神経幹細胞を用いた神経再生・修復のための基盤技術の開発 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000444A
報告書区分
総括
研究課題名
神経幹細胞を用いた神経再生・修復のための基盤技術の開発 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
中福 雅人(東京大学大学院医学系研究科)
研究分担者(所属機関)
  • 後藤由季子(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 島崎琢也(大阪大学大学院医学研究科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
急速な高齢化社会を向かえた我が国では、神経変性疾患、痴呆性疾患などの困難な神経疾患が、現在大きな社会問題となっており、有効な治療法の開発が急務である。本研究の目的は、増殖能と多分化能を持つ神経幹細胞・前駆細胞を用いて、神経組織の変性を阻止し修復するための治療法を開発するにあたり、その理論的、技術的な基盤を確立することにある。
研究方法
神経系疾患のモデル系として汎用されているラットおよびマウスを用いて、胎生期あるいは成体神経組織より神経幹細胞・前駆細胞を単離し、培養した。トランスフェクション法あるいはレトロウイルス感染法により遺伝子操作をおこない、神経幹細胞・前駆細胞の増殖、分化、生存維持に働く種々の機能分子の生理機能を試験管内で解析した。また、特異的分子マーカーに対する抗体を用いた免疫組織化学染色法により、神経幹細胞・前駆細胞の遺伝子発現、増殖、分化の動態を個体レベルで解析した。一部の解析では、脊髄切断損傷モデルラットおよびgp130受容体遺伝子欠損マウスを用いた解析をおこなった。
結果と考察
初年度にあたる平成12年度では、神経幹細胞に関する分子レベルでの解析を集中的におこなった。まず、主任研究者の中福は、成体に残存する神経幹細胞・前駆細胞の性質を詳細に解析した。その結果、成体ット脊髄においては、従来考えられていた中心管周囲のみならず実質部にも多数の神経幹細胞・前駆細胞が残存していることを見いだした。さらに、この実質部の神経幹細胞・前駆細胞は損傷に応答して個体内で増殖し、組織の修復機転に関与することを実験的に初めて明らかにした。しかし、損傷脊髄内では、神経幹細胞・前駆細胞からのニューロンの新生は観察されなかった。この前駆細胞からのニューロン新生を抑制する機構として、Notch受容体を介したシグナル伝達系が関与することを明らかにした。以上の知見により、ニューロン新生の制限機構を何らかの手法により修飾することで、内在性の神経幹細胞・前駆細胞の持つ潜在的な再生能を高め、損傷組織の再生・修復を促す画期的な治療法の開発に向けた足がかりが得られた。
一方、分担研究者の後藤は、中福との共同研究により、これまでほとんど明らかになっていない神経幹細胞・前駆細胞の生存維持に関わる分子機構について、特に細胞内シグナル伝達の観点から解析を進めた。その結果、マウス胎児終脳の神経幹細胞において、Notchシグナル伝達系が生存促進的に働くことを明らかにした。すなわち、神経幹細胞の培養系において恒常活性化型のNotch細胞内ドメイン断片を発現すると、細胞の生存率が上昇した。さらにこの際、アポトーシスシグナルの中心分子であるカスペース3の活性化が抑制されていることを見いだした。これらの知見は、神経幹細胞・前駆細胞の生存維持の新しい制御機構を明らかにした点で重要な成果である。
また、分担研究者の島崎は、神経幹細胞・前駆細胞が長期にわたり維持されている機構に着目し、解析をおこなった。その結果、マウス成体終脳に存在する神経幹細胞の維持に、Class Iサイトカインレセプターの共通サブユニットであるgp130を介したシグナルが関与していることを発見した。gp130の細胞質内ドメインを欠失させたマウス変異体のヘテロ接合体の成体終脳脳室周囲における神経幹細胞の数をNeurosphere形成法によって調べたところ、生後1年のマウスでは、野生型マウスに比べてその数が75%減少していた。一方、gp130を介したシグナルの伝達因子であるGab1の欠失変異体のヘテロ接合体においては逆に神経幹細胞の数が倍増していた。このことから、神経幹細胞の長期維持にgp130シグナルが必要であり、Gab1はその負のフィードバック制御に関与していることが明らかとなった。
結論
本年度の研究成果により、成体神経組織に残存する神経幹細胞・前駆細胞について、これまでほとんど不明のままであった実際の残存数や分布、潜在的な再生能力といった基本的な性質が明らかとなってきた。また、生涯にわたって神経幹細胞・前駆細胞が維持される機構の分子レベルでの理解が大きく進んだ。これらの知見は、神経幹細胞・前駆細胞の治療法への応用に当たり、その理論的、技術的な基盤として極めて重要な成果である。

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