神経変性疾患におけるイニシエーターカスパーゼ活性化の分子機構と非ペプチド性阻害剤の開発に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000440A
報告書区分
総括
研究課題名
神経変性疾患におけるイニシエーターカスパーゼ活性化の分子機構と非ペプチド性阻害剤の開発に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
桃井 隆(国立精神・神経センター)
研究分担者(所属機関)
  • 橋本祐一(東京大学分子細胞生物学研究所)
  • 田野倉優(東京大学大学院生命科学研究科)
  • 山嶋哲盛(金沢大学医学部脳外科)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
20,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
アルツハイマー病、ポリグルタミン蓄積病などの神経変性疾患における細胞死ではカスパーゼの活性化が原因として問題となっている。こうした神経変性疾患の治療を最終目的として、本研究では神経変性疾患に関与するカスパーゼを特定するとともに、細胞死に関与するカスパーゼの非ペプチド性阻害剤の開発をおこなうことを目的とした。
カスパーゼは細胞死を実行する分子として、現在までに12種類知られており、上位に位置するイニシエーターカスパーゼとしてカスパーゼ8、9、12が下位に位置するエフェクターカスパーゼ3、7、6を切断活性化するいわゆるカスパーゼカスケードの活性化を介して細胞死を実行する。下位に位置するカスパーゼの活性化の抑制だけでは細胞死は阻害することはできず、また市販のペプチド性阻害剤では、カスパーゼ8、9、12の自己プロセッシングを特異的に阻止できないことから、様々な細胞死シグナルと接点をもつカスケードの最上位に位置するイニシエーターカスパーゼ(8、9、12)のオートプロセッシングに対する特異的な阻害剤(非ペプチド性およびペプチド性)の開発が必要である。
本研究ではポリグルタミンの凝集によりカスパーゼ活性化が細胞内のどこでおこるかをカスパーゼ8の活性型を特異的に認識する抗体およびICADの切断点に対する抗体を作成することにより解析した。また、非ペプチド性阻害剤の探索を目的として、カスパーゼ3、8、9のGST融合蛋白を用いて、酵素活性を阻害する因子を天然化合物とくに各種生薬成分に中で探索するとともに、阻害剤のファルマコアをなすリーディング化合物をリストアップし、カスパーゼが共有する立体構造について解析をおこなった。
研究方法
1)カスパーゼ3、8、9の切断点を認識する抗体の作成
カスパーゼ3、9、8の活性型に特異的な抗体は,切断部位に対してN末端に担体に結合させるためのシステイン(C)を付加した計6ペプチドを合成し,ペプチドをKLH(Keyhole limpet hemocyanin;シグマ)に結合させたものをウサギに免疫して作成し,アフィニティクロマトグラフィーにより精製した.本研究ではじめて作成したカスパーゼ8の活性型に対する抗体の特異性は、常法にしたがい、イムノブロットおよび免疫染色法を用いて、切断された活性型カスパーゼ8に反応し、未切断の不活性型カスパーゼ8に反応しないことを確認した。
2)TUNEL法と活性型カスパーゼ抗体を用いた免疫染色による二重染色
pEGFP-C1 vector に72リピートのCAGを導入し、P19EC細胞に導入発現させるともに、作成したカスパーゼ3、8、9の活性型に対する抗体を用いて、テキサスレッド標識した免疫蛍光染色により二重染色、およびTUNEL染色をおこない、共焦点レーゼ顕微鏡下でカスパーゼの活性化と局在および細胞死を検討した。
結果と考察
1) ポリグルタミンと活性型カスパーゼ8の共凝集(桃井)。
マウスカスパーゼ8の切断部位のN末端側のアミノ酸配列のペプチドを合成し,ウサギに免疫し、精製し,ペプチド抗体ant-m8D387とした. FLAG抗体と異なり,作製したカスパーゼ8の切断点に対する抗体(anti-m8D387)は,活性型のFLAG-カスパーゼ8D387と反応するものの,カスパーゼ8の全長には反応しなかった.この抗体を用いた免疫染色で、CAGトリプレットリピート病の原因と考えられるポリグルタミン凝集による細胞死を調べたところ、核内で活性型カスパーゼ8がポリグルタミン凝集と共凝集して存在していることが明らかとなった。すなわち、ポリグルタミンの核内凝集過程で、カスパーゼ8が活性化し、共凝集したことが明らかとなった。
2) 阻害剤探査のためのアッセイ系の確立と天然化合物における阻害活性(桃井)
カスパーゼ3、8、9の活性型GST融合蛋白の作製をおこない、高感度、簡便な阻害剤のスクリーニング系を確立することができた。それぞれの酵素の基質である蛍光合成ペプチドの切断活性に対する阻害活性を測定することにより、各種生薬の抽出液中における阻害活性を調べた。その結果、ほうじ茶、紅茶など各種茶の成分中にカスパーゼ3、8、9に対して阻害活性をもつ成分が存在することを見いだした。現在、成分の精製、同定を行っているが、さらにキノコ、海綿、などさまざまな動植物の成分を探索し、カスパーゼ8、9、に対し特異性の高い成分を見いだすべく、探索を続行していきたい。
3)変異、異常蛋白凝集がもたらすストレス死に関与するカスパーゼ12活性化の検討(桃井)
一方、カスパーゼ8、9と同様イニシエーターカスパーゼであると考えられているカスパーゼ12は、現在までその酵素活性の測定系がイムノブロットや免疫染色法以外で確立されていないため、カスパーゼ12のプロセッシング部位の同定試み、蛍光合成基質を作成を目指した。カスパーゼ12の活性化に必要なオートプロセッシングの部位を解析し、318番目のアスパラギン酸で切断されることが明らかになった。
4)カスパーゼが共有する立体構造(田之倉)
カスパーゼファミリーは互いに配列の相同性があり、立体構造のフォールディングパターンもほぼ同じと考えられる。しかし、現在までに立体構造の解かれているカスパーゼ-1、3、8のフォールディングを解析したところ、活性部位付近にはかなりの違いが見られた。カスパーゼ1に比べ、カスパーゼ3はループ1が3残基長く、カスパーゼ8は10残基長くなっており、この領域はカスパーゼ8では短いヘリックスを形成していた。ループ3はカスパーゼ1はカスパーゼ3やカスパーゼ8よりも6残基長く、ループ5はカスパーゼ1が最も短い。カスパーゼ8はこれより5残基長く、カスパーゼ3は10残基長いことがわかった。これらのループは基質結合部位を形成しており、各カスパーゼの基質特異性を決定していることが推測された。
5)阻害剤のリーディング化合物の検討(橋本)。
一方、カスパーゼの阻害剤の骨格をなす、リーディング化合物を決定するため、プロテアーゼであるアミノペプチダーゼに対する阻害活性をめやすとして、ピューロマイシン、ベスタチン、サリドマイドを設定し、構造の重ね合わせ思考実験から、環状イミド構造を抽出し、系統的に構造展開をおこなった結果、ホモフタルイミドが非ペプチド小分子プロテアーゼ阻害剤のファルマコアになることが明らかになった。今後ホモフタルイミドを骨格を基盤として構造展開、探索研究により目的とする非ペプチド型カスパーゼ阻害剤の開発、創製を行う予定である。
5)虚血による細胞死(山嶋)。
虚血性神経細胞死のメカニズムを解明するために、ニホンザルを用いて一過性全脳虚血モデルを作成した。同モデルを用いて海馬CA1領域でのアポトーシス経路の最下流の実行因子であるcaspase-activated Dnase (CAD)、およびライソゾーム酵素のDNase IIの発現と細胞内局在を検索し、虚血性神経細胞死のメカニズムを調べたところCADの活性化によるアポトーシスによる細胞死とともに、ネクローシスによる細胞死像がみられた(山嶋)。
カスパーゼ8の活性型のみを認識する抗体を作成し、CAGトリプレットリピート病におけるポリグルタミン凝集がカスパーゼ8の活性化とその凝集をもたらし、結果としてカスパーゼ8-3のカスケードを特異的に活性化し、ICADの切断、およびDNA断片化をともなう細胞死を誘導することが明らかとなった。しかし、既知カスパーゼ阻害剤では完全に細胞死を阻害できないことから、新規カスパーゼの関与と特異的なカスパーゼ阻害剤の開発が要求された。こういった観点から、変異蛋白凝集がもたらす、ERストレスによる新規カスパーゼ12の活性化機構の解明と阻害剤の開発が必要であるとの認識をもっている。今後、カスパーゼ12の切断部位に特異的に反応する抗体を作製し、変異蛋白の蓄積が観察される神経変性疾患でカスパーゼ12が活性化について検討する予定である。
酵素活性の特異性がすでに明らかにされているカスパーゼ3、8、9については、新規阻害剤探索のためのアッセイ系を確立し、阻害活性の存在を見い出すことができた。また、酵素活性が未同定なカスパーゼ12については、活性化に必要な切断部位をもとに、蛍光性プロセッシング部位のアミノ酸配列を基に蛍光合成基質を作成し、カスパーゼ12の測定系を確立し、カスパーゼ12に対する阻害剤をもスクリーニングする計画を予定している。   
また、立体構造が不明であるカスパーゼ12の結晶化をめざすとともに、これまで報告されているカスパーゼファミリーの結晶解析のデーターとあわせ、構造機能相関と立体構造を元に特異的なリガンドをデザインし、アポトーシスを効果的に抑制する阻害剤の開発を行う予定である。
結論
カスパーゼ8の活性型のみを認識する抗体を作成し、ポリグルタミン凝集がカスパーゼ8の活性化とその凝集をもたらすことが明らかとなった。ERストレスに関与する新規カスパーゼ12の活性化に必要な切断部位を同定することができた。

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