機能性精神疾患の系統的遺伝子解析(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000439A
報告書区分
総括
研究課題名
機能性精神疾患の系統的遺伝子解析(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 武男(理化学研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 有波忠雄(筑波大学医学部)
  • 稲田俊也(国立精神・神経センター精神保健研究所)
  • 神庭重信(山梨大学医学部)
  • 染矢俊幸(新潟大学医学部)
  • 丹羽真一(福島県立医科大学)
  • 三国雅彦(群馬大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成14(2002)年度
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
機能性精神疾患といわれる気分障害および精神分裂病は、比較的発症率が高く(前者のうち躁うつ病に限っても1%弱、後者も1%前後)、思春期以降に好発し一旦発症すると患者さんのクオリティーオブライフは一生涯影響を受ける。未だ精神疾患の原因や病気を完治させる方法が知られていないため、患者さんおよびその家族の負わなくてはいけない苦悩や社会としての損失には莫大なものがある。このため早急に疾患のメカニズムを解明し、根本的な治療法や予防法を確立することが求められている。
これまで精神疾患の原因を明らかにするべく、生化学的、薬理学的アプローチをもって甚大な努力がなされてきたが、成功には至っていない。現時点では、疾患の原因として複数の遺伝子および環境要因、それらの複合的な相互作用が想定されている。原因遺伝子(感受性遺伝子)の多くは弱い効果しか持たないだろうと予想されている。このような状況は他のありふれた疾患(高血圧、糖尿病、アレルギー疾患など)と同じで、複雑遺伝疾患と称される
精神疾患のような複雑遺伝疾患の感受性遺伝子同定の第1段階として、罹患同胞対家系の収集、それらサンプルを用いたノンパラメトリック連鎖解析により、染色体上の感受性遺伝子領域を検出する可能性が近年指摘されている。さらにヒトゲノム計画も終了を間近に控え、連鎖解析後の病因遺伝子同定に至るステップに必要な3万ともいわれるヒト遺伝子の配列と構造、詳細な遺伝解析に使えるゲノム上の各種マーカーについての情報が急速に蓄積されている。
以上のような周辺科学の進捗状況を鑑みると、連鎖解析から出発する系統的遺伝子解析がその分子機序を明らかにし、患者さんの福音につながる可能性がが高まっているため、精神疾患の原因究明に分子遺伝学的アプローチを持って取り組むことが本研究の目的である。
研究方法
機能性精神疾患の遺伝子同定に向けての大きな作業の流れは以下のような項目から成るが、可能な限り同時進行的多面的アプローチをとるため、各項目は一方向的な流れでなく相互に関連しあい、かつ有機的なつながりを持つ。
(1)家系の収集(2)連鎖解析(3)連鎖部位の絞り込み(4)候補遺伝子の解析
結果と考察
(1)家系の収集について。ノンパラメトリック連鎖解析に必要な精神分裂病の罹患同胞を中心とした家系を142、総勢367人をJSSLG (Japanese Schizophrenia Sib-pair Linkage Group) という組織の協力を得て全国から収集した。感情病に関しては、本研究年度内にJGIMD (Japanese Genetic Initiative for Mood Disorders) を組織し、全国規模で患者家系を収集する体制を立ち上げたが、時期的に3省庁合同の新しい倫理基準が発表されたのと重なったため、各参加施設に新基準に基づく倫理委員会の設置、研究プロトコールの申請を依頼している段階である。また、アメリカのNational Institute of Mental Health (NIMH) が中心となって収集した96家系、計540人分の躁うつ病家系サンプルを、解析のため入手した。
(2)連鎖解析について
上記精神分裂病の家系サンプルを用いて、約10 cM密度での全ゲノムスキャンを開始した。完全にジェノタイピング が終了した染色体は4,5,7,8,10,11,12,13,15,21,22番である。その他の染色体に関しても、最低20~30%は解析が終了している。これらの中で、染色体22番長腕に連鎖を示唆する領域が見いだされた。染色体22番長腕は、これまでにもPulverら(1994)、Coonら(1994)、米国のSchizophrenia Collaborative Linkage Group(1996)らの大規模な連鎖解析でも連鎖が報告されてきた部位であり、また日本人を対象とした最近の研究でも、小島、有波らが分裂病のエンドフェノタイプの1つである眼球運動異常に関係する遺伝子が載っている領域として報告した部位であるので、非常に興味が持たれる。今後の再現研究、絞り込み領域の重要な対象となる。
(3)連鎖領域の絞り込み
上記連鎖解析において、染色体5番長腕に、多重比較による補正をしない場合p < 0.05の連鎖領域が見られたため、さらに19マーカーを追加し高密度マッピングをして感受性領域を絞っている。染色体5番長腕は、最近Gurlingら(2001)が、イギリス・アイルランドの大家系を用いたパラメトリック連鎖解析で連鎖を報告した領域と重なっている。また、染色体6番は短腕にも長腕にも分裂病に関して連鎖が世界的に報告されているが、家系とは別に分裂病のケースコントロールで系統的に染色体細部をスキャンしたところ、日本人サンプルでもD6S287(6q22.2に載っている)に有意な関連を認めた。このマーカー周辺の別のマーカーでの結果の確認、近傍遺伝子の多型解析が重要となってくる。
(4)候補遺伝子の解析
分裂病に関しては、発達障害仮説に基づき神経成長因子であるBDNFをケースコントロール解析した。実際、日本人分裂病の死後脳でこの遺伝子の発現が変化しているというデータもある。遺伝子5'上流にあるマイクロサテライト多型を用いて解析したが、遺伝学的には有意な差は認められなかった。BDNF遺伝子自体の遺伝的効果は大きくないのであろう。今後は他の神経成長因子や関連物質も解析していく。
気分障害に関しては、数多くの連鎖解析で連鎖が報告されている染色体21番長腕よりTRPC7というカルシウムチャンネル関連遺伝子を取り上げ、変異検索を行った。32エクソンすべてを解析した結果、現在までに5つのSNPs (single nucleotide polymorphisms) を同定した。今後はそれらの遺伝学的解析を遂行していく。NIMH躁うつ病家系では、これまでに16番短腕に連鎖が報告されていたため、その領域にあるadenylate cyclase type 9 (ADCY9)という遺伝子を解析した。変異スクリーニングの結果、1つのミスセンスを含む6個のSNPs、2個の繰り返し配列多型を同定した。それらを用いてNIMH躁うつ病家系家系をfamily-based association analysisしたところ、有意な関連を検出した。日本人ケースコントロールサンプルで解析した結果はネガティブであり、遺伝的脆弱性因子に関して人種差を示唆するものであった。
結論
精神分裂病の罹患同胞対家系を収集し、全ゲノムを約10 cMの密度でスキャンを開始し、約80%のジェノタイピングが終了した。それらのデータを用いてノンパラメトリック連鎖解析を遂行したところ、染色体22番長腕に連鎖を示唆する所見を得た。染色体22番長腕は、白人でも分裂病に対する連鎖が繰り返し報告されてきた領域であるので非常に興味深い。気分障害に関しては、家系収集の体制を整えた。分裂病、気分障害の両疾患に関して、候補遺伝子、候補染色体領域の解析からもいくつかの興味ある知見を得た。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-