筋萎縮性側索硬化症の病態解明と治療法の開発に関する研究(総括研究報告 書)

文献情報

文献番号
200000442A
報告書区分
総括
研究課題名
筋萎縮性側索硬化症の病態解明と治療法の開発に関する研究(総括研究報告 書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
糸山 泰人(東北大学大学院医学系研究科神経科学講座神経内科学分野)
研究分担者(所属機関)
  • 谷口直之(大阪大学大学院医学系研究科生化学)
  • 船越 洋(大阪大学大学院医学系研究科バイオメディカル教育研究センター・腫瘍生化学)
  • 青木正志(東北大学医学部附属病院神経内科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は病因が不明の進行性難治性神経筋疾患である。運動ニューロンの選択的細胞死が惹起されて全身の筋萎縮が進行し、最終的には呼吸筋の麻痺をきたすという予後が極めて不良な疾患であり、未だ筋萎縮の進行を止める有効な治療法はない。本研究班は神経難病のなかでも最も過酷な疾患であるALSの病因と病態の解明を行い、有効な治療法の確立に資することを研究の目的とする。
研究方法
ALSの病態解明の研究において20世紀最大の発見は、一部の家族性ALSの病因遺伝子が細胞内のフリーラジカルスカベンジャーであるCu/Zn superoxide dismutase(SOD)であることを明らかにし、かつこの変異Cu/Zn SOD遺伝子を導入したトランスジェニック(Tg)マウスにてALSの動物モデルが作成されたことである。本研究班はALSの本態である選択的運動ニューロン死の機序の解明を変異Cu/Zn SODの関連から明らかにし、かつ新たなALSの治療法の確立の研究を行う。・Cu/Zn SOD関連研究変異Cu/Zn SODと運動ニューロン死の関連研究には大きく2つの方法論でのぞむ。1つはALSの動物モデルをTgマウスからTgラットへ切り換えて病因と病態の解明研究をよりダイナミックに行い、かつ薬剤の髄腔内投与を行い易くする。もう一つは、神経細胞内での変異Cu/Zn SODがいかにして細胞死を惹起するのかの機序解明研究を幾つかのCu/Zn SOD病因説のなかでもaging factorに関与する糖化反応の異常の観点から検討する。
・神経栄養因子に関する研究
神経栄養因子は神経細胞死の抑制効果と神経突起の伸長を促す作用があり、ALSの治療薬剤として期待されている。しかし、CNTF、BDNF、IGF-・、GDNF等ではまだ期待される臨床効果が得られておらず、新規の神経栄養因子の導入が期待されている。その一つの神経栄養因子である肝細胞増殖因子(HGF)はin vitroでの神経栄養因子の作用は知られているが、今回in vivoの効果を明らかにする為に、HGF Tgマウスと変異Cu/Zn SOD導入ALS Tgマウスを交配したダブルTgマウスを作成して検討を行う。
結果と考察
・変異Cu/Zn SOD Tgラットの作成
(1) 変異Cu/Zn SOD Tgラットの作成
今回、ALS動物モデルの病態解明の新たな展開を目指して、ヒト変異Cu/Zn SOD遺伝子導入ラットの作成を行った。H46R変異とG93Aを持つCu/Zn SOD遺伝子を導入したSDラットにおいて、変異SOD蛋白が多く発現した系統に、後肢の脱力から始まる運動ニューロン障害が出現した。病理学的にも脊髄前角の運動ニューロンの消失とグリオーシスが認められ、残存した細胞にはユビキチンとSODに染色される封入体も確認された。臨床経過ではG93A変異をもつTgラットはH46R変異をもつTgラットに比較して発症時期が早く、また急速な経過を示した。これはヒトALSでのCu/Zn SODの変異と臨床型との関係の類似性を示すものであり、今後その関連の病態を検討してゆく必要がある。また、このTgラットモデルの完成により新たなCu/Zn SOD変異と運動ニューロン死の機序の解明とに加えて、神経栄養因子(BDNFやHGF)の髄腔内投与の治療実験が可能になった。
(2)細胞内での変異Cu/Zn SOD
変異Cu/Zn SODがどの様な機序で細胞死を引き起こすかは重要な研究テーマである。本研究班ではCu/Zn SODの蛋白質糖化反応の異常による細胞死の機序に研究の重点を置いている。変異Cu/Zn SOD(G37R)Tgマウスとwild type SOD Tgマウスの脳の抽出物で糖化をうけた蛋白質を比較した結果、分子量22Kdあたりに変異SOD Tgマウスのみに検出されるバンドが認められ、これはSODの分子量に一致した。変異Cu/Zn SOD Tgマウスの脊髄灰白質においては免疫組織化学的にwild typeのマウスは認められない糖化の異常亢進が認められた。現状ではどの蛋白が糖化されているかは同定できないが、in vitroの系では変異Cu/Zn SODはwild typeに比べて2~5倍糖化されやすいことが明らかになった。ヒトALSの脊髄での残存運動ニューロンでも異常糖化反応が確認されていることよりCu/Zn SODを含めた蛋白質の糖化反応がALSの発症に関与する可能性がある。
・神経栄養因子に関する研究
新規の神経栄養因子のHGFの臨床応用での有用性を調べる目的で、神経特異的にHGFを発現するTgマウスを作成し、これと変異Cu/Zn SODを導入したALS Tgマウスとを交配してダブルTgマウスを作成した。即 ソ、ALSモデルマウスにおける変性運動ニューロンに直接的に長期間HGF遺伝子を発現させてその効果をみた。その結果HGF/ALS ダブルTgマウスはALS Tgマウスに比べ麻痺の発現が遅れ、寿命が大幅に延長するとともに運動機能が改善した。HGFのALSに対する有効性の作用機序としては、運動ニューロンに対する直接の神経栄養因子作用に加えてALS Tgマウスに起こっているグリア細胞のグルタミン酸トランスポーターの発現低下を改善する二重のメカニズムが働いていると考えられている。
結論
 長年のALS研究において最も注目される病因論は、家族性ALSにみられる変異Cu/Zn SODがいかにして運動ニューロン死を引き起こすかの機序の解明と考えられる。
変異Cu/Zn SODに関する研究では、従来まで使用されていたTgマウスに比べて、病理学的、生化学的および酵素学的検索をダイナミックに展開可能になったTgラットの完成が特筆される。このTgラットは経時的に脳脊髄液の採取も可能であり、更には神経栄養因子などの髄腔内投与療法も可能にするものである。変異Cu/Zn SODがいかに運動ニューロン死をきたすかに関しては、変異型Cu/Zn SODは病的に糖化反応を受け易いことを明らかにしており、この変化が細胞障害へつながる一連の病的カスケードの解明が急がれる。 ALSの治療を見据えて新規の神経栄養因子であるHGFの臨床的有効性が注目されている。神経特異的HGF発現TgマウスとALS TgマウスのダブルTgマウスの作成により、明らかにALSの進行を抑制することが示され、新たなHGFによるALSの治療の可能性が示された。

公開日・更新日

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