機能的MRI、脳磁図、およびPET/SPECTを用いた精神疾患の病態解明とそれに基づく治療法の開発 (総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000438A
報告書区分
総括
研究課題名
機能的MRI、脳磁図、およびPET/SPECTを用いた精神疾患の病態解明とそれに基づく治療法の開発 (総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
松田 博史(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究分担者(所属機関)
  • 斎藤 治(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 本橋伸高(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 朝田 隆(国立精神・神経センター武蔵病院)
  • 大西 隆(国立精神・神経センター武蔵病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 先端的厚生科学研究分野 脳科学研究事業
研究開始年度
平成12(2000)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の脳機能解析の進歩は、機能性精神疾患において病態解明に必須の検査法となりつつある。これらの脳機能解析法はそれぞれ、長所、短所を有するため、一つの検査法のみではなく、お互いの欠点を補うために、組み合わせて解析することが望ましい。本研究では、PET/SPECT, fMRIおよびMEG装置などを、相補的に駆使することにより、精神分裂病や感情障害を中心とする機能性精神疾患における神経認知機能障害を神経回路網モデルに基づき評価し脳のどの部位の障害かを検索することにより、機能性精神疾患の病態解明ならびに精神症状の客観的定量化を行う。さらに、その解明結果に基づいた治療法の開発を行うことを目的とする。
研究方法
以下の研究はすべて国立精神・神経センター武蔵地区の倫理委員会の承認を得た上で,被験者本人の文書による同意のもとに行った。
精神分裂病における認知機能を神経回路網モデルに基づき評価し、病態解明への一緒とするために、Braille cell刺激による基礎的MEG研究、fMRI・脳波同時記録、およびfMRI・眼球運動同時記録を行った。Braille cell刺激による基礎的MEG研究において、対象は健常者6名とし、刺激は8点Braille cellを用いて右示指末節に提示した。fMRI・脳波同時記録においては、脳波上のノイズ(ballistocardiogram)の解決のため、フィルタリング、双極導出を用いることが一般的であるが、数学的処理の限界や、双極導出における多チャンネル化の困難など多くの問題があった。我々はノイズの原因である頭部の微細な動きを抑制することに着目し、簡便・確実な頭部部固定のために放射線治療用vacuum cushionシステムを使用した。脳波測定にNeuroscanを、MRIスキャナにSiemens Vision Plus(1.5T)を用いた。測定は単極導出、チャンネル数は32で行った。fMRI・眼球運動同時記録においては眼球運動を支える神経回路網の解明を目的として、NAC社との共同開発により、アイマークレコーダEMR -NM, ST-578(NAC製)を、fMRI測定環境により適したシステムに改造した。赤外線照明部のために、刺激スクリーンの実効面積が6割に減少したため、光ファイバーによる直接照明で実効面積を九割まで回復した。また、照明部の100個のLEDが、刺激スクリーンの中に赤く輝くことが問題であったので、LEDの個数は4個とし、赤外線を光ファイバーを用いて刺激呈示鏡と位置的に分離することで、照明光量を減らすと共に赤外線照明を被験者の視界の外に置いた。被験者は健常者、男6名、女1名であった。刺激呈示は、周波数0.4Hzで水平方向に単振動する円点とした。このtask条件とhair line crossを固視するcontrol条件にて、fMRI・眼球運動同時記録を行なった。うつ病においては対象患者は年齢57.4±16.3(平均±標準偏差;範囲35-70)歳の男性3名,女性2名の計5名である。診断は反復性うつ病性障害4名,単一うつ病エピソード1名であった。うつ症状はハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton rating scale for depression; HRSD)で評価した。ECTは短パルス波の治療器として米国Somatics社製Thymatron DGxを使用し,両側前側頭部に電極を当てて行った。この治療器は脳波計と連動しており,発作の成否や持続時間を自動的に判定することが可能である。また,電気量(milliCoulombs; mC)を少量から滴定することにより,全般性けいれんを誘発するのに必要な電気量,すなわちけいれん閾値を推定できる。今回は海外での報告を参考に投与電気量を100.8mCより開始し,全般性けいれんを誘発できなかった場合には順次増量していった。ECTの1コースは概ね週に2回の頻度で合計5-12回行った。また, ECT前後の臨床評価にはハミルトンうつ病評価尺度(HRSD)を用い,MMSE(mini-mental state examination)を初めとした認知記憶機能検査も施行した。ECT後の評価は最終ECTの1週間後に行った。心象形成時の脳研究においては、対象は、東京芸術大学音楽学部の学生及び卒業生14名(絶対音感10名,相対音感4名)である。 安静時と課題時を交互に各5 scanからなる14ブロック,1つの課題につき75 scanづつ収集した。課題としては音楽知覚にはpassive music listeningを用い、musical imageryとして、mental musical rehearsalを用いた。
結果と考察
MEGの基礎研究、機能的MRIと脳波の同時測定、機能的MRIと眼球運動の同時測定法を開発し改良を加えた結果、fMRI、脳波、眼球運動の3者について、同時記録システムの実用化に現実的な道を開くことができた。Braille cell刺激によるMEG研究においてOn、Off間の差異は、サルで報告されている受容体毎の投射部位の違いがヒトでも存在する可能性を示唆していると考えられた。今回、体性感覚On、Off反応が初めて明瞭に記録できたことは、本装置により神経認知機能の時間的特性を評価し得る新たな体性感覚刺激を我々が手にしたことを意味する。fMRI・脳波同時記録では同時測定によって、視察的に良質な脳波が得られた他、時間フーリエ解析、トポグラフィなどの定量的解析にも十分に耐え得る脳波を測定した。また視覚刺激賦活fMRI
と、視覚誘発電位を測定したところ、後頭葉賦活とその際の視覚誘発電位の同時測定に成功した。さらに眼球運動の観測も加えて、fMRI、脳波、眼球運動の3者について、同時記録システムの実用化に現実的な道を開くことができた。うつ病の治療として電気けいれん療法(electroconvulsive therapy; ECT)は不可欠なものであるが,その作用機序は不明である。うつ病患者を対象にパルス波ECTをわが国で初めて施行したところ,有効性・安全性が示唆された。さらにECTの反復施行前後でPETを用いて脳血流を測定し,その変化を検討した。全般性けいれん出現時の投与電気量は136.1±42.2(平均±標準偏差;範囲100.8-201.6)mCであり,個人差が認められた。脳血流は麻酔下では全般的な低下を認めた。発作時の脳血流はびまん性に増加し,特に側頭葉内側部,大脳基底核,視床,中脳被蓋で顕著であった。発作後の脳血流は速やかに低下し,全脳平均血流量はECT前のレベルに戻った。ECT後の脳血流の分布パターンはECT前と比較し,視床や海馬付近で増加し,前頭葉を中心とする大脳皮質で減少していた。このように、ECT中の脳血流はびまん性に増加し,その後急激に低下し,さらに局所脳血流の分布にも変化がみられることが示された。また,けいれん閾値の個人差のためにECT成功時,不成功時の脳血流が得られたが,それらの比較は発作の全般化の機序に示唆を与えるものであると思われる。脳機能画像を用いてECT治療前後での脳機能の変化と臨床評価との関連を検討することは,ECTの奏効機序のみならず,感情障害の病態の解明にも寄与するものと期待される。ECT 1コース後に前頭葉下部や、うつ病の病態や治療との関連で注目されている前部帯状回において血流低下が示された。ごく最近,抗うつ薬療法やうつ病の新たな治療法として近年注目されている経頭蓋磁気刺激法によっても,前部帯状回や下部前頭葉が治療反応と関連していたとの報告がある。心象の形成は、幻聴と同じ神経機構が関与していると考えられている。音楽の知覚時と心象形成時の脳活動を比較し聴覚心象形成の神経機構を検討したところ、音楽知覚時、心象形成時とも左側優位の上側頭回後方の賦活を認め、個人レベルでも心象形成と知覚は同じ部位の賦活を認めた。この結果は、聴覚情報の知覚と心象形成は同じ神経機構を用いていることを示すと共に、感覚野は内部起源情報により、賦活されることを示唆している。さらに、幼少時よりの長期トレーニングが脳機能に及ぼす影響をfMRIで計測したところ、コントロール群では右側優位の聴覚連合野の賦活を認めたのに対し、音楽家では、左側、後方優位の聴覚野の賦活を認めた。またこれらの領域の賦活程度はトレーニング開始年齢、絶対音感能力と関連していた。この結果は、幼少時より長期間に及ぶトレーニングにより、2次聴覚領域の機能再構築がおこることと、絶対音感能力は、機能再構築による聴覚領域での特殊な情報処理によるものである可能性を示している。
結論
多重画像モダリティを用いて精神分裂病および感情障害を主体に神経画像および神経生理学的検索法により精神疾患の治療に関連した局所の脳機能異常が捉えられた。これらの画像所見は、至適な治療法の確立および新たな治療法の開発に貢献しうる。

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