免疫性神経疾患の発症機構の解明と治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000445A
報告書区分
総括
研究課題名
免疫性神経疾患の発症機構の解明と治療法の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
楠 進(東京大学)
研究分担者(所属機関)
  • 鎌倉恵子(防衛医科大学校)
  • 結城伸泰(独協医科大学)
  • 吉野英(国立精神・神経センター国府台病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
免疫性神経疾患、なかでもギラン・バレー症候群をはじめとする免疫性ニューロパチーでは、近年の研究により抗ガングリオシド抗体がしばしば血中に上昇することが明らかになり、診断マーカーとして、さらに病態に関わる可能性のある因子として注目されている。ガングリオシドには数多くの分子種があるが、とくにギラン・バレー症候群では症例ごとにさまざまなガングリオシドに対する抗体が上昇することが知られる。本研究班では、この抗ガングリオシド抗体に焦点を当てて、それぞれの抗体の診断的意義、および病態に果たす役割を明らかにし、それらの知見に基づいて最適の治療法を開発することを目的としている。
楠班員は後根神経節の一次感覚ニューロンにガングリオシドGD1bが局在すること、GD1bのジシアロシル基を認識する抗体は感覚障害性失調性ニューロパチーに特異的に関連することなどの知見に基づいて、ウサギをGD1bで感作し、感覚障害性失調性ニューロパチーの動物モデルを作成して、さらに他のガングリオシドに交差反応しない抗GD1b IgG抗体が発症に重要であることを指摘していた。本年度は抗GD1b IgG抗体のみが陽性で他の抗ガングリオシド抗体を伴わないギラン・バレー症候群の臨床的特徴を解析した。
鎌倉班員は従来から楠班員との共同研究によりギラン・バレー症候群における抗GalNAc-GD1a抗体の意義の検討を行ってきており、抗GalNAc-GD1a IgG抗体は、脳神経障害を伴わない純粋運動型ギラン・バレー症候群に関連することを明らかにしていた。本年度は抗GalNAc-GD1a抗体の病因的意義を検討する目的で、GalNAc-GD1aの分布を検討した。
結城班員はウシ脳の粗ガングリオシドおよびGM1ガングリオシドをウサギに免疫することにより、軸索障害型ギラン・バレー症候群の動物モデルの作成を報告していた。本年度はモデル作成のための抗原の最適投与量を検討し、また同モデルの電気生理学的・免疫組織化学的検討を行った。
吉野班員は免疫性神経疾患において酸化ストレスが関与しているかを検討するため、髄液中の3-nitrotyrosine (3-NT)を測定した。
研究方法
東京大学神経内科に抗体検査依頼のあった694例の急性期ギラン・バレー症候群血清について、GM1, GM2, GM3, GD1a, GD1b, GD3, GalNAc-GD1a, GT1b, GQ1b, GA1, Gal-Cの11種類の糖脂質に対する抗体をenzyme-linked immunosorbent assay (ELISA)法により測定した。その中からGD1bに反応するIgG抗体のみをもつ症例について、臨床的特徴を検討した。
GalNAc-GD1aをウサギに免疫して得た、高力価の抗GalNAc-GD1a抗血清から、アフィニティーカラムを用いて抗GalNAc-GD1a抗体を精製した。この抗体を用いてヒト末梢神経について免疫組織化学的検討を行った。抗ニューロフィラメント抗体による染色を軸索の、抗HNK-1抗体による染色をミエリンのマーカーとした。
ウサギのオスにアジュバントとともに、ウシ粗ガングリオシド0.5, 1, 2.5, 5 mg、GM1 0.5mg、ガラクトセレブロシド1mgをそれぞれ抗原として感作し、発症率・重症度を検討した。また全身麻酔下に電気生理学的評価を行った。さらに免疫組織化学的にIgGの沈着について検討を加えた。
ギラン・バレー症候群15例を含む77例の神経疾患患者の髄液中3-nitrotyrosine(3-NT)を定量した。
結果と考察
抗GD1b IgG抗体単独陽性のギラン・バレー症候群患者では、先行感染は大多数が呼吸器感染であり、全例に感覚障害がみられ、特に深部感覚障害を呈する症例が有意に多かった。また電気生理学的には脱髄型が多く軸索障害型はなかった。GD1bはヒトでは一次感覚ニューロンに加えて末梢神経のRanvier絞輪周囲のミエリンにも局在する。抗GD1b IgG抗体はこれらの部位に結合して、感覚障害や脱髄の発症機序に関与している可能性が考えられる。
抗GalNAc-GD1a抗体を用いてヒト末梢神経系の免疫組織化学的検討を行った結果、脊髄前根の傍絞輪部、後根の一部の小径線維、後根神経節細胞周囲の一部の神経線維、および筋内神経線維の軸索周囲が染色され、また筋内神経では軸索内部にも染色がみられた。抗GalNAc-GD1a抗体を伴う純粋運動型ギラン・バレー症候群では、前根や筋内神経におけるGalNAc-GD1a局在部位への抗体の結合が発症に関与している可能性がある。
粗ガングリオシドとGM1の投与量を検討した結果、軸索障害型ギラン・バレー症候群のモデル作成にはウシ脳粗ガングリオシド2.5mgを抗原とするのが最適であるとの結論を得た。電気生理学的に急性期には複合筋活動電位振幅や運動神経伝導速度にほとんど変化なく、一部のF波の消失を認めたのみであったことから、急性期には近位部に伝導障害をきたしている可能性が示唆された。また長期経過観察例では複合筋活動電位振幅の低下がみられた。免疫組織化学的には、神経根と馬尾の軸索にIgGの沈着がみられた。以上からこの動物モデルでは、急性期には血液神経関門が脆弱な神経根に病変をきたしている可能性が考えられた。
髄液中の3-NTを測定した結果、ギラン・バレー症候群の一部で3-NT高値例の存在が明らかになった。3-NT高値のギラン・バレー症候群はいずれも後遺症を残す症例であり、3-NTが機能予後を推定する新たなマーカーとなる可能性が示唆された。
結論
GD1bを特異的に認識するIgG抗体は、ギラン・バレー症候群における感覚障害(特に深部感覚障害)や脱髄に関連し、それらのマーカーとなり得る。さらにGD1b局在部位であるヒト末梢神経系の後根神経節神経細胞と傍絞輪部ミエリンに結合し、感覚障害や脱髄の病態に関連している可能性が考えられる。GalNAc-GD1aはヒト末梢神経の脊髄前根の傍絞輪部、後根の一部の小径線維、後根神経節細胞周囲の一部の神経線維、および筋内神経線維の軸索周囲に局在する。とくに前根や筋内神経のGalNAc-GD1aは純粋運動型ギラン・バレー症候群の血中抗体の標的となっている可能性がある。ウシ脳粗ガングリオシド2.5mgがウサギにおける軸索型ギラン・バレー症候群モデルの最適抗原量である。このモデルでは神経根が急性期の病変部位と考えられる。3-NT高値のギラン・バレー症候群はいずれも後遺症を残す症例であることから、3-NTが機能予後を推定する新たなマーカーとなる可能性が考えられた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-