文献情報
文献番号
200000378A
報告書区分
総括
研究課題名
造血幹細胞を用いる遺伝子治療技術の開発:遺伝子導入細胞の選択的増幅法に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
長谷川 護(株式会社ディナベック研究所)
研究分担者(所属機関)
- 久米晃啓(自治医大)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 ヒトゲノム・再生医療等研究(ヒトゲノム研究分野)
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
40,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
先天性、あるいは難治性血液疾患の根本治療を目指す造血幹細胞遺伝子治療のツールとなる選択的増幅遺伝子を開発する。これによって有効な造血幹細胞遺伝子治療を実現し、重度の血液疾患に苦しむ患者および家族の身体的苦痛からの救済あるいは経済的負担の軽減を目的とする。血液疾患に対する遺伝子治療の標的細胞は全ての血液細胞への分化能を持ちかつ自己複製能を持つ造血幹細胞である。これまで造血幹細胞を標的とした遺伝子治療は多くの研究が試みられてきたが、遺伝子導入効率の向上が大きな課題となっている。もっとも広く使われてきたレトロウィルスベクターでの遺伝子導入法は、添加するサイトカインの選定やフィブロネクチン誘導体の使用などの改良が施され、造血幹細胞への遺伝子導入効率が上がったもののこれまで実用レベルには達していなかった。1999年フランスでX染色体性重症免疫不全症の遺伝子治療に成功したという報告があったが、用いた手法は従来のものからの大きな改善点はなく、成功した要因は導入した治療遺伝子である共通γ鎖遺伝子が、導入細胞に対して増殖優位性を付与したという点であると考えられている。遺伝子導入細胞が選択的に増幅された結果、高い遺伝子導入と同じ効果をもたらしたのであろう。これは、この遺伝子の特異的な効果であるが、他の治療用遺伝子に対して同様の効果をもたらす、より一般的な技術の重要性を示唆している。我々がこれまで開発してきた、「選択的増幅遺伝子」(SAG)は、まさに遺伝子導入された細胞を選択的に増幅させる技術である。この増幅遺伝子を治療遺伝子と同時に幹細胞に導入すれば、結果的に遺伝子導入効率を上げ、臨床効果が大いに高まるものと期待できる。選択的増幅装置としては幹細胞への増殖シグナルの発信源とそれを制御する分子スイッチからなる構造をデザインした。造血幹細胞の増幅には、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)受容体(GCR)を用いた。また分子スイッチとしてエストロゲン受容体のホルモン結合ドメイン(ER)を用いた。これを血球系細胞に導入すると、細胞のエストロゲン依存的な増幅効果が確認された。本年度はこれらの予備検討に基づき遺伝子治療への実用に向けて以下の検討を計画した。(1)造血幹細胞増幅により高い効果のあるmplを用いたSAGを設計、構築しその効果を検証する。(2)SAGの生体内における細胞増幅機能の評価を行うためマウスの造血再構築系とカニクイザルの骨髄自家移植系を利用して遺伝子導入細胞の挙動を調べる。(3)SAGを用いた造血幹細胞遺伝子治療の対象疾患の選定と治療遺伝子の搭載により遺伝子治療の実現に向けた予備検討を行う。(4)初期の遺伝子導入効率を高めるため、造血幹細胞遺伝子導入に有効であるとされるレンチウィルスの開発とSAGの搭載を試みる。以上の検討により、SAGの能力把握とより安全かつ効果的な分子設計を行うことを目標とした。
研究方法
1. mpl型SAGの機能評価:GCR型SAGΔFGCRTmR遺伝子、2種類のmpl型SAGmplTmR、ΔGCRmplTmR遺伝子と緑色蛍光タンパク質(EGFP)を共発現するようなレトロウィルスベクターを調製した。これをカニクイザルCD34陽性細胞に感染した後、Flt-3リガンド、 巨核球コロニー刺激因子(TPO)あるいは、ハイドロキシタモキシフェン(OH-Tm)を添加した培地で液体培養し、それぞれのSAG導入細胞の比率を調べた。2. SAGのマウス生体内における機能評価:G-CSF結合部位を欠き(_)増殖優位のシグナルを伝えるY703F変異(F)をもつGCR(_FGCR)とタモキシフェン結合ドメイン(TmR)との融合蛋白質(_FGCRTmR)をコードする改良型SAGとEGFPを
共発現するバイシストロニック・レトロウイルスベクター(MSCV/_FGCRTmR- EGFP)を用いてLy5.2マウス骨髄前駆細胞に遺伝子を導入した後、致死量の放射線を照射して造血能を廃絶したLy5.1レシピエントマウスに移植した。このようにして造血系を再構築したマウスにおいては、フローサイトメトリーを用いてドナー由来の血球(Ly5.2)とレシピエント由来の残存血球(Ly5.1)の分別、遺伝子導入細胞(EGFP陽性)の同定が同時に行える。そこで造血系再構築後、一部のマウスにタモキシフェンを投与し、末梢血中のEGFP陽性細胞の頻度を指標にして遺伝子導入血液細胞の増幅効果を判定した。3.SAGのカニクイザル生体内における機能評価:ΔFGCRERをレポーター遺伝子EGFP遺伝子と共にカニクイザル骨髄CD34陽性細胞に導入し致死量の放射線にて骨髄廃絶を行ったサルに自家移植を行った。その後エストロゲンの投与前後に骨髄血を採取し造血前駆細胞における遺伝子導入効率の変化を調べた。またSAGの効果をより強く裏付けるため、2重標識試験としてΔFGCRERと非発現遺伝子(PLII)を用いた移植実験を行った。さらにタモキシフェンを刺激物質に変えたΔFGCRTmRを用いた。移植実験も行った。4.SAGと治療遺伝子のベクターへの共搭載:造血幹細胞遺伝子治療の対象疾患として、X連鎖慢性肉芽腫症(X-CGD)とX連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)を取り上げ、それぞれの疾患モデルマウスのコロニーを確立した。それぞれの疾患の治療用遺伝子(X-CGDにはgp91遺伝子、X-SCIDにはコモンガンマ鎖(_c)遺伝子)とEGFP遺伝子をもつバイシストロニック・レトロウイルスベクターを構築し、モデルマウスの骨髄細胞に遺伝子導入してin vitro・in vivoにおける機能解析、遺伝子導入細胞の動態解析を行って、SAG併用の前段階の基礎データとした。5.レンチウィルスベクターの調製方法の改善:レンチウィルスベクターへのSAG搭載に向けてサル免疫不全ウィルス(SIV)ベクターの調整方法を改良した。
共発現するバイシストロニック・レトロウイルスベクター(MSCV/_FGCRTmR- EGFP)を用いてLy5.2マウス骨髄前駆細胞に遺伝子を導入した後、致死量の放射線を照射して造血能を廃絶したLy5.1レシピエントマウスに移植した。このようにして造血系を再構築したマウスにおいては、フローサイトメトリーを用いてドナー由来の血球(Ly5.2)とレシピエント由来の残存血球(Ly5.1)の分別、遺伝子導入細胞(EGFP陽性)の同定が同時に行える。そこで造血系再構築後、一部のマウスにタモキシフェンを投与し、末梢血中のEGFP陽性細胞の頻度を指標にして遺伝子導入血液細胞の増幅効果を判定した。3.SAGのカニクイザル生体内における機能評価:ΔFGCRERをレポーター遺伝子EGFP遺伝子と共にカニクイザル骨髄CD34陽性細胞に導入し致死量の放射線にて骨髄廃絶を行ったサルに自家移植を行った。その後エストロゲンの投与前後に骨髄血を採取し造血前駆細胞における遺伝子導入効率の変化を調べた。またSAGの効果をより強く裏付けるため、2重標識試験としてΔFGCRERと非発現遺伝子(PLII)を用いた移植実験を行った。さらにタモキシフェンを刺激物質に変えたΔFGCRTmRを用いた。移植実験も行った。4.SAGと治療遺伝子のベクターへの共搭載:造血幹細胞遺伝子治療の対象疾患として、X連鎖慢性肉芽腫症(X-CGD)とX連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)を取り上げ、それぞれの疾患モデルマウスのコロニーを確立した。それぞれの疾患の治療用遺伝子(X-CGDにはgp91遺伝子、X-SCIDにはコモンガンマ鎖(_c)遺伝子)とEGFP遺伝子をもつバイシストロニック・レトロウイルスベクターを構築し、モデルマウスの骨髄細胞に遺伝子導入してin vitro・in vivoにおける機能解析、遺伝子導入細胞の動態解析を行って、SAG併用の前段階の基礎データとした。5.レンチウィルスベクターの調製方法の改善:レンチウィルスベクターへのSAG搭載に向けてサル免疫不全ウィルス(SIV)ベクターの調整方法を改良した。
結果と考察
われわれは、カニクイザル造血幹細胞移植実験系の立ち上げに成功したが、これは本研究への発展貢献のみならず、造血幹細胞生物学、移植免疫学等の研究において、ヒトの場合をよりよく反映するモデル系として大いに役立っていくと思われる。マウスでも薬剤の投与法法が確立されようやくSAGの生体内増幅機能が証明された。こうして開始した生体内増幅実験でマウス末梢血白血球の移植細胞比率を30%に上昇させ、霊長類を用いた研究でも、遺伝子導入細胞がエストロゲン刺激により30%前後まで増幅したこと、また2重標識試験でSAGを導入した細胞のみを刺激依存的に増幅させ得た結果はGCR型SAGによる体内における造血幹細胞・前駆細胞の増幅に成功したことを示している。この2種類の動物実験で、SAGを用いた生体内増幅が証明できたことは非常に意義深い。今後、初期導入効率の課題は、造血幹細胞への遺伝子導入効率の高いとされるレンチウィルスベクターに搭載することで克服できると考えており、現在SAGを搭載したSIVベクターの調製準備をしている。また本研究で示したように幹・前駆細胞増幅により有効なmplをシグナル発信源に用いることで、増幅率を高めることも可能だと期待している。さらにタモキシフェン結合ドメインを取り入れることにより、内因性のエストロゲン及び、類似物質等には反応しない特異性の高いキメラ受容体を構築している。これを用いれば、より安全性と効果の高いSAGの開発が可能だと考えられる。 実際に遺伝子治療を行う対象疾患として、X-CGDとX-SCIDを想定して前臨床試験を開始した。X-SCIDにおいては遺伝子導入リンパ球の増殖優位性が認められるため、今後SAGの前臨床試験を進めるにあたっては、治療遺伝子そのものには増殖優位性がないX-CGDの方が評価に適していることも考えられる。現在、gp91遺伝子とSAG双方を搭載するバイシストロニックベクターを構築中である。
結論
細胞株を用いたSAGの検討は、増幅効果の高い遺伝子の開発に有効な方法であり、この目的に適した遺伝子の探索を進めることができた。また同時により安全なシステムも開発されつつある。マウスおよびサルの体内での造血幹
細増幅が複数個体で確認できたことはこれまでわれわれが開発してきたSAGの概念の有効性を実証するものである。現在計画中の改良研究によってさらに増幅効率が上昇すれば、充分臨床応用可能なシステムとなりうるものと期待される。今後は適応疾患の選択と、治療遺伝子を同時搭載したベクターの構築を行い、実用的なSAGの開発を行っていく方針である。
細増幅が複数個体で確認できたことはこれまでわれわれが開発してきたSAGの概念の有効性を実証するものである。現在計画中の改良研究によってさらに増幅効率が上昇すれば、充分臨床応用可能なシステムとなりうるものと期待される。今後は適応疾患の選択と、治療遺伝子を同時搭載したベクターの構築を行い、実用的なSAGの開発を行っていく方針である。
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