新生児期の有効な聴覚スクリ-ニング方法と療育体制に関する研究(総括研究報告書)

文献情報

文献番号
200000324A
報告書区分
総括
研究課題名
新生児期の有効な聴覚スクリ-ニング方法と療育体制に関する研究(総括研究報告書)
課題番号
-
研究年度
平成12(2000)年度
研究代表者(所属機関)
三科 潤(東京女子医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 多田 裕(東邦大学医学部)
  • 田中美郷(田中教育研究所)
  • 加我君孝(東京大学)
  • 久繁哲徳(徳島大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 子ども家庭総合研究事業
研究開始年度
平成10(1998)年度
研究終了予定年度
平成12(2000)年度
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
聴覚障害児に対する療育を早期に開始すれば、言語能力や知能発達に効果があることが示されている。しかし、乳幼児期には他覚的徴候に乏しいため、現在では年齢が進んでから発見されることが多い。近年、自動聴性脳幹反応(AABR)や耳音響放射(OAE)などスクリ-ニングに有効な方法が開発され、現在欧米でも全新生児を対象とした聴覚スクリ-ニングが広まっている。そこで本研究では、わが国ではこれまで殆ど実施されていなかった全新生児に対する聴覚スクリ-ニングを実施し、聴覚障害児の早期発見を有効に行える方法、スクリ-ニングを実施しうる体制などを検討し、わが国に於ける新生児期の聴覚障害のスクリ-ニング方法の確立をはかる。さらに、確定診断の方法や、聴覚障害児の早期療育方法、地域においてスクリ-ニング実施から確定診断、早期療育が遅滞なく進められるシステム、聴覚障害児の家族支援のシステムについても検討し、また、スクリ-ニングによる社会的経済的な効率についても検討する。
研究方法
1. 新生児期の聴覚スクリ-ニング実施および追跡調査による効果的なスクリ-ニング方法の検討:初年度の研究設計にもとずいた全新生児聴覚スクリ-ニングを継続して実施した。17医療機関(東京女子医科大学、東邦大学、昭和大学、日赤医療センタ-、愛育病院、埼玉県立小児病院、山口病院、山王クリニック、永井クリニック、名古屋市立大学、名古屋第二赤十字病院、城北病院、大阪府立母子保健総合医療センタ-、神戸大学、パルモア病院、姫路赤十字病院、倉敷成人病センタ-)において、院内出生児およびNICUに収容された児のうち書面により保護者の同意が得られたものを対象として実施した。新生児期の聴覚スクリ-ニング法としてはAABR(アルゴ2)を用いた。音圧35dBのクリック音を聞かせ、掃引回数最大15000回で、反応あり(pass)、反応無し(refer)を判定する。検査は自然睡眠下で行った。再検査でも両側"refer"が出た場合に、スクリ-ニング陽性とし、ABRを実施する。ABRの判定は、40dBにおいて分離不良を異常とした。ABR異常例には更に精密聴覚検査を実施して聴覚障害の診断を行い、障害例に対しては、早期療育を行う。また、耳音響放射法(OAE)を用いた新生児聴覚スクリ-ニングの検討として、一部の施設において、誘発耳音響放射(TEOAE)、歪成分耳音響放射(DPOAE)による聴覚スクリ-ニングについても検討した。
2. 聴覚スクリ-ニング実施例の追跡調査
AABRの感度は機械的には99.96%と言われているが、保護者の同意を得て、対象者全例の調査票を主任研究者のもとで登録し、1歳6か月および3歳に於いて、追跡調査をおこなって、最終的にスクリ-ニング法の感度、特異度、的中率を求め、検査の有効性を判定する。
3. 新生児聴覚障害の診断に関する検討
4. 新生児聴覚スクリ-ニングの経済的評価に関する検討
5. 家庭における聴覚障害児療育支援および、支援と療育の基本的な考え方
6. 聴覚障害を伴う重複障害児の早期療育に関する検討
結果と考察
1. 新生児期の聴覚スクリ-ニング実施および追跡調査による効果的なスクリ-ニング方法の検討:研究開始時より2,000年12月までに、上記研究参加施設においてハイリスク児754例、ロ-リスク児16,745例、合計17,499例に対しアルゴ2による聴覚スクリ-ニングを実施した。スクリ-ニング陽性(入院中2回refer)例は64例、0.37%であり、両側聴覚障害例は13例、0.07%、片側聴覚障害例は13例、0.07%であった。これまで欧米より報告されているrefer率は3~8%であり、これに比して我々のrefer率は0.37%と非常に低くかった。聴覚障害発症率は米国での発症率(1000出生に1~2)に比して、やや低かった。ハイリスク児は754例で、両側refer率は4.3%、両側聴覚障害は7例、0.93%であり、ロ-リスク児は16,745例で両側refer率0.19%、両側聴覚障害は6例、0.04%であった。ハイリスク児においてはrefer率、障害発症率共に高いが、障害発症率は従来報告されている頻度と同様であった。聴覚障害と診断され、療育実施が可能な児に対しては、補聴器装着を含む早期療育を実施している。また、スクリ-ニングにより、片側聴覚障害例も、13例発見された。片側聴覚障害例に対しては、症例により補聴器装用を実施し、耳鼻科的なフォロ-も含めて学童期以降も含む長期予後も追跡する必要がある。また、TEOAEとDPOAEの検討では、検査の操作は簡便であり、短時間で実施できたが、2回実施の要検査率はTEOAE6.5%、DPOAE8.7%でAABRに比して高かったが、ABR異常例の見逃しはなかった。OAEは低価格であり短時間で検査可能であるので、AABRと組み合わせた新生児聴覚スクリ-ニング法を検討する必要がある。
2. 聴覚スクリ-ニング実施例の追跡調査
スクリ-ニングの感度を求めるための追跡調査のために、保護者の同意を得て、対象者全例の調査票を主任研究者のもとで登録し、1歳6か月の予後調査を開始した。平成13年2月現在、3,154例に対して質問紙郵送による調査を行い、1,608例(51%)から、回答を得た。現在までは、スクリ-ニングpass例からの感音性聴覚障害の症例は認めていない。すなわち、スクリ-ニングの感度は100%、特異度は99.2%であり、自動聴性脳幹反応(AABR)を用いた新生児聴覚スクリ-ニングは有効と考えられた。
3. 新生児期の聴覚障害診断法に関する検討:新生児スクリーニングでは、音の物理、耳の構造とそのしくみ、病態生理、聴覚の発達や可塑性、さらに検査機器のしくみと取り扱いを知って初めて、正確な検査が可能になる。聴覚スクリーニング用のAABRもOAEも完全な検査装置ではない。補聴器が必要な難聴であるか否かは、精密ABRが必要であるが、これも1回だけの検査で終了しないことが多い。行動反応聴力検査、日常生活の行動観察などを含めた判断により確定診断に至る。例外的な症例の存在にも留意しなくてはならない。
4. 新生児聴覚スクリ-ニングの経済的評価に関する検討:(1)新生児聴覚スクリ-ニングの根拠については、不十分という結果から、相当な根拠が認められるという結果に変化してきている。ただし、この評価は必ずしも十分なものではないため、導入に際しては慎重な判断が求められ、継続して評価を進めることが求められる。(2)本スクリ-ニングに用いることが予想されるAABRでは、医療従事者の時間費用は受検者一人当たり672円と推定された。この内、医者と検査技師の費用が大半を占めており、医者の時間のほとんどは説明に費やされていた。
結論
新生児期の効果的な聴覚スクリ-ニング方法を検討するために、17施設においてAABRを用いて聴覚検査を実施した。研究開始時より2,000年12月までに、17,499例に対し実施したが、スクリ-ニング陽性例は0.37%であり、両側聴覚障害例は0.07%、片側聴覚障害例は0.07%であった。検査の感度は100%、特異度は99.2%と非常に高く、AABRによるスクリ-ニングは有効である。AABRによるスクリ-ニングの時間費用は受検者一人当たり672円とであった。また、TEOAEおよびDPOAEスクリーナの特異度はやや低いが、より簡便で低価格であるので、AABRとOAEスクリーナを組み合わせて使用することにより要再検査率を低くする方法を検討する必要がある。また、早期療育に関しては、療育施設の整備に加え、家庭での療育も重要であり、指導者の養成が急務である。

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