンの効果を減弱させることが示唆されており、今回の検討によりPPおよびPpがMSの発症に関与している可能性が示唆された。
③HSP 70遺伝子多型:C-MS患者107例および健常対照群77例で、HSP70-1, -2, -homにおいてそれぞれ制限酵素Bsr BI, Pst I, Nco IにてPCR-RFLP解析を行った。MS患者の末梢血T細胞においてはHSP70に対する増殖反応が亢進しており、その遺伝子はHLAクラスIII領域に存在し、その多型が自己免疫疾患との関連が示唆されている。しかしながら、今回の検討では患者-対照間で有意差は認められなかった。
Ⅲ. 動物モデルの作製;OS-MSの動物モデルを作製するため、疾患感受性遺伝子であるDP5(DPA1*02022/DPB1*0501)homoの健常人より、それぞれの遺伝子のクローニングを行った。現在、コンストラクトを作製中である。
結論
OS-MSの責任自己抗原を同定するため、OS-MS患者血清を用い、SEREX法にてスクリーニングを行った。OS-MS患者1名の血清よりRabaptin-5、KIAA0610蛋白が同定できた。さらに他の患者血清より陽性クローンが7つ得られた。今後、この陽性クローンの塩基配列の決定、並びにRabaptin-5、KIAA0610蛋白のOS-MSとの関連性を検討する。制限酵素を用いたPCR-RFLP解析により、VDRG多型、ERG多型とMSとの間に相関が認められたが、HSP70では有意差は認められなかった。

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