神経変性疾患におけるユビキチンシステムの分子病態解明と治療法開発への応用(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000441A
報告書区分
総括
研究課題名
神経変性疾患におけるユビキチンシステムの分子病態解明と治療法開発への応用(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
和田 圭司(国立精神・神経センター神経研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 高田耕司(慈恵会医科大学)
  • 野田百美(九州大学大学院薬学研究院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
35,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究では、蛋白質分解系として近年重要性が高まっているユビキチンシステムに焦点を当て、神経変性の分子機序を蛋白質の品質コントロール破綻の面から解析することでまだまだ不明の点の多い神経変性疾患の分子機序解明に新たなメスを入れる。ごく最近我々は、逆行性神経軸索変性ならびに軸索末端の異常物蓄積を特徴とする軸索ジストロフィーマウス(略してgadマウス)のポジショナルクローニングを行い、その原因が脱ユビキチン化酵素の一つで神経特異的な発現を示すubiquitin C-terminal hydrolase I(UCH-L1)遺伝子の欠失であることを明らかにした(Nature Genetics , 1999)。「ユビキチン化された蛋白質の凝集」が共通して認められることが多い神経変性疾患の研究において、ユビキチンシステムの変異により実際神経変性が直接もたらされることを初めて示した重要な報告である。本研究ではこの成果をもとに、脱ユビキチン化酵素と相互作用する蛋白質の同定・機能解明を行い、神経変性疾患が共有する分子機構を解き明かす。また、ユビキチンサイクルの補正という新しい観点から治療法を開拓する。
今年度はgadマウスにおける変異 UCH-L1の発現・機能解析を行うとともに、結合型ユビキチン認識抗体を用いたイムノアフィニティークロマトグラフィーとゲル濾過によるユビキチン-蛋白質結合体の単離・同定法を確立し、同法を用いてUCH-L1の生体内基質の検出、gadマウスのユビキチンプールの検討、UCH-L1と相互作用する蛋白質の解析を行った。また、UCH-L1発現トランスジェニックマウスを作製しUCH-L1遺伝子の導入によりgadマウスの症状が改善するかどうか検討した。さらに神経伝達機序におけるユビキチンシステムの機能解析のため、神経終末シナプス後電流やグリア・ニューロン連関に及ぼすプロテアソーム阻害剤の急性作用を解析した。
研究方法
(1)大腸菌発現系で正常型およびgad alleleに由来する欠失型のUCH-L1を精製し、人工基質であるubiquitin-AMCを用い活性を測定した。種々の方法により不溶性分画を可溶化し、抗UCH-L1抗体を用いたドットブロット解析を行った。(2)結合型ユビキチンを認識するモノクローナル抗体をリガンドとしたイムノアフィニティークロマトグラフィー、次いでSuperdex 75によるゲル濾過を用いて分画した。精製の評価は、SDS-PAGE、および抗ユビキチン抗体を用いたWestern blottingとELISAによるマルチユビキチン鎖定量によった。(3)脳可溶化分画を抗ユビキチン抗体カラムにて吸着、特異的な結合物に対し2次元電気泳動をおこない、野生型マウスに比べgadマウスで増加しているスポットの有無を検討した.活性中心のシステインをセリンに置換したUCH-L1を作製し、可溶性分画を共沈させ2次元に展開した。(3) EIA法にて小脳、脳幹可溶性分画のfree, mono-ubを測定した。(5)脳抽出液をゲル濾過によりサイズで分画しUCH-L1活性を測定した。UCH-L1全長に対するポリクローナル抗体を作成し、抗体アフィニティーカラムにて免疫沈降する検体を2次元電気泳動し、in gel digestion、MALDI-TOF MASSを用いたペプチドマッピングを行った。(6) EF1_プロモーター-UCH-L1 cDNAをマウス受精卵前核に注入しUCH-L1発現トランスジェニックマウスを作製した。(7)ラット単離中枢ニューロンで、かつ機能的シナプス前終末がついたままのシナプス・ブートン標本を用い、ニスタチン穿孔パッチ法で自発性シナプス後電流を測定した。(8)C6 グリオーマを用い膜電位固定下ホールセル・パッチクランプ法で神経伝達物質の受容体応答、および輸送体電流を測定した。(9)動物を使用する研究計画はすべて国立精神・神経センター神経研究所や分担研究者の所属する施設の倫理問題検討委員会で審議され承認を受けた。実際の動物使用に当たっては国の法律・指針並びに米国NIHの基準を守り動物が受ける苦痛を最小限に留めた。ヒト標本を用いた研究計画は研究対象者の不利益、危険性の排除を行い、インフォームドコンセントに十分配慮し、厚生科学審議会等の定める規定を遵守した。
結果と考察
(1) gadマウスにおける変異 UCH-L1の発現・機能解析: 大腸菌発現系で精製した欠失型UCH-L1は活性を有さなかった。gadマウスでは抗UCH-L1 抗体を用いたウエスタンブロット、ドットブロットで抗UCH-L1抗体によるシグナルを検出しなかった。(2)ユビキチン-蛋白質結合体の単離・同定法の確立: 検討したすべての生体材料において、内在するユビキチン-蛋白質結合体は抗体カラムに結合し、3.5 M MgCl2で溶出された。マルチユビキチン鎖量を指標にした回収率は70-100%に上った。(3)UCH-L1の生体内基質の検出: 可溶化分画のウエスタンブロット解析で野生型マウスに比べgadマウスで増加しているスポットを検出した.点変異型UCH-L1を用い可溶性分画を共沈させ2次元に展開し、gadマウスで蓄積していると想定される基質の検出を試み、複数の候補を得た。(4) gadマウスのユビキチンプールの検討: 小脳、脳幹可溶性分画のfree, mono-ubを測定したところ、gadマウスでは野生型に比して減少していた。(5) UCH-L1と相互作用する蛋白質の同定: 脳抽出液をゲル濾過によりサイズで分画したところ一部は予想よりも高分子域に活性分画が回収された。UCH-L1全長に対するポリクローナル抗体を作成、抗体アフィニティー
カラムにて相互作用する蛋白を検討しgad マウスで発現が消失する複数の候補蛋白を得た。(6)UCH-L1発現トランスジェニックマウスの作製: UCH-L1発現トランスジェニックマウスとの掛け合わせによりgad マウスの症状は軽減した。(7)シナプスにおける神経伝達機序の解析: 海馬CA1ニューロンにおけるGABA性自発性抑制性シナプス後電流はプロテアソーム阻害剤を作用させることによって変化した。(8)グリア細胞におけるユビキチンシステムの機能解析: C6 グリオーマにおいてATP受容体反応(カチオン電流)ならびに逆向きグルタミン酸輸送体電流はプロテアソーム阻害剤処置により変化した。
神経変性疾患におけるユビキチンシステムの重要性は疑うべくもない。しかしユビキチンシステムの全容解明はいまだなされておらず、とりわけユビキチンシステムを構成する分子群の分子間ネットワークについてはまだまだ不明の点が多い。本研究は細胞質や核におけるこれら分子間のネットワークを明らかにし個々の神経変性疾患が発病に至る基本メカニズムを解き明かすことで治療技術の高度化をめざす。本年度の結果からは、欠失型UCH-L1は活性を欠き、更に構造上不安定で生体内では検出感度以下であることが示された。UCH-L1のトランスジーンで症状が軽減されることと合わせ、gad マウスの病態は UCH-L1のloss of functionによると考えられる。UCH-L1のloss of functionによってもたらされる病態としては(1)代謝される基質の増加(2)ユビキチンープロテオゾームシステムの破綻、なかんずくユビキチンプールの減少(3)相互作用する蛋白質への影響(不安定化など)が考えられるが、我々は実際gadマウスにおいて遊離ユビキチン量が減少していることを示し、少なくとも一部のUCH-L1は複合体を形成している可能性が高いことを示した。また、本研究では、世界で初めて同蛋白質のイムノアフィニティー精製法を確立した。本法では、細胞/組織/体液に存在するユビキチン-蛋白質結合体の大半を夾雑蛋白から分離可能と思われる。また今回の電気生理学的解析の結果、ユビキチン・プロテアソーム系が、シナプスにおける神経伝達に重要な役割を果たしていることが示唆された。ユビキチン・プロテアソーム系が中枢神経系において、脳機能全体に重要な機能を果たしていることを示唆する世界に先駆けた研究として今後の発展が大いに期待されることになった。
結論
gadマウスにおける変異 UCH-L1の発現・機能解析からgadマウスの病態はUCH-L1のloss of functionで説明可能なことを示した。また各種生体材料からのユビキチン-蛋白質結合体の実用的な精製法を確立した。さらに、同法を用いてUCH-L1の生体内基質の検出、gadマウスのユビキチンプールの検討、UCH-L1と相互作用する蛋白質の解析を行った。他方、UCH-L1発現トランスジェニックマウスとの交配によりgadマウスの症状が改善することを確認した。世界に先駆けた試みとして神経伝達機序におけるユビキチンシステムの機能解析を行い、ユビキチン・プロテアソーム系が重要な役割を果たしていることを示唆する結果を得た。

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